ミッション4:PvP #1

 鬱蒼とした森の奥から遠吠えが聞こえる。木の上に蔦や葉、枝で編まれた住居が確認出来るが、今そこに人の気配はない。目を覚ましたスナイパーがまず目にしたのは、泥まみれの男性の脚だった。両膝を曲げて窮屈そうに屈むタンクの脚だ。


「は? 狭……うお、近ッ!」


 スナイパーとタンクは木の根が網目状に重なり合う檻の中に閉じ込められていた。ただ幸いなことにタンクの重症だった傷は戦闘終了と同時に回復し、腹部の包帯も血は滲んでいない。窮屈な体勢で手足を縛られて身動きが取れず、2人の距離が近すぎる以上の問題はなかった。


[✓] 仲間と檻から脱出を試みる

 ・テキストメッセージを読む

 ・ブリーチングトーチを探す


 森の木々が揺れる音に紛れて小さな摩擦音がした。それにスナイパーは気づかず、至近距離にあるタンクの顔を見つめて居心地が悪そうに身じろぐ。


「い、いつから? 縛られてるし、どんくらい落ちてた……タンク?」


 スナイパーが無言のタンクを窺うも反応はなく、ゴーグル越しに見える目はしっかりと閉じられている。


「おーい、どうした。寝落ち? 離席中?」


 なかなか止まる気配のない野太い声にタンクが薄く目を開いた。彼女は狭い檻の中で身を捩り、分厚い肩で幼気な体を小突く。そしてスナイパーが余計なことを言う前に、HUDに向かって顎を上げる。豊かな赤髭が指し示す視界にテキストメッセージが並んでいた。


「いや……あ、テキスト? キープ、イットダウン…ブ、ブレ? ア、チング……ってなんで英語?」


 母国語以外が苦手な、もしかすると母国語すら危ういスナイパーは連続で届く英文メッセージの読める部分だけを口にする。どんどん険しくなる表情を見つめていたタンクは巨体を寄せた。


「スナイパー、声落として」

「うおっ!? あ、はい」

「私の弾帯にブリーチングトーチがある。腰の部分」

「ヒョッ…ト、トトーチ!?」


 お互いの体が密着し、かすかな呼吸音と温度が重なる。タンクは覆い被さる形で耳元に顔を寄せ、全身を震わせるスナイパーに可憐な声で小さく囁いた。


「そう、トーチだよ。取って」

「とって……って、あああブリーチングな! え、持ってんのか! や、持ってるか!」


 メッセージの意味をようやく理解したスナイパーが状況を忘れて声を上げる。その声の大きさにタンクの眉間が深くなったのを彼は苦笑いでやり過ごした。こうして苦行の時間は始まった。


「……それは違う」

「わ、悪ィ…こ、これか!」

「そこは私の、」

「す、すすんません…!」


 きつく縛られた後ろ手でタンクの弾帯を弄るスナイパーは汗だくだ。違う箇所に触れると可憐な女性の声で注意を促される。そこには男性アバターである女性を触っていることに、どう反応すれば良いのかという緊張感が漂っていた。密着した体の間で呼吸の上下運動の他に妙な振動と摩擦音が伝わる中、頭上から粗野な笑い声が響く。


「よう、密猟者ども。おっ始めんのか? オレとも仲良くしようぜ!」


 必死なスナイパーと怪訝なタンクの前に荒々しく若い男が降って来た。先ほどまで人の気配が無かった森がざわめく。いつの間にか、複数の灰褐色たちが檻の周りを取り囲んでいた。


[✓] 古代の武器を確認する

 ・エル=リスから尋問を受ける


 鏡面のような白銀の髪に森の色が反射し、光の加減で鮮やかに色を変えていく様がオパールめいて美しい。自然界には見られない不思議な髪色のキャラクターを好むスナイパーはうっかり見惚れ、視線を下ろした先にあった筋肉量に目を背ける。そこに彼の望む可愛らしさは一切なかった。唯一、灰褐色の肌ではないエル=リスが得意げな顔で笑う。


「トリプルオーなら助けに来ねえぞ。他のヤツらは殺したからな!」

「お前……ト、トリ…え、何?」

「……テメエ、下っ端か?」

「いや、他も何も……俺ら以外マッチングしてねえよな?」


 物騒な脅しを受けているはずのスナイパーは落ち着いて、と言うより現状を理解していなかった。早々に気絶した彼がここに至るまでの経緯を知るはずもない。視界にある2人分のIDが表示されたマッチングリストと沈黙するタンクを交互に見るが、やはり思い当たる仲間は出てこなかった。それを見たエル=リスが野生動物のように鼻をひくつかせて檻へと近づく。


