ミッション4:PvP #2

 グレネードランチャーの擲弾がタンクとスナイパーを襲う。艦砲射撃並みの猛攻で、あっという間に辺りの木々が燃えていく。正体不明の攻撃を回避している間に星条旗は崖を登り切り、地面に杭を打ち付けて崖下へラペリングロープを投げた。


[✓] 不明な勢力に応戦する

 ・ご機嫌な先制攻撃を防ぐ(任意)

 ・ご機嫌な敵対者から距離を取る

 ・ご機嫌な回復を目撃する(任意)


 崖を登ってきた兵士は装具以外の全てが星条旗の男だった。海兵隊式に袖まくりされた星条旗のパジャマ、星条旗の半パン、星条旗の靴下とジャングルブーツ、頭に被ったキャップには『I 〝ハート〟 LA』が刺繍されている。特に目を引くのが、大量の星が散りばめられたショッキングピンクのバックパックだ。あまりにご機嫌な姿にスナイパーは動揺した。


「何だよ、あの星条旗マ…ンッ!?」


 星条旗マンは索敵することなく的確にクロスボウを放った。燃え盛る炎をくぐり抜け、着弾したフラッシュボルトの光がスナイパーの眼球に直撃する。咄嗟にゴーグルを押さえたタンクは悶え苦しむスナイパーを引きずり、身を隠した岩陰から様子を窺う。ラペリングロープを伝ってもう1人の兵士が登って来ていた。安全反射が光るフォレストジャケットのフードを目深に被り、ロールアップされたプロテクティブズボンの下はサンダルだ。


「今度は…森林作業員?」

「へ?」


 何とも不完全な防護服ワークウェアにタンクは唖然として、うっかりスナイパーと似た感想を呟いた。その森林作業員が腰に下げた丸い投擲物を空中に放り投げる。しばし浮遊していた投擲物が一斉に加速した。索敵機能を搭載したホーミング追尾型ナパームマイン焼夷機雷だ、と彼らが気づく前に強烈な炎が撒き散らされる。


「あああ熱ッ! あっつうぅ!?」

「スナイパー、伏せて!」


 ナパームの炎にスナイパーがのたうち回る側で、タンクが可憐な声で指示を飛ばす。それと同時に彼女の左腕にバリスティック・シールドが形成された。


「どっ…どこのスーパーヒーロー…」


 回転しながら飛んで来たハチェットを防ぐ勇姿にスナイパーは驚愕と羨望の眼差しを送る。しかしタンクの表情は険しい。炎の先から寸分違わず撃ち込まれる銃弾で、アラミド繊維のシールドが破壊されるのは時間の問題だった。


「ずっとは保たない、走って!」

「へ、へい!?」

「見ぃつけた、遊びましょ!」


 軽快な口調と共に星条旗マンが降って来た。タンクに突き飛ばされていなければ、ハチェットとマチェットの餌食になっていた位置だ。どこまでも星条旗に侵蝕された兵士の太い筋肉がマチェットを振るい、タンクはバリスティック・シールドで受け止めたシールド越しにソードオフショットガンを発砲する。近接の武器をほとんど持たないスナイパーは筋肉たちの祭典に青ざめ、ウェアラブルタブレットからグラップルを射出した。ジップラインに連れられて空中を移動する間、ふと燃え盛る眼下に目を向ける。すでにフィールドは火の海だった。


「あいつ…、余裕かよ!」


 その炎の中に森林作業員がいた。にこやかに手を振る頭上を通りすぎ、スナイパーは火の手の薄い森林の中に転がり込む。深い草々に覆われた岩場はまだ燃えてはいないが熱波が充満し、じりじりとHPゲージヘルス・ポイントが減っていく。


『タンク、ここもやべえ!』

「取り込み中だよ」


 タンクは通信を強制的に終わらせ、新しいハチェットを構える星条旗マンを見つめたまま手首を振る。ぼろぼろになったバリスティック・シールドが塵となって消えていった。お互いの隙を窺いながら、睨み合っているところだった。


