ミッション6:インポスター #2

 外部から領空侵犯を受ける恐れがなく、王都上空の防衛が手薄だった理由は飛行物体の開発の遅れによる。最大の要因は魔法使いの存在にあった。多くの国が教会の提供する魔法を重要視しているため、魔力チャームを必要としない技術力は根本的に軽視された。ドラゴン信仰が根強い王都は筆頭と言える。転送装置トランスポーターで各地を移動出来る王都民にとって、乗り物自体の価値が低い。魔法使いがいる間は、王都に技術的な発展は望めないだろう。


「帝国はなんと?」

「魔導車と魔導船があったことは認めるが……侵略行為は無かった、と」

「貴族会は沈黙されているが、守備隊まで失ったことが王の耳にでも入れば…」

「そのような事は取るに足りぬ。魔導船を使用した所為で、低俗な国と交渉するはめになった事が問題なのだ!」


 そんな王都と相反する道を選んだのが『帝国』だ。まだ王都や帝国もなかった時代、『大帝国』には飛行物体があった。ドラゴンと呼ばれる存在だ。大帝国がオールド・バトルフィールドとなった日、王都の前身となる王家と貴族会の脱出に使われたとされる。その他多くの人々は見捨てられるも、いくらかの技術者は早々に国を捨てて逃げ延びた。こうして繁栄を極めた大帝国の技術力は受け継がれることになるが、肝心のエネルギー資源は魔力以外後世に残らなかった。


「もしや我々を陥れんとするため、船を送り付けたのでは? これは帝国の罠だったのだ!」

「されど、あれは王へ贈られた船……教会も帝国のものだと認めたでは無いか。ならば王の望みもまた同じはず」


 魔導車や魔導船と便宜上呼んでいる献上品も、そもそも魔力を必要としない技術力で作られたものだ。その技術力は王都にはない。しかし魔法使いが全ての動力となるうちは理解する必要もない。魔力が主要なエネルギー資源である限り、魔法使いを保有する王都が世界の覇権を握ることになるだろう。裏を返せば、魔力に匹敵するエネルギーが現れるだけで世界の均衡は崩れるということだ。


「然り、王都の意志にて守備隊を失った償いは帝国に求めねばならぬ!」


 以上の理由から、帝国はとばっちりを受けたわけである。だが評議会の手腕でも、なすりつけられないこともある。教会がさすらい人と呼ぶFPSプレイヤーの奇襲の顛末についてだ。守備隊がさすらい人であるグレネットを手に掛けたことで、王都の中での評議会の立場が弱まった。


「して、如何なる償いを求めよと言うのだ。さすらい人を害した守備隊に恩情を与えよと?」

「此処で赦しを与えねば教会派が増すことになるが、構わぬのなら意見せよ」


 先生の意見に便乗した手前、魔導船の一件から評議会の発言力は今や無いにも等しい。さすらい人FPSプレイヤーの処遇を決める際も、評議会は何も言えず教会へ移送されるのを見送るしかなかった。その時の鬱憤が溜まっているのだろう。会議室にこもることが趣味である評議会が苛々と円卓を叩く。


「……さりとて教会派でも、さすらい人なる者の掌握は叶わぬのであろう?」

「それについては聖騎士に近いとされる者に言い付けてある。守備隊の中でも教義に忠実ゆえ扱いやすい男だ。その者に監視させ、さすらい人を役する」


 懐疑派の悔し紛れな嫌味を受けて、教会派は待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。途端に評議会が勢いづくも、『勇者が呼んだ召喚者』とされるさすらい人FPSプレイヤーの問題は何も解決していない。


「しかし勇者が呼んだというさすらい人は……魔物付きだと聞く。こうなると予言書からして疑わしい。初めから我々が管理するべきだったのでは?」

「あの予言書か、本当に予言が書かれているのか?」

「教会に権力を持たせるからこうなる! 魔法使いは我らに請うべきだ、それが本来の教義であるぞ!」

「否、魔法使いなど信じるに値しない! 罪人の子は罪人、服従させねば」


 彼らはもっともらしく危惧しているが、いくら影響力があったとしても教会は権力を持たず、独立した組織である評議会をコントロールすることは出来ない。そうなるのも当然だ。元々この会議は意見の交換会に近い。王家と貴族会により全ての方針が決定される王都に迷いはない。それが教会が権力を持たないという意味だ。


