CHAPTER 2

ミッション6:インポスター #1

 王家の承認を得ていない海食崖での捜索作戦の失敗は王都に不和をもたらした。当の評議会は責任を擦りつけ合うに終わり、貴族会に対する申し開きについても先生に取りなされた。それにより評議会は発言力が下がる痛手を負ったが、責任は問われずに済んだ。

 これらの件に関して、実質煽りを食らったのは守備隊だ。ことの発端は魔王城までの道中に建てた転送装置トランスポーターの警備を担った守備隊が殲滅させられたことにある。それに加えて余所者で構成された捜索部隊だったとはいえ、魔導船の指揮を取った守備隊も壊滅したことにより、今まで燻っていた問題が明るみになった。多くの守備隊が無惨に散ったことで、魔法使いに守られる聖騎士隊との確執が激化した。教会と繋がりを持たない守備隊の憎悪の対象は、聖騎士隊はおろか生き延びた仲間にまで向けられるほど深刻化していた。元凶である『さすらい人』──FPSプレイヤーの暴挙はきっかけに過ぎない。


「そこまでだ!」


 その一声で、罵り合いから訓練と称した乱闘に発展していた守備隊の動きが止まる。彼らの足元は踏み荒らされ、元々は美しい芝生が生えていたのだろう形跡が残るのみだ。彼は静まった訓練場全体を見回してゆっくりと頷く。


「皆、心を痛めているのは分かる……しかし魔法使い無き私達が争えば、教会の悲しみは一層深いものとなる。我ら王都の騎士であると心得よ」


 聞こえの良い声が響き渡り、守備隊が姿勢を正した。そして深く感じ入ったように全身を覆うプレートアーマーを震わせ、口々に感動の声をもらす。


「正しく、騎士を失う魔法使いの悲しみは如何程か…」

「そこまで見越して……彼こそが、次の聖騎士」

「流石は守備騎士の中でも、最も聖騎士に近いとされている清廉潔白なお方だ!」


 聖騎士に近いと名高いらしい彼の言葉に、訓練場の各所から称賛や感心が寄せられ──とにかくよく分からないが守備隊は感銘を受けていた。だが褒めそやされる対象となった彼は控えめに首を振る。


「聖騎士とは魔法使いにより見い出される者、私はまだ選ばれる存在では無いのだ」


 彼もまた守備隊らしく全身をプレートアーマーで覆っていたが、他とは違い頭部装甲アーメットを被っていないため、憂いを帯びた表情がよく見える。その謙虚な姿勢に守備隊が沈黙した時、訓練場に腹を震わせる爆音と土埃が上がった。


[✓] 王都に侵入する

 ・ラペリングで中央突破する

 ・エネミーの拠点を制圧する


 ブラックホークによく似た中型多目的ヘリコプターは城壁を越えて王都の中心部に到達した。高度を下げてホバリングするメインローターの風に煽られ、訓練場に居た守備隊が体勢を崩す。そこへ機体から3本のラペリングロープが垂れ下がる。素早く地面に着地したハントニクがまずクロスボウでフラッシュボルトを射り、次にハンドランチャーを撃ち込んだグレネットが辺り一帯に火炎瓶をばら撒く。これが彼らの様式美だった。エネミーの目が眩む間にシリンジャー弾が割れ、拡散した燃焼促進の薬剤を伝って炎が回っていく。


「なあ、普通に発煙弾スモークでも良くね!?」


 突如訓練場に発生した火災に守備隊が取り乱し、同じくらいスナイパーも動転する。彼は目の前の惨状にエンハンスド・カービンを落としかけた。しかしこれは序の口だ。着陸態勢に入ったブラックホークに向けてハントニクがサムズアップする。