「下っ端野郎も、黙りの姉ちゃんも魔力がねえ分際で……古代の武器まで盗むたぁ良い度胸してるじゃねえか」


 エル=リスの赤茶けた眼光に射抜かれ、タンクとスナイパーが表情を変える。アバターの中身を看破されたことの驚きよりも、突きつけられた2挺の銃に目を見張っていた。


「古代って……おい、それ俺らの銃!」


 『古代の武器』と言われて突きつけられたのはエンハンスド・カービンとAKに似たアサルトライフルだった。気を失っている間に盗られたらしい。咄嗟に取り返そうとしたスナイパーは後ろ手に縛られていることを忘れ、勢い余って檻に顔面をぶつけた。


「おう、他のエルフはどこだ? 帝国までの密輸にいくら積まれた」

「っつぅ…そんなん言われても、エルフはまだ見てねえし! 帝国とか、何のイベントすか」


 意外にも抗議する野太い声は震えていない。身に覚えのない嫌疑を掛けられ、尋問されているにしては『エルフ』の単語に浮き立っている。羞恥心や恐怖心による緊張がピークに達し、とうとう飽和してしまったのだろう。精神力がすり減るごとに楽観的になるところは、日常的に警戒心を然程持たない生活をしてきたスナイパーの数少ない長所だ。まるで堪えていない彼に対してエル=リスが苛立つ。


「もう一回痛めつけられなきゃ口もきけねえって…ッ!?」


 赤茶けた足が怒りに任せて檻を蹴りつけた直後、タンクがいくら押しても破壊できなかった頑丈な木が粉々に爆ぜた。


[✓] 檻から脱出する

 ・ネームドキャラクター:エルダーから問答を受ける


 内側から爆ぜた檻の破片と一緒にエル=リスが吹き飛ばされた。飛び散った細かい木屑が森に差し込む光を受けてきらめく。乱反射する光の中心に白いローブが立っていた。生じた風の余韻で巻き上がったスリットからは白い紋様で彩られた灰褐色の体が覗き、はためくフードと共に揺れる白銀の髪は光に溶けて淡い水色へと美しいグラデーションを帯びる。


「愚かなる弟子よ、善行を成せ」

「ッ…エルダー!」


 一瞬にして灰褐色たちに緊張が走る。凛とした声の持ち主はエルダー長老と呼ばれるにはまだ年若く、強靭さがありながら肉感的だ。他とは一線を画すエルダーを前に、タンクはカランビットナイフを構えて間合いを測る。彼女の足元には無残にちぎれた縄が散らばり、ついでに簀巻き状態のスナイパーが転がっていた。ずっと後ろ手に擦っていた縄を逞しい腕力で引きちぎったようだ。警戒心をあらわにする彼女にエルダーは深海に似た青い瞳を向け、静かに手を差し出した。


「人よ、これが何であるか覚えているか」


 エルダーのしなやかな手のひらには古びた薬莢と真新しい薬莢があった。意図を測りかね、タンクは無言を貫く。彼女の動向に鋭い眼光を向けていた灰褐色たちが息を呑んだ。辺り一帯が沈黙に包まれた矢先、ぶつけたらしい頭を振ってエル=リスが草むらから顔を出す。


「師匠、ソイツら悪もんだぞ!」

「……よく見よ」

「なんでだ! ちゃんと捕まえたじゃねえか、善行だろう!」


 緑色のバンダナに血を滲ませて大声を張り上げるエル=リスへ向けてか、それとも無言で見つめ合うタンクへの助言か、エルダーの言葉は判断がつかない。だがエル=リスは忙しなく自身の体を確かめ、あしらわれたことへの不満を訴える。何とも言えない会話に張り詰めた空気が緩み、何かを諦めたタンクが口を開いた。


「……5.56、そっちは9ミリ」

「それが名か」

「正式名称は知らない。銃の弾薬サイズだよ」


 タンクの答えを聞き、かすかに安堵の表情を浮かべてエルダーが微笑んだ。完全に警戒を解いたタンクはインベントリにカランビットナイフを収める。未だ手足の自由が無く、支えられた状態のスナイパーは固唾を飲むしかなかった。そこへ草むらから跳躍したエル=リスがエルダーを庇うように着地する。