「全く魔法使いは何処までも厭やらしい……あの勇者すら何も成せぬのだ。教会はさすらい人を扱えぬ。何れにせよ、我々に隷従する他無かろう」


 いつかの物知り顔の老年──かは分からないが、同じ年齢層が多い評議会は似たようなことしか言わないので区別を付けなくても問題はない──が顔を歪める。そうこうしているうちに第三回海食崖会議が終了し、無事に意見は交換された。


 ***


 王都のみならず、今この世界に蔓延している『NPC病』は人々から呪いとして恐れられる流行り病だ。記憶を留めていられなくなり、同じ言葉や行動を繰り返す。まるで『時に見放される病』とも言われ、教会に伝わる口頭年代史では200年以上前にも一度大流行した結果、ひとつの国が滅んだとされる。その渦中、病を癒やすために遣わされたのが予言書の勇者だ。

 聖騎士隊の先導に従い、教会の入り口に集った人々の間を勇者が歩く。ほとんど挨拶に近い声掛けをするだけで、虚ろに同じ言動を繰り返していた人々の目に意識が灯る。傍目から見ればこれが治療だとは思えないだろう。感謝を伝える人々に対して、勇者は居た堪れない様子で聖騎士隊に目を向ける。


「こんなことで癒せたのか…?」

「はい、勇者様。ご助力感謝いたします」


 朝一の治療とも礼拝ともつかない儀式が終わり、この日も釈然としないまま勇者は教会の外へ歩みを進めた。そこには案の定アーチが待ち構える。あの日「声を使った会話に慣れた方が良い」と先生に言い付けられてからアーチは四六時中、勇者について回るようになった。どこまでも追ってくる魔法使いを無下にあしらうことも出来ず、適度に相手をするものの毎日となるとさすがに辟易したようだ。


「アーチ、どうしたんだ。最近何か変だぞ」

「声を、勇者様に……呼ばれた方、あなたと…話を」


 このところ勇者がよく耳にしている支離滅裂なハスキーボイスが返された。アーチの銀色の瞳はドミノマスクに隠されていたが、視線を彷徨わせているのが分かる。相当、会話が苦手らしい。


「それはもう分かったが、街まで付いてくるのか?」

「はい、勇者様」


 いつもの返事が迷いなく発せられ、すぐにアーチは街の方を向いた。無防備に晒された背中を見て勇者が困ったように太い首を掻く。アーチのフェイスベールが無くなってからというもの、その背中の空き具合に彼は参っていた。何とかしろと忠告してもアーチには伝わらず、他の魔法使いや聖騎士隊が注意を促すこともない。しかし街へ繰り出すとなれば話は別だ。魔法使いが街へ出る機会は滅多になく、おそらく注目の的になってしまうことは目に見えていた。何度かの失敗を経て、勇者はゆっくりと誤解がないように伝える。


「それなら他に服は無いか。お前の格好は目立ちすぎる」

「……服は、ありません」


 長い沈黙が続き、ようやくアーチが告げた内容に勇者が目を剥く。無精髭が生えた色黒の頬が強張り、動揺に合わせて錆びれたアーマーに下がる白い獣の毛皮が揺れた。


「服が、……無いだと?」

「布はあります」

「何のことだ」

「勇者様も」

「俺も…? この防具のことか? 金が無くて替えはないが…」


 勇者の動揺に反して、ドミノマスクに隠されたアーチの視線は白い毛皮の揺れを追っている。その様はどこか猫を彷彿とさせた。あまりにも簡素化された言葉の意図を汲み取ろうと勇者は武装を省みる。そして不意に合点がいったように頷き、持ち直した思考で会話を続けた。