「そのアバター…イイじゃない、ス・テ・キ」

「……そちらこそ」


 まじまじとタンクを見た星条旗マンがにっこりと笑って軽口を叩く。色の濃い軍用サングラスからは視線が見えず、口元はタンクと同様に豊かな髭に覆われているが、彼の笑みは警戒心を和らげる。だが友好的な星条旗マンからはマチェットが繰り出され、タンクはソードオフショットガンで応戦する。段々と距離を詰めた2人は揉み合いとなり、持っていた武器を落とした。お互い素手になったところで星条旗マンが両手を上げる。徒手格闘を促すような煽る仕草にタンクから返されたのは投げナイフだった。


「あら、やっぱり? でも残念、そっちの足はニセモノ……じゃナーイッタタタァ!」


 迷いのないタンクの一撃に星条旗マンが余裕の笑みを浮かべ、それから一変してナイフで貫かれた左足を押さえて地面にもんどり打った。喜んでいるのか、もしくは油断させたいのか──判断しかねる状況に火炎瓶が投げ込まれる。


「アントン、こっち!」

「ナイス、ネイト! 映画みたいにいかないものねエッヒヒッ!」


 森林作業員の投擲した火炎瓶の炎が前線を分断した。星条旗マンは足に刺さったナイフを引き抜き、一度回転させた刃を投げ返す。タンクは身構えたが両者を隔てる炎に飲み込まれ、ナイフは届かなかった。炎の先では森林作業員が左手でヴェクターサブマシンガンを構え、星条旗マンに空いた方の手を貸している。


「大丈夫? おんぶする?」

「合体技はまた今度! ん〜、ケミカルのイイ香り!」


 気の抜ける会話と共にケミカルライト状のスティックが折り曲げられ、ふわふわとグリーンの粒子が飛び出した。それを芳しく吸い込む星条旗マンの傷がみるみるうちに癒えていく。


「回復、薬…?」


 倫理的に危うい回復方法に目を見張り、タンクが銃口を向ける。しかしトリガーを引く前に森林作業員に撃ち抜かれ、彼女はアサルトライフルを取り落とした。少しでも動こうものなら連射が始まる緊張感が漂う一方、星条旗マンは楽しげにブルパップ式アサルトライフルを構える。


「ね、イイこと思いついちゃった!」

「うん? うん」


 わずかに首を傾げた森林作業員がハンドランチャーへと切り替える。炎越しの2人の視線が向けられる寸前、一瞬の隙をついたタンクが近くの岩陰へ滑り込んだ。それと同時に連射が始まり、縮こまる巨体に銃撃で弾け飛んだ破片が降り注ぐ。かろうじて回収出来たアサルトライフルを抱えて身動きが封じられる中、遮蔽物を越えて規格外サイズの注射器シリンジが足元へ着弾する。それに訝しげな視線を向けた瞬間、小気味良い音を立ててシリンジャー弾が割れ、辺り一帯に薬品の匂いが立ち込めた。


『なんかあった!?』


 激しい咳がヘッドセットを響かせる。タンクが野太い通信に答えられるようになるまでに、敵対者は炎の向こう側へと見えなくなった。一時的に気配が遠退き、彼女はポーチから回復薬を取り出して勢いよく太腿に刺す。


「……スナイパー、敵はプレイヤーだよ。気をつけて」

『マジか! 対人戦PvP……やっと俺の出番!?』


 敵対者がプレイヤーであると告げられ、どことなく興奮した通信がヘッドセット越しに聞こえた。タンクはスタミナゲージが伸びるのを待ちながら、装具に手を当ててマガジンの数を確認する。屈強な体を持つ彼女でも重い武装をまとったまま、連続で戦うのはつらいだろう。だが彼女の武装を遥かに上回るマガジンポーチをタクティカルベストにつけた「アントン」と呼ばれる星条旗マンに疲弊の色は見られなかった。その星条旗マンに「ネイト」と呼ばれた森林作業員は精密射撃も侮れないが、フィールド上に撒き散らされた炎が一番厄介だった。前線を取り囲む炎は着実に彼女のHPゲージを削っていた。


[✓] 対人戦から離脱する

 ・敵対プレイヤーの性能を分析する

 ・フィールドを確認する

 ・タンクを説得する


 ライフルスコープのレティクルレンジファインダーに真っ赤に燃えた炎が映る。高火力の炎で分断された先に逃げ込まれては手も足も出ない。はやる気持ちでプレイヤーを探すスナイパーに炎の中から飛んで来た銃弾が掠める。スコープから目を離した彼は勢いよくチップスを口に押し込み、潜伏場所から移動した。


