ミッション5:リスポーン #3

 今から行われるのは何の面白みもない会議──第二回海食崖会議だ。名目上は相次いで消息を絶った守備隊の捜索部隊が壊滅した件についての話し合いになる。急ごしらえで結成された部隊に王都民はほとんど見られず、いわば入城に釣られた移民の集まりが主体となっていた。その使い捨てとも呼べる外人部隊が魔導船ごと海食崖で燃やし尽くされた。評議会の主導で決行された海食崖での捜索作戦は失敗に終わり、教会から主権を取り戻すどころか渋い顔でことの顛末を聞いている。


「魔導船を襲ったのは……おそらく、この世界の者ではありません」

「なんと、また勇者のような召喚者が参ったと言うのか!」

「そこまでは…」

「しかし召喚者が我々を攻撃するなど……其の方、何を仕出かしたのだ!」

「わ、我々は何もしておりません!」

「ほう、何も……と? それで召喚者を捕らえてもおらぬのだな」

「指揮官を失ったのですよ!?」


 エルフの森がある地帯に侵入した結果、得られたものは不確かな情報だけだった。生き残った守備隊を責める扱いを見る限り、選出された指揮官すら体のいい厄介払いに使われたようだ。どこかで懐疑派の嘆息が聞こえ、教会派が嘲う気配がした。もはや守備隊に期待する者はなく、切々と訴える生き残りに注がれる視線は冷たい。だが今回は円卓の中央に別の人物が立たされているため、やり玉に上げられなかったのは不幸中の幸いかも知れない。しんと静まった評議会室にしゃがれた声が響く。


「またも召喚者が現れたとあらば、此度のこと予言にあったのではないか……教戒師きょうかいしよ」


 古株らしき老年の視線を追い、評議会の意識が一斉に中央へ向かう。円卓から引き離された場所で放置された守備隊も縋るような視線を送っている。円卓の中心には長い桃色の髪の男性が控えていた。男性はフェイスベールをしておらず、黒いクラシカルなスーツの上からコルセットをしている。それだけが魔法使いであると識別出来る特徴だ。


「ここに無い物の話は出来ません」

「予言書の開示を求める!」

「私は所有者ではありません」

「ならば、教会は海食崖で何をしていた!」

「王の命に従っておりました」


 正しくも淡白な回答に評議会は激昂し、責任の所在を明かそうと躍起になった。そのひとつひとつに先生は丁寧に答えを返した。それどころか王家の意向を示され、評議会の面々は苦々しい表情を浮かべる。


「教会は予言書を開示し、召喚者を捕らえよ! これが成されねば、王を医療会へ引き渡し…!」

「静まれ、魔法使いの扱いを心得よ!」


 常に責任追及を避けるため、回りくどい話し方を身につけている評議会にしては率直な失言だ。王を軽んじる発言に鋭い制止が入り、喚いていた気配が小さくなる。一瞬にして評議会室を掌握した古株らしき老年はどこか物知り顔で言葉を紡ぐ。


「教戒師よ、召喚者が現れたか」

「はい」

「教会は召喚者を知っているのか」

「はい」

「召喚者とは何者だ」


 かすかに先生の時が止まった。色の褪せた目は白く濁り、全く違うどこかを見通すようにどこまでも定まらず焦点が合わない。再度口が開かれるまでのたった数秒ほどが待ち切れないのか、評議会は固唾を飲んだ。


「……さすらい人」


 一拍置いた先生の声が評議会室に深く染み渡った直後、評議会室中がどよめいた。懐疑派の憤りは当然のこと、教会を擁護する立場であるはずの教会派までもが騒ぎに加わる。


「教会よ、我々に隠し立てるとは何事だ!」

「教会は勇者のみならず、『さすらい人』という者までも得たいと申すか!」

「予言書を開示していれば、このような事態にはならなかったのだ…」

「教会は一刻も早く『さすらい人』を捕らえ、我々に処分を任せるのが賢明であろう!」


 発言者の先生を置き去りに会議の主題が反れてゆく。今や海食崖作戦の失敗は有耶無耶にされ、責任追及は別の話題になろうとしている。それを執り成すように古株らしき老年が円卓を叩いた。


「して、城壁周辺に群がる余所者が減ったのは良いが……失った守備隊について貴族会への申し開きをどうするのだ?」


 本題を取り沙汰された評議会が揃って口を噤んだ。教会の粗探しをしたかっただけの懐疑派に失敗した場合の構想はなかったのだろう。主権を握るどころか、古株からの痛い指摘に評議会全体が狼狽える。報告以上の発言力を持たない守備隊が不安そうに様子を窺っていた。誰もが有りはしない正当性を探して目をそらす中、穏やかに先生が微笑んだ。