「ああ、魔法使いもそうか」

「はい、祈りのみ許されます」

「それはつまり……どういうことだ?」

「祈り……が、込められたもののみ、魔法使いは着ることを許されます」

「その服しか持たないということか?」

「はい、申し訳ありません」

「……謝るな、ならば構わん」


 そう言って勇者が観念したように頭部に手をやり、短い黒髪の感触に気づいて麻袋を被り直す。それからドミノマスクをしたアーチを見つめる。いつも通り表情はなく、感情も読めない。だが所在なさげに佇んでいることは伝わり、勇者は街に出るのを諦めたようだ。教会へ進路を変えた大きな後ろ姿をアーチが静かに付いていった。


 ***


 という勇者の動向を見張っていたスナイパーがスコープから目を離す。彼が伏せているのは、王都に侵入する際に破壊した訓練場だ。ブラックホーク〝アタック〟を食らった見張り台は簡易的に修復されてはいるが、まだ惨劇と煤が色濃く残る。


「勇者、何してんだ」


 そうやって呟くのは何度目か。王都入りしてからハントニクは行方をくらまし、グレネットも侵入時に死んだきり通信が繋がらず消息不明だった。チームメイトの動きを怪しみながら、スナイパーはメインストーリーの手がかりを掴めないかと毎日そこで勇者や王都の出来事を見張っていた。


「メインどこだよ、オープンワールド過ぎんだろ。お使いクエすら見っかんねえとかマジ…」


 スナイパーは勇者に見切りをつけ、ミッションが発生しそうな方角へフォーカスする。城壁内に侵入した飛行物体を撃退しようと手こずる守備隊の姿が見えた。教会が認めた『さすらい人』としてFPSプレイヤーは王都に滞在しているが、これまで行ってきた虐殺により守備隊との関係性は悪化の一途を辿っている。グレネット殺害の一件で評議会の立場が弱くなったとはいえ、守備隊自体からの敵意は日に日に増すばかりだ。


[✓] 守備隊とエンカウントする

 ・未確認飛行物体を撃ち落とす


 メインストーリーどころか、お使いクエストすら見つからないスナイパーは少し打算的な考えが過ぎったらしい。再度崩れかけた見張り台に伏せてバレットM82の口ボルト・ハンドルを引く。ライフルスコープのレティクルレンジファインダーを調整した直後、街中に一発の銃声が響き渡った。それがどういう効果をもたらすかは想像に容易い。


「さすらい人……懲りもせず、再び我々を狙ったか」

「だから誤解だって言ってんだろ!?」


 スナイパーなりに関係を改善しようと助力したつもりだった。しかし成果を確めに現れた彼を見るなり、守備隊ははっきりと嫌悪感をあらわにした。メインストーリーを見つけたい一心でなおも食い下がる野太い声に返される答えは冷たい。


「ガチで魔物っぽいやつ撃ち落としたんだって!」

「魔物付きであるのに、死した魔物が消えることも知らぬとは」

「え、マジで? や、でも探せばなんか落ちてっかも…」

「我ら守備騎士、断じてさすらい人の思い通りにはならない!」

「お、おう」


 武力行使こそないが、強い敵意を向けられてスナイパーはキャップの上から頭を掻いた。いっそおもしろいくらい下がり続ける好感度に遠い目をしている。渾身の威嚇を流されたことで気味悪がられたか、守備隊は距離を取って吐き捨てる。


「魔物付きが、よくも教会の加護を…!」

「止めたまえ!」


 突然、頭部装甲アーメットをしていないプレートアーマーが割り込んだ。と言っても、すでに守備隊との距離はそれなりに開いていた。どれだけ激昂しても彼らが『魔物付き』と呼ぶスナイパーには触れたくなかったらしい。遠巻きに威嚇していた守備隊が慌てて姿勢を正した後、アーメットのない人物に促されてそそくさと立ち去る。見知らぬプレートアーマーは人受けする笑顔で振り返った。


「私の部下が失礼を……お怪我はありませんか、レディ」

「れッ、な、……はあ!?」


 あの清廉潔白と名高いらしい守備隊に思いもよらない女性扱いを受けてスナイパーはむせた。いつも彼は忘れているが、使用しているアバターのまろやかなフォルムはどう見ても女性だ。口を開かなければ──スナイパーが口を開かないことは滅多にないが──誰もが女性と思うのは不本意だが通常のことだろう。清廉潔白な彼は一瞬だけ眉をひそめてから表情を整える。