「いッ…てぇえ! 今の分かんのか、どっから見えた……熱ッ、あっつう!」


 火が燃え移り続ける森の中で熱波を浴びながら灼熱の大地を這う。なるべく被害の少ない方へと這いずり回る姿は、乾燥地帯に生息するトカゲが手足を上げ下げするのと酷似していた。すでに炎の被害は空気中にも及び、呼吸をするたびにHPゲージは失われる。手持ち残量を気にする余裕はなかった。もはや携帯食品による微量な回復では間に合わず、吹き出し続ける汗を拭って回復缶をがぶ飲みする。なかなか風情のある光景だが胃は限界を迎えていた。


「あいつらDOT継続ダメージ関係ねえのかよ…もう腹ちゃぷちゃぷなんすけど、そっちは?」

『問題ないよ。移動するとちゃんと撃たれる』

「……おう?」


 前線で立ち往生中のタンクにも攻撃の手は来ているらしい。スナイパーの口数が多くなりそうな予感でもしたか、切れ間ない狙撃にすっかり制圧されたことを冗談めかして伝える。その気遣いは伝わらなかったが、タンクは気にすることなく敵対プレイヤーの分析を始める。


『ここまで燃やすくらいだ。少なくとも軽減する策はあるみたいだね』

「でも、これさ……こっからじゃ何も見えねえのに弾飛んでくるんすけど?」

『遮蔽物としても考慮してないから、サーマルとは違う……ソナー?』

「いや、むしろ爆音鳴らしてんのあっちだし。インジケーターって、そこまで分かったっけ?」

『インジケーターにしては正確すぎる。見えてるみたいだよ』

「それってウォールハック壁越し索敵とか? うっわ、チート不正行為!?」

チーター不正行為者には見えなかったよ。私たちのゲームにないセンサーかもね』


 照射も何も見えないどころか炎しか見当たらないフィールドでは、ほとんどのセンサーが使い物にならなかった。もう一度、狙撃位置だろう場所にスコープを向ける。やはり炎以外は見えなかったが、反撃に備えるのが見えているかのようなタイミングで連射が始まる。一旦スコープから目を離して移動する間も敵対プレイヤーの攻撃は止まない。


「あだッ! おまっ…少しは節約しろ! こっちどんだけ弾あると思ってんだ……、あんなん相手すっとかぜってえ弾切れノーアモなんじゃん!」


 2人を相手に制圧出来るほど、敵対プレイヤーからの銃撃には躊躇いがない。これまでの戦いで補給基地やショップはおろか、補給箱サプライボックスすら見つけられなかった彼らにとって反撃する以前の問題だった。このまま戦闘を続ければ、物資がなくなることを見越したスナイパーは未だかつてないほど良い声で宣言する。


「……タンク、逃げっぞ」

『1人で行きな』

「なんで!?」


 撤退の申し出を秒速で断られ、情けなく裏返った野太い声がこだまする。正確な位置までは捕捉されなかったようだが、スナイパーの近くにグレネードランチャーの爆炎が上がった。


『私にあんたみたいな機動力はないからね。今出たら確実に撃ち負ける』

「や、いざとなったらジップで拾ってくし!」

『もう忘れた? 重量オーバーだよ』

「あああん時は!」


 少しずつ着弾点が修正されていく砲撃から逃れながら説得を試みるスナイパーに対し、淡々とした口調でタンクは事実を連ねる。


『それに、あのプレイヤー…スタミナ切れがないみたいなんだ。どうせ追いつかれるくらいなら囮になるよ』

「は? スタミナねえって……マジでチーターじゃねえの!?」


 突きつけられた覚悟にスナイパーは唸り、勝算の見えない戦闘に頭を抱えて倒れる。動かなくなったアバターの体に大地からの熱が伝導していく。とうとう耐えきれなくなったのか、真顔で立ち上がった彼は肉眼で辺りを見回した。灼熱の大地に伏せて赤くなった頬が、目の前に広がる揺らめく炎に照らされている。そうして隈なく視線を巡らせた後、ウェアラブルタブレットを操作する。