「壊滅したのは帝国の船なのでしょう?」


 突発的な現象に守備隊が真っ先に好奇の目を向ける。教戒師と呼ばれる先生も『独断で動けぬよう戒められている』魔法使いには変わりない。その魔法使いが問われてもいないことに口を開いた。評議会の教会派も懐疑派も目を見張り、そのうちの誰かが忌々しげに唇を震わせる。


「……何が言いたいのだ、教戒師!」

「帝国の船なのでしょう」


 もう一度、低く温かみのある声が同じ言葉を繰り返した。それと共に安寧をもたらすような優しい視線を注がれ、徐々に評議会室の空気が変わる。ようやく先生が告げた言葉の意味を理解したようだ。


「……! そ、そうだ。あれは……帝国の船だ!」

「では、そのように」


 どこからか上がった答えへ魔法使いの常套句が返された。それをきっかけにまた別の喧騒が始まる。奇しくも先生の一言により評議会の評価は保たれた。だが教会に庇われる形となった懐疑派よりも、どうしてか教会派の方が顔を歪ませていた。


 ***


 そこは一目見て研究室と分かる場所だ。雑多に物が置かれた室内の壁には資料と思われる書類が幾重にも貼られ、【新しいエネルギーでよりよき未来を 〜社会福祉団体○○○開発部〜】と英語で記されたプレートが埋もれている。その資料の中には手書きで【入社するだけで良い仕事多数! 社会貢献の実績を提供します。※勤務時間:0日から健康状態による変動あり】や【健康な命をお金に変えよう。求められる人材は金額で決まる!】などと書かれた紙もあった。文字の上にRejected却下とスタンプされている理由が一目瞭然の内容だ。


「そろそろメンテナンスが必要な時期ですね…」

「やはり連絡は来ないか」


 雑然とした研究室内には過剰な装飾品──俗に言うスチームパンクの歯車だ──が付けられた作業服と防塵マスクを被った2人組が居た。ひとりは細かい埃が舞う窓の外をぼうっと眺め、もうひとりはだらしなく椅子に座って天井の切れかけたフィラメント電球を見つめている。


「車両6台、船3隻。結構な予算をつぎ込んだんですが……向こうの魔法とこちらの機械技術の交換は悪手でしたかね?」

「一度は受け取ったんだ。少なくとも実績は残せ……何だ?」


 突然、研究室内にアイスクリームトラックで流れるような曲が響いた。外を眺めていた方が椅子に座ったまま、雑多な机に置かれた蓄音機に手を伸ばす。ハンドルを回してジャックの穴にコードを接続し、先端に付けられた古い受話器を耳に当てる。


「軍部から? この忙しい時に…」


 蓄音機は通信機だったようだ。全くもって忙しそうに見えなかった男はラッパ部分に向き直り、不服げにジャックを切り替える。レコードに針を置くと低い起動音が鳴り、円盤上に不鮮明な立体映像ホログラムが浮かび上がる。見た目の古めかしさからは予想出来ないオーバーテクノロジーだ。ホログラムには彼らと同じスチームパンク──ではあるが、もっと軍属寄りの風体が映し出される。それを見て蓄音機の前の男ははつらつとした態度に変わった。


「はい、こちら社会福祉団体トリプルオー開発部のチーフです! ええ、そうです。そうですが……王都について!?」


 ○○○と書いて『トリプルオー』と読むらしい開発部のチーフは防塵マスクに覆われてなお分かりやすく興奮した。蓄音機のラッパを押さえ、潜めた声でもうひとりを呼び寄せる。


「エース、王都から反応があったようだぞ!」

「まさか!」


 開発部のエースが椅子を滑らせて側に寄る。ゆっくりとチーフは頷き、蓄音機型通信機のジャックからコードを抜き取った。おそらくスピーカー状態か、今度は蓄音機のラッパ部分から軍部の声が続く。


『海食崖近郊で帝国の船が燃えているとの報告が来ている。そちらの製品だと判明したが……あの地帯で何をしていた』

「何のことです!?」


 ラッパから鳴らされた内容はチーフ&エースにとって想定外の内容だったのだろう。彼らは防塵マスクでくぐもった叫び声を揃えて、キャスターの歯車を脱輪させる勢いで椅子から立ち上がった。