「タンクちゃん、着陸出来るかしら」

『問題ないよ。メインローターで吹き飛ばすから気をつけて』

「おぉー、コラボレーション?」

「どんだけ非道な合体技編み出して……あっつ、熱ッ! 熱いんすけど!」

「芋は芋っててイイのよ」


 勢いよく着陸したブラックホークが地面を旋回し、斜めに傾いたメインローターによって炎が煽られる。単純だが効果的な作戦でフィールド全体に炎が燃え広がり、もはや焼夷弾ナパームと変わらないほどの威力を放っていた。炎に頓着しないグレネットはともかく、スナイパーが燃焼効果を加算された飛び火に被弾して叫び声を上げ、華麗に炎を避けるハントニクは面倒くさそうに肩をすくめる。そうして一足先にラペリングで降下した3人がエネミーの拠点である訓練場を制圧していく中、遠心力を保たせたブラックホークの操縦席から、ガリルモデルのアサルトライフルを構えたタンクが降りて来た。中腰になった彼女のOPS-COREオプスコアヘルメット上部すれすれにメインローターが通り過ぎる。コントロールを失ったブラックホークは背後にあった見張り台へと吸い込まれるようにして衝突した。


「……すんません、なんでいつも落とすんすかね」

「挨拶代わりだよ」

「せめて被害規模は事前に言っとかない!?」

「〝お先にどうぞ〟って言っただろう?」


 大爆発を背負うタンクが平然と合流する一方、やはりスナイパーはエンハンスド・カービンの狙いエイムがブレるほど動揺した。その近くでグレネットが攻撃の手を緩め、熱風にはためくフードを押さえる。


「タンクちゃん……かっこいい…」

「ネイト〜、紙装甲砕けちゃってる。よそ見しちゃダーメ!」

〈ダメージ率上昇──バトラー、回復ヲ推奨〉


 ハントニクが注意を促す間も炎の先から引っ切り無しに鉄製の矢が飛んだ。だがグレネットはマナーの警告が鳴り響くのにも気づかず、被弾しながら惚けていた。


[✓] 自走式バリスタを無力化する

 ・追尾矢を撃ち落とす(任意)

 ・短剣を受け止める(任意)


 王都は城壁によって防衛されている。遠目からは小高い山岳か断崖絶壁にしか見えない城壁は、これまで上空の防衛はほとんど機能した試しがなかった。時々、飛行型の魔物や鳥などの生物が飛来するだけで上空を警戒する必要がないからだ。想定外の奇襲を受けて戦況を立て直すまでに守備隊は数を減らした。それでも多勢である彼らは、たった4人で攻めて来た侵入者に対して抵抗する。


「ひっ…人が、魔物に乗るなど……城壁は、魔法使いの守りはどうなっている!」

「炎を消せ! 水を……ぎゃあ!?」


 守備隊が撒いた水で助燃剤混じりの炎が弾け、火力を増して訓練場全体に流されていく。そこかしこで絶望的な悲鳴が聞こえた。


「魔力を感じ無い……まさか帝国が、空を有したと言うのか…」


 想定する相手を勘違いした守備隊が呆然と呟いた直後、FPSプレイヤーの銃弾に倒れた。その亡骸を轢いて自走式のバリスタが運ばれてくる。慌ただしく装填された鉄製の矢じりはほのかに光っていた。


「構えよ! 放て!」


 FPSプレイヤーを狙ってバリスタの矢が射出された。光の尾を引く軌道は読みやすく、スナイパーは着弾地点を予測して回避を試みる。しかし彼の予測に反して、行く手を読んだかのように矢は軌道を変えた。


「おまっ、ホーミングすん……あッだァ!? おい、あいつらディレイしてっぞ!」


 着弾の直前、空中で一時停止した矢が再発射された。遅延時間ディレイによってタイミングをずらされ、すり抜けたはずの矢に当たったスナイパーは回避行動ドッジロールを中断されて叫んだ。その間も続けて放たれる矢がFPSプレイヤーたちを追尾ホーミングする。スナイパーは中途半端に地面に伏せた状態から立ち上がる余裕もなく、ターゲットから逃れるために転がり続ける。