「あー…ちょい待ってろよ、すぐ戻っから。ひとりで行くなよ?」

『了解』

「絶対行くなよ!」

『…了解』

「振りじゃねえからな!?」

『……了解』


 いつもより比較的真剣な声色に向けて可憐な声が端的に返事をする。あまりに素っ気なく返された答えに不安になったのだろう。やはりいつものテンションに戻り、念には念を押したスナイパーは選定した目的地に向かって戦線離脱した。


 ***


 水で出来た薄い膜に火の粉が当たり、白い煙を伴って弾ける。森を包み込む水の膜に隔たれた中で、エルフたちは『さすらい人』の戦いを観察していた。彼らが一様に『古代の武器』と呼ぶ武器を使って行われる戦闘を目の当たりにしてエル=リスは歓喜する。


「あの野郎ども、魔力もねえのにすげえな!」

「それが時をもたらす、さすらい人」


 どこからか飛んできた流れ弾で水の膜がたわみ、鈍色の塊が地面へと転がった。煤にまみれた弾丸の行方を目で追うエルダーを見つめ、何を勘違いしたかエル=リスが外を指差す。


「師匠よお、やっぱりあの古代の武器欲しかったか?」

「愚かなる弟子よ、私たちには不要だ」


 凛とした声に断られ、エル=リスは眉間にしわを寄せた。だがすぐに水の膜に腕を突っ込み、弾丸に手を伸ばす。それを一瞥した屈強なエルフのひとりがエルダーへと顔を向ける。


「エルダーよ、また始まるのか」

「……この時は勇者様がいる。オールド・バトルフィールドのようにはならぬ」


 エルダーの『勇者』と『オールド・バトルフィールド』の発言にエルフたちが頷く。また飛んできた弾丸と火の粉で水が蒸発する音が響いた。相変わらず奮闘するエル=リスだけが水の膜に張りついていた。


「エルフども、オレを出せ!」

「また死にたいか」

「だがよお、師匠!」

「予言には関与しない。教会とはその約束だ」


 厳しい口調にも関わらず、もの悲しげなエルダーを見てエル=リスは渋々引き下がる。水蒸気で白む森の先は炎の嵐だ。エルフたちは召喚者であるさすらい人──FPSプレイヤーの戦闘を眺め続けた。


 ***


 前線で待機していたタンクは呼吸を整える。HPに直接のダメージは見られないものの息苦しさからは逃れられない。遮蔽物の岩に背中を押しつけ、飛んでくる火の粉を振り払う。意外にも敵対プレイヤーは制圧した場所まで深く踏み込んでは来なかった。膠着状態が続く中で、それだけが救いだった。


『タンク、生きてっか!』

「元気だよ」

『お、おう』


 面倒なやり取りをすっ飛ばした返答に野太い声が面食らう間、アサルトライフルを肩に担ぎ直したタンクが顔を上げる。視界に表示されたHUDには無数のピンが立てられていた。


『……とりあえず地雷撒いといた。カバーすっからピンまで走れ!』


 いくらかの間を経て、調子を取り戻したスナイパーから合図が送られる。次の瞬間、岩陰から屈強なアバターが飛び出した。


[✓] 敵対プレイヤーを退ける

 ・タンクを援護する

 ・地雷原に誘導する


 スナイパーが即興で作った地雷原までピンは数メートル間隔で配置されている。その誘導に従ってタンクは全力疾走する。敵対プレイヤーが逃走に気づき、銃撃を止めて後を追いかける。狙撃位置についたスナイパーはバレットM82を構え、始まった鬼ごっこをスコープ越しに見つめた。


「火炎瓶こっち来い…来い、」


 タンクを追って細道に入り込む敵対プレイヤーに銃口を向け、アバターに似合わない低い呟きをこぼす。視度調整リングを回し、レティクルのピントを合わせ、サイドフォーカスを捻って距離計測と弾着補正を行う。聖火を掲げるように火炎瓶を持って走る目標が、細道に配置された赤いジェリカンに差し掛かるのを捕捉して笑みを浮かべた。


「来た!」


 息を止め、トリガーを引く。リコイルを受け、硝煙の匂いが立ち込める。バレットM82の乾いた銃声が通り抜けた先で赤いジェリカンが砕け散り、ガソリンに火炎瓶の炎が引火する。