「……スナイパー様でしたか、直接お会い出来て良かった。これまでの非礼を謝りたいと思っていたのです」

「あーいや、こ…こちらこそ?」

「手違いとは言え、勇者の呼んださすらい人を死に至らしめてしまったことは本当にお詫びのしようが無い」

「はあ……ご丁寧に、ども」

「申し遅れました。私は守備騎士の…」

「悪ィ、今ちょっと探しもんしてて」


 遺恨のある守備隊にしては正しく清廉潔白な謝罪だった。極端な対応差にスナイパーは逃げ腰になり、会話を切り上げようと腕に付けたウェアラブルタブレットを触る。だが残念なことに、どこにもスキップ機能は見当たらなかった。


[✓] 聖騎士候補に追従する

 ・ネームドキャラクター:聖騎士候補ディアブロからドローンを受け取る


 真摯な眼差しに曝され、助けを求めてスナイパーは辺りを見回した。もちろん仲間の救援は来ない。その代わりに通りの良い渋い声が掛けられる。


「さすらい人殿、これをお探しか」

「うげ、ディアブロ……ってそれ! ドローンだったのかよ、やっべ…」


 少なからず知っているプレートアーマーの登場にスナイパーは顔を歪め、そして差し出された残骸を見て口を噤んだ。彼が魔物だと思ってバレットM82で撃ち落としたものは偵察用のドローンだった。それを差し出したまま微動だにしないプレートアーマーに清廉潔白な彼は鋭い目を向ける。


「どこの部隊の者だ。スナイパー様、お知り合いですか?」

「……聖騎士候補ディアブロ、王の命により〝彼〟の警護を任されている」


 ひどく間を置いてディアブロが名乗った。聖騎士候補は教会に属する騎士ではあるが守備隊と同じプレートアーマーを着込んでいる。ちなみに聖騎士隊と守備隊のどちらも非現実的な体型なのに対し、ディアブロの見た目は恐ろしく写実的だ。むしろ清廉潔白な彼の方がスナイパーが求める騎士のイメージに近いが、そんなサービスポイントは望んでいない足は徐々に後退し──、


「ならば王の命を受ける者としての振る舞いを心得よ。スナイパー様は〝彼女〟であろう」

「いや、最初で正解だよ。なんで誤情報を更新してくんだ」


 聞き捨てならない発言にすかさず野太い訂正を入れた。スナイパーの悪い癖だ。二方向から意識を向けられて彼は誤魔化し笑いを浮かべるが、生真面目な態度を崩さないディアブロに通じることはなかった。


「さすらい人殿、待機所まで案内する」

「あ、結構です……つうか、俺はメイン探して、」

「ついて来られよ」

「だから…」


 ディアブロは常にこの調子だった。メインストーリー探しに奔走するスナイパーの前に現れては、ことごとく勇者との接触を阻んできた。またも行動を妨害されて野太い声が口ごもる。その姿が清廉潔白な彼の目にはどう映ったのか疑問だ。


「スナイパー様が怯えているでは無いか」

「ちょっ、違えし! お前の眼球、解像度どうなってんの!?」


 清廉潔白な彼は壮絶な鳥肌を立てるスナイパーを背中に庇い、今まで遭遇したどの騎士よりも高解像度なディアブロを睨みつける。だが対峙するアーメットから聞こえたのは咳払いだ。明らかに早くしろと言いたげな気配がだだ漏れていた。


「あー…はいはい、分かった! 分かったって!」


 無言の圧力と意志に反する庇護の板挟みに耐えきれず、スナイパーはキャップごと頭を掻きむしる。結局、最悪な状況から脱出するためにはディアブロに付いて行くしかなかった。


[✓] 聖騎士隊の待機所に到達する

 ・ネームドキャラクター:魔法使いアンヘルの笑みを目撃する

 ・壊したドローンをタンクに渡す


 聖騎士隊の待機所は質素な作りをしており、出撃準備を整えるロッカールーム兼談話室といった場所だ。いつもは聖騎士隊くらいしか見られないが、この日は珍しく数名の魔法使いが控えている。どの魔法使いも肌の露出は口元だけに見えて、ところどころが寸足らずという異様な出で立ちだ。教会が清貧であるといえばそれまでだが、禁欲的なほど隠されておきながらの無防備さは別の意図を感じざるを得ない。