「師匠! この密猟者どもエルフの言葉を喋ってるぞ、今すぐ殺っちまわねえと!」

「ならぬ、彼らは帝国の者ではない」

「人間なんかに知られちまったら、エルフの森が危険だ!」

「愚かなる弟子よ、お前が吹聴せぬならエルフの言葉を知れる者はいない」


 敵意をむき出しに吠えるエル=リスを慣れたようにエルダーはなだめる。タンクはスナイパーの縄を解きながら、怪訝な面持ちで彼らの会話を聞いていた。


[✓] 翻訳機能を確認する

 ・エルフの正体を知る


 一方、スナイパーはどうでも良いことを考えていた。飛び交う情報を元に何度も周囲を見回して呟く。


「さっきからエルフエルフって、マジでどこにエルフが…」


 灰褐色たちが『エルフ』に反応してスナイパーを睨んだ。注目を浴びた顔が青ざめ、頬に冷や汗が浮かぶ。


「いや、なんで睨ん…で、」

「なんだあ? エルフの言葉は分かるのに、見たことがねえって言うのか」


 半ば除外していた答えをエル=リスに突きつけられ、スナイパーが目を剥く。彼はひどく狼狽え、なぜかタンクの方に詰め寄る。


「まさかだけど……このゴリゴリの筋肉集団がエルフとか言わねえよな?」

「スナイパー、」

「や、だって! エルフって言ったらもっと、こう……アレじゃん!? 嘘だろ、貴重なサービスシーンがまた筋肉で消化されてく…」


 ゴリゴリの筋肉集団がエルフであるという事実に、スナイパーはただただ愕然としていた。固定概念が捨てきれない彼は不躾な視線を向ける。2人を取り囲むどのエルフも耳は尖っていない。人間でない要素と言えば、白い紋様が刻まれた灰褐色の肉体と光に当たる頭髪が色彩豊かに輝くところだけだ。さらに男女の筋肉に差があるようには見えず、周りに比べて露出度が低いエルダーでさえ野性的な印象を受ける。期待したエルフではなかったことに騒ぐスナイパーの隣でタンクがため息を吐く。


「あ、すんません」


 再度周囲から痛いほど視線を浴びて、さすがにスナイパーは口を噤んだ。それを見届けたタンクはエルダーに向き直る。


「質問しても?」


 タンクの問いかけにエルダーは穏やかに首を傾げて促す。フードの端から淡く水色に色づいた髪がさらさらと流れた。ところどころ見える艶やかな体と同じ白い紋様で彩られた顔は優しく、深く青い瞳に敵意は見られない。


「私は……エルフの言葉を喋ってた?」

「自覚がねえってか? 今も喋ってんだろう」


 エルダーよりも早く、エル=リスが呆れ気味に答える。その顔は冗談を言っているようには見えなかった。タンクは難しい顔で黙り込み、それから何かを確信してスナイパーを見下ろした。


「スナイパー、あんた何語で話してる?」

「へ? 日本語だけど」

「私はずっと英語だよ」

「は……はあ!?」


 今までタンクとスナイパーはお互いの母国語で話しをしていた。それが自動翻訳されていることに気づいたのだ。母国語で喋っているはずの言葉も、エルフたちには対応する言語として聞こえていたらしい。


「師匠よお、どういうこった?」

「召喚者とは、そういうものだ」


 タンクたちが無自覚にエルフの言語を喋っていると知り、全員が困惑する。見るからに何も考えていない顔で問うエル=リスに答えながら、エルダーだけが懐かしそうに目を細めた。


[✓] エルフと交渉する

 ・召喚者の情報を入手する

 ・勇者の情報を入手する

 ・目的地の情報を入手する


 タンクとスナイパーは今置かれている状況を忘れ去り、お互いにテキストメッセージを送り合う。事実確認に勤しむ彼らを見守っていたエルダーは語りかける。


「あなた方は勇者様の召喚者……さすらい人」


 『さすらい人』の発言にエルフたちが驚き、エルダーとエル=リス以外がその場に跪いた。しかし一番驚いたのはスナイパーだ。目を丸くして、耳慣れないようなそうでもないような単語の出現に口ごもる。