「や、マジこれ……うぉおおおタゲェ!」

「うん? うん、大丈夫?」

「ネイト、お楽みの邪魔になるでしょ? コッチ手伝って」

「そっか、わかった!」

「なんで!?」


 スナイパーの奇行を見守っていたグレネットが矢を撃ち落とす側で、ハントニクが自走式バリスタを指差した。即座に標的ターゲットを変更したグレネットがナパームマインを投げ、あまりの切り替えの早さにスナイパーは悲鳴を上げた。そんな仲間たちの微笑ましい惨状に、黙々とエネミーの数を減らすタンクがつい目を向ける。その隙を狙ったかのように短剣が飛んで来た。反射的に受け止めた手の中で短剣が暴れ回る。彼女が顔をしかめると同時に見覚えのある姿が現れた。


「魔法使い、水を上げろ!」


 張りのある号令に従い、訓練場を流れる水ごと炎が上空に押し上げられる。ようやく自発的な回転から解放されて目を回すスナイパーは当然のこと、その場に居た誰もが動きを止め、水が炎を包み込む光景を見上げる。片手を塞がれたタンクはソードオフショットガンに切り替え、バリスタの破壊に勤しんでいたハントニクとグレネットも幻想的なイベントに銃口を向けて警戒を強めた。彼らをヘッドギアで目元を覆い隠した騎士平服たちが取り囲む。


「フ、フルメタルタンパク質!?」

「風よ!」


 スナイパー曰くフルメタルタンパク質──聖騎士隊の隊長の手に風が渦巻き、瞬く間に槍の形状を模していく。FPSプレイヤーはトリガーを引きかけたが、それよりも早く隊長の槍が空中で浮遊する火球を貫いた。激しい爆発が起こり、急速に水蒸気が立ち込める中を隙の見えない聖騎士隊が歩み寄る。


「お待ちしておりました。さすらい人様!」

「……へ?」


 未だ地面に這いつくばるスナイパーが間の抜けた顔を晒した。一斉に片膝を立てて跪く聖騎士隊の姿にタンクも面食らい、短剣を握った手でハンドシグナルを送る。それに合わせてハントニクとグレネットが銃口を下ろし、時間差で自走式バリスタが崩壊する音が静まり返った訓練場に響いた。


[✓] 王都に入城する

 ・停戦後にナパームマインを発動させる

 ・グレネットの遺体を受け止める


 聖騎士隊は4人の侵入者に向かって頭を垂れた。彼らの背後には直立不動の魔法使いも控える。何度かの邂逅を経て、教会はさすらい人であるFPSプレイヤーが訪れる時を待っていたようだ。待ち望んでいたことが言葉だけでなく、恭しく跪いた姿勢からも伺えた。


「あの者らが…、さすらい人だと?」


 清廉潔白と謳われていた彼が、いつの間にか守備隊の最前列を陣取り、FPSプレイヤーに疑いの目を向ける。完全に崩壊した自走式バリスタの側では、反撃に備えていた守備隊が聖騎士隊から武器を下ろすよう指示されていた。何となく交戦が中断したことを察したスナイパーが恐る恐るタンクを見上げる。


「あのさ、跪かれてっけど……」


 明言を避けたスナイパーの問いかけに気まずい空気が流れる。まだ手の中でぐるぐると暴れる短剣を押さえつけているのが痛むのだろうか、それとも別のことに頭を悩ませているのか。言葉を詰まらせたタンクよりも先にハントニクが口を開く。


「もしかして、ちゃんと頼めば入れちゃったり……した?」

「……かも知れないね」

「だから一回様子見ようって言ったじゃん! 見ろよこれ、ぜってえメインストーリー詰んだ…!」


 厳つい顔から吐き出された可憐な同意の声にスナイパーが頭を抱えた。辺りでは全壊したブラックホークと共に見張り台と砲台が燃え、それなりに積み上がる黒焦げの物体からは肉の焼ける匂いが漂う。