 タンクと会話中の魔法使いもまた両サイドの腰部分から脇腹に掛けてスリットが走っていた。そのコルセットの紐で編み上げられた隙間にスナイパーの深緑の目が吸い寄せられる。


「うお、やっぱすんげえエロい服……ってまた筋肉じゃねえか!」


 スナイパーが欲望のままに視線を上げていったスリットからは、均衡の取れた腹斜筋が見えた。改めてサービスシーンが筋肉イベントだと思い知らされ、知性のない叫びと共にうなだれる。あからさまに失礼な落胆に魔法使いは気分を害することもなく微笑んだ。


「あ…す、すんません…」


 教戒師きょうかいしである先生を除いて、魔法使いが表情を変えることはない。スナイパーが気まずげに謝罪する間、魔法使いを見慣れているはずの聖騎士隊に緊張感が漂う。咄嗟に向けてしまった意識を各々がぎこちなくそらす中、未だ硬直している清廉潔白な彼をすり抜けてディアブロがタンクへと近づく。


「さすらい人殿、用件はお済みだろうか」

「ああ、話は済んだよ」


 タクティカルベストとプレートアーマーの違いはあっても、どちらも同じくらい分厚いタンクとディアブロが並ぶ様は圧倒的だ。さらに隣に控える魔法使いも細身ながらタンクに次ぐ長身なため、ほぼ平均的に頭ひとつ分も高い壁にスナイパーは囲まれる形になった。彼はすっかりタイミングを見失い、居心地が悪そうに全壊したドローンを抱え直す。プレートキャリアに部品が擦れる音に誘われ、やっとタンクが視線を下ろした。


「スナイパー、それ……どこで拾った?」

「あ、おう、さっき間違えて撃っちまって……やっぱタンクのだよな、悪い!」


 スナイパーからドローンを受け取ったタンクは一通り目を通し、残骸の中で点滅していたライトを握り潰す。大きな手から粉々になった部品がこぼれ落ち、床に当たる音がした。次第に青ざめていくスナイパーを気遣ったのだろう、彼女はヘーゼルアイズを細めて優しい笑みを浮かべる。


「気にしないで、面倒掛けたね。ディアブロも引き続き頼むよ」

「承知した」


 端的に応えたディアブロはプレートアーマーを鳴らして待機所の出入り口へ向かい、数歩進んだところで立ち止まる。まだタンクの隣で魔法使いが興味深そうにドローンを見つめていた。


「……アンヘル、来い」


 ディアブロの渋い声に呼ばれた途端、弾かれたようにアンヘルは歩みを進める。黒装束のスリットから覗くロングブーツについ目を向けたスナイパーが足元のピンヒールに気づいて絶句する。ここまで来ると変質的な拘束具にも思える。それを感じさせない冷然とした背中に、今の今まで忘れ去っていた存在が口を開いた。


「ア…アンヘル様、ドラゴンの加護を!」


 急な呼びかけにディアブロの方がいち早く反応した。清廉潔白な彼を見ることなく、注意深く見なければ分からない程度にアンヘルへ向けて首を振る。深い沈黙が待機所に落ちた。


「……ドラゴンのご加護を」


 王都の挨拶を返すディアブロの声は硬かったが、アンヘルに集中する清廉潔白な彼は気づかなかったようだ。それどころか間近で魔法使いを見たことに興奮している。そんな清廉潔白な彼を置いて、一度も振り返ることなくディアブロとアンヘルは待機所を後にした。


「私などが魔法使いの名を知ってしまって、良かったのでしょうか」


 喜びを滲ませる謙遜を聞き、タンクは何とも言えない表情を浮かべた。彼女からすると全く知らない人物から意味不明な話を振られた状況だ。ずっと気配を消していたスナイパーは微妙な雰囲気を感じ取るも、床に落ちたドローンの破片を眺めることしか出来なかった。

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