「わっ、わあ? たいへんたいへん」

『よっしゃ、1人目!』


 火だるまになった森林作業員が独特な断末魔を上げて倒れた。ヘッドセットに響く命中宣言ヒットで状況を把握したタンクの足は止まらない。


『タンク、ピン避けろ! そんで星条旗は…』


 野太い指示に合わせてタンクはHUDに立てられたピン地帯を飛び越え、傾斜した地面の起伏にダイブした。星条旗マンが怪訝な表情を浮かべて速度を落とした直後、光がチラついた。軍用サングラスの奥に隠された目が悔しそうにバレットM82のスコープの反射を睨みつける。


『ここだ!』


 ピンの場所に埋められた地雷が大口径弾に撃ち抜かれて起爆し、続々と誘爆していく。激しい爆音が轟き、星条旗マンの断末魔がかき消された。


『ふー、2人目ゲット……やっべえ、俺史上最大で動体視力にリソース割いた…』


 爆発が静まり、聞こえてきた安堵の声にタンクは窪みから顔を覗かせる。爆風で引火したにしては広範囲が燃えている。全力疾走によるスタミナの減りと熱風による汗を拭い、タンクは息を吐いた。


「……あんた、今日は頼りになるね」

『まあ、対人はタイミングと慣れだから……今日は!?』

「冗談。信じてたよ、スナイパー」

『え、あ…お、おう…』


 素直な賞賛を受けて、スナイパーの野太い声が弱まる。明らかに戸惑っている相手の反応に、タンクは赤髭に覆われた口角を上げて密かに微笑んだ。


[✓] 前線に戻る


 全力疾走で尽きたスタミナゲージの回復を待つ間も、HPゲージは減少している。爆発の余韻が影響して辺りの炎が強まるという本末転倒な状況だった。


「ふう、もう行こうか…っ!?」


 完全にタンクは油断していた。重々しい鉄のぶつかる音が鳴り、その場を離れようとした逞しい足にベアトラップトラバサミが食い込んだ。顔をしかめる彼女に向かって友好的な呼びかけが響く。


「ダーメ! オレとの勝負がまだでしょ?」


 そこにはスパッタシートを広げた星条旗マンが立っていた。地雷原の残り香である爆煙と辺りの火の粉を払い退け、まるでマジシャンのようにポーズを決める姿は無傷とまではいかないが元気そうだ。ヘッドセット越しにバレットM82の慌ただしいリロード音が聞こえる。


『うっそ、あれで死んでなかった!?』

「先に行って、あとで合流する」

『なんで…ちょ、待っ!』


 骨伝導ヘッドセットから野太い騒ぎ声がもれる。タンクはベアトラップを外すことを諦め、その手にカランビットナイフを構えた。ほんの少し苛立った様子で星条旗マンは『I 〝ハート〟 LA』の刺繍があるキャップに付けられたヘッドセットを叩く。


「そそ、通信先の……もう1人の子って芋スナよね。そろそろ紹介してくれる?」


 ヘッドセットを叩いた手が降ろされ、ここに呼べと言うようにゆっくりと地面を指差す。それを見たタンクが唇を噛んだ。こうなった理由は単純だ。彼らは敵対プレイヤーが同じことを考える可能性を忘れていた。利用出来る地形があると考えたのは何もスナイパーだけではない。タンクがスナイパーを待つ間、安易に踏み込んで来なかった理由は足に食い込むベアトラップが物語っている。


「オレの相棒、こんがり燃いてくれたじゃない」


 焦りからエイムの定まらないバレットM82の弾が地面をほじくり返す。その間を星条旗マンが悠然と通り抜けながらマチェットを手元で一回転させた。もうすぐ手が届くかという距離でタンクは固唾を飲み、残された時間を使って死亡フラグを立てる。


「私は平気だから、早く逃げな」

『いや、何言ってんだ!』

「……これでフェアよ!」

『タンク!』


 タンクに向かってマチェットが振り被られると同時に、野太い声とグラップルの射出する音がヘッドセットに届いた。今はお互いに敵対者として対峙しているが、どちらも人として特別な違いはない。誰もが同じ成分からなる肉体を使い、わずかな違いを巡って争い合う。唯一の勝利が欲しいなら順番争いに勝つしかない。しかし最後は物量の差が物をいうことになる。

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