 ここまで奇襲や強襲を繰り返していたFPSプレイヤーだが、これでも真面目にキャンペーンのクリアを目指してメインストーリーを探していた。しかし彼らにとって、メインストーリーの進め方と言えば銃撃戦だ。穏便なルートが微塵も思い浮かばなかった代表としてIDの役割上、司令塔オーダーであるタンクが答える。


「まずは謝ろうか」

「や、ここ来るまですんげえキル数稼いだし……余罪ありすぎて許される気がしねえよ!?」


 どう取り繕っても誤魔化しの効かない状況に、楽しい思い出が過ぎったスナイパーが声を荒げる。その野太い叫びは何と翻訳されて聞こえたのか、守備隊の方から不穏な空気が濃くなった。皆の動向をきょろきょろと眺めていたグレネットのグローブが光り、無機質なマナーの機械音声が流れる。


〈複数ノ敵対反応ヲ感知──バトラー、警戒ヲ推奨〉

「あっ、マイン……あれ? わっ、わ!」

「ネイト!?」


 守備隊の敵意に反応してホーミングナパームマインが発動した。慌てて回収に走るグレネットにハントニクが顔色を変えたことで、異変に気づいた隊長が焦りを見せる。


「魔法使っ……さすらい人様!」


 隊長がナパームマインを風で巻き上げた瞬間、守備隊から矢が放たれた。そもそも聖騎士隊は肉体の強さゆえに攻撃力が高く防衛本能が低い。彼らにとって防御とは敵を斬り伏せる行為だ。その戦い方はFPSプレイヤーと変わらない。そうした聖騎士隊のあり方を警戒した評議会が王都を、自分たちを守るために結成したのが守備隊だ。守ることを求められている守備隊はナパームマインを排除出来ると証明するつもりだった。ホーミングナパームマインが上空へと巻き上げられたことにより、光る矢はターゲットを変えてフォレストジャケットの下のチェストプレートを射抜いた。


〈生体反応ナシ──バトラー、死亡ヲ確認〉


 隊長の奮闘も虚しく、マナーから無機質な機械音声が鳴った。一足遅れて風の防壁シールドに包まれたグレネットの体が浮き上がる。彼の胸に刺さったままの光る矢が美しい軌道を描き、近くで座り込んでいたスナイパーの膝目掛けて落下した。


「嘘だろ? なんでこんなとこで死ぬんだよ……死にたい」


 図らずも膝で受け止める形になったスナイパーは絶望に満ちた野太い声をこぼす。規格外のタンクに次ぐ長身のグレネットではあるが、筋肉ダルマのハントニクよりも格段にウェイトは軽い。とは言え、完全に脱力した男性アバターを女性アバターは退かし切れなかった。受け入れがたい事実にうなだれるスナイパーの頭上で、行き場を失ったナパームマインがタイミング良く爆発する。


「おめでとう」

「ちょっ、フラグ立っちまったらどうすんだよ!?」

「……お幸せに?」

「え、ごめん、マジ見捨てないで!」

「ネイトったらホント……紙装甲なんだからアーッヒョヒョッブヒョッウヒョヒョヒョヒョッ!」

「ええぇ、笑い方キッショ…」


 まるで新年か革命記念日の花火を思わせる爆発がタンクの冗談を助長し、祝福の演出を醸し出す構図にハントニクは高らかに笑い続ける。特徴的な笑い声にスナイパーの顔が引きつった。彼の絶望を考慮しなければ、FPSプレイヤーにとってはいつもの光景だ。彼らは気にも留めていないが、グレネットの消滅を目の当たりにした守備隊はプレートアーマーを強張らせる。


「……魔物付き」


 どこからか怯えた声が上がり、守備隊が恐怖心をあらわに後退った。それとは対照的に聖騎士隊は先ほどより深々と跪き、祈りを捧げる。その後ろで魔法使いだけは何の反応も見せず、ただ静かに佇んでいた。

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