 ***


 第二回海食崖会議の結果、全ての責任がチーフ&エースに擦りつけられるところで映像は終わった。突然エラー音が鳴り、自動で画面がフォーカスされる。あれは、そうだ忘れていた。まだ彼が残っていた。もう少し話は続く。


[✓] LOADING…ERROR


 海食崖と湿地帯に挟まれた場所には砂丘がある。『オールド・バトルフィールド』から流れる風が渓谷にぶつかり、いつしか湿地帯に溜まった砂が積み上がった砂丘地帯だ。元は湿地帯だった砂の下は不安定な粘土質の土壌であり、常に海食崖から吹く湿り気を帯びた突風が通り抜ける。それもあってか周辺に目立つ建造物ランドマークは見えず、ほとんど人の手が及んでいない。それでも野生動物にとっては過酷な環境ではないらしく、あまり肥沃とは言えない手つかずの大地で乾いた草木を食む姿が見られ、銀色の毛並みを持つ──魔物も生息していた。

 その銀色が特徴的な猫か犬か、判別出来ない小さな魔物が湿った大地に走る一筋の溝を辿る。興味深そうに匂いを嗅ぎながら移動するにつれて、溝の横幅は深く広くなっていき、次第に地割れを利用した塹壕トレンチが姿を現す。ところどころ人為的なカモフラージュが施された塹壕の最終地点には、屋根代わりにミラー板が立てかけられていた。そこに到達した魔物は反射した自分の姿に銀色の毛を膨らませてステップを踏んだ。こうして見ると魔物も他の動物とほぼ変わらないように見える。


「あぁ? なんだ、てめー」


 ステップを踏む魔物に視界を邪魔され、巻き舌気味な低い声が発せられた。塹壕の屋根代わりに置かれたミラー板の隙間から軍用双眼鏡で対岸を窺っていた男が顔を覗かせる。男は古めかしい軍服を着ていた。第二次世界大戦中の米国陸軍第101空挺師団パラシュート歩兵連隊の装備に、毛布のような厚手のロングコートを羽織る通信兵だ。‎M1ヘルメットと顔半分までマフラーを巻いた間からは健康的な浅黒い肌と凄みのあるアンバーアイズが見えた。


「メシ係なら居ねーぞ」


 男にとって魔物も腹を空かせた小動物に見えるのだろう。固まってしまった魔物を鷲掴み、ミラー板の前から放り出す。クリアになった視界で、もう一度軍用双眼鏡を構える。ほとんど湖と言える渓谷の川の対岸で上がっていた黒煙はすでに見えない。海食崖での火災はとうに鎮火し、数回の爆発があった後は静かなものだった。あとは座礁した船の残骸が定期的に対岸へと流れ着くだけだ。しばらく残骸の個数とサイズを確認していた男は独特な音を鳴らす物体の接近に気づき、すかさずミラー板の下へと潜り込む。


「チッ…またリーパー野郎か」


 舌打ちした男はミラー板の下の塹壕から、海棲哺乳類に似た流線型のシルエットを見つめる。あまりにも前時代的な塹壕の存在に気づかず、リーパーに似た無人攻撃機は通り過ぎていく。砂嵐がミラー板の反射を隠してくれたか、もしくは周りに生息している魔物たちが銀色なおかげでもあるかも知れない。何事もなく頭上を通過するテクノロジーの音が消えた後、塹壕に放置された残骸の中へ軍用双眼鏡が投げられた。衝撃でぐらついた残骸がゆりかごのように揺れ、乱雑に置かれていたガスマスクや基盤に当たって音を立てる。それから男は残骸に腰掛けて背負っていた年代物の携帯型無線機ウォーキートーキーを下ろし、通信兵の装備を着る者らしく慣れた手つきで操った。


「切りやがったな…ったく、いつまで遊んでやがる」


 何度か操作を繰り返すが、受話器からは何の音も聞こえてこない。男は気怠げに呟きながら回線の繋がらないウォーキートーキーを切った。そして傍らの地面に突き刺さる携帯スコップにM1ヘルメットを乗せ、そのまま残骸へと横たわる。少し湿った粘度のある地面に沈み込むゆりかごは海棲哺乳類の流線型を模し、先ほど通り過ぎた無人攻撃機によく似ていた。内部は基盤が散らばり、決して心地よくは見えなかったが、十分にくつろいだ様子で男は目を閉じた。

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