「さ、さす…? 勇者って、そんないにしえの知り合い居ないんすけど…」

「NPC病を治せる野郎のことだぜ? 知らねえのかよ」

「え…えぬぴーしー、病?」


 次にエル=リスから発せられた聞き覚えしかない単語に、とうとうタンクとスナイパーは顔を見合わせた。


「やっぱ、この前からゲーム性違いすぎね?」

「……ネーミングセンスが問われる世界観だね」

「マジでそれ」


 いきなり告げられた思いも寄らない情報を流せるほど彼らは大人ではなかった。ついにタンクまでもスナイパーに乗せられて軽口を叩き出す。しかしエルダーの厳粛な雰囲気は変わらない。


「手荒なことをした。だが私たちエルフに時はない……森から立ち去ることを願う」

「うお、めっちゃ排他ってくんのはエルフって感じ。や、ガチのエルフとか知らねえけどさ」

「スナイパー」


 エルダーの態度に固定概念を垣間見たスナイパーがテンションを上げるとエル=リスから怒気が放たれた。そのことに気づいたタンクが制止を掛けるも、呑気なスナイパーはがっくりと肩を落とす。


「マジかー、もう少し休めると思ったんだけど。ぶっ続けで何日目だっけ?」

「……すぐに出て行く。近くに街があるなら教えて欲しい」


 スナイパーが発言するたびに怒気が増すエル=リスを気にしながら、タンクはため息混じりに交渉を持ちかける。エルダーに向けてだったが、獣じみた唸り声が先に答えた。


「森のことを口外しねえんだったら街までは案内してやるよ。目隠しはしてもらうがな」

「テロリストかよ、こわ…」


 交渉としては成功したのだろうか。スナイパーの余計な一言に苛立ちを隠すことなく、エル=リスは睨みつけてくる。いつ交渉が決裂してもおかしくない緊張感をあえて無視したのはエルダーだった。


「近くに人の港町がある。そこから王都に向かうとよい」

「今度は王都まで飛び出した…」

「……スナイパー」


 何度でもスナイパーは均衡を打ち砕く。魔法やエルフの存在、銃撃戦がほとんどないゲーム性の違いはあるが、確かに慣れてしまえば彼らにとって目の前の脅威もゲームの中の出来事に過ぎない。声を掛けるだけに留めたタンクの側で、すっかり状況に馴染んだスナイパーは首を傾げる。


「あのさ、このテンションいつまで続くやつ?」

「さあね、エンディングまでじゃないか」

「エンディングって、今マルチだろ? メインストーリー出来ねえよな?」

「あんたのゲーム、出来ないのか」

「そっち出来んの!?」


 キャンペーンのメインストーリーがソロプレイ専用シングルモードであるスナイパーは目を見開いた。今更ながらお互いのゲームシステムが違うことを実感する彼らにエルダーは重ねて告げる。


「王都に教会がある。そこを訪ねよ」

「うぇ? なんで」

「あなた方は勇者様に呼ばれる者、いずれ思い出す」

「いや、だから勇者とか名乗るアレな知り合いは……ハッ!」


 なおも粛々と告げられる名称にスナイパーは顔面を引きつらせ、そして弾かれたようにタンクを見上げる。すっかり忘却していた存在を思い出したらしい。


「なあ、この前エンカウントしたシロクマって勇者とか呼ばれてなかったっけ?」

「……シロクマ?」


 配慮に欠ける呼び名が何を示しているのか分からず、タンクはゴーグル越しに見える片眉を上げた。少しずつ記憶が蘇ってきたスナイパーは息継ぎもなく続ける。


「ほら、ダークファンタジーっぽい城で暴れてたどっかのARPGみたいなフィジカルお化け!」

「ああ、あの麻袋の……死んでないと良いね」


 少しばかり口ごもりながらタンクが呟いた。厳つい赤髭面が気まずさを滲ませる。何となく良くない空気が流れ、2人の間に重い沈黙が落ちた。しかし予想外なところから好意的な反応が送られる。


「なんだよテメエら、もう麻袋野郎ぶっ倒したのか? やるじゃねえか!」

「あーっと…倒したってか、まるごと爆破したってか、生死不明っていうか……タンク、これってメインストーリー詰んだ臭い?」


 先ほどとは打って変わり、エル=リスは愉快そうにタンクたちの肩を叩き立てる。好感度システムがあったなら、殺されない程度に関係性は改善されたようだ。だが彼らにそんなシステムはない。現在のところメインストーリーが何に当たるのかは不明だが、スナイパーの嫌な予感を包み隠さない意見を受けて、おそらく主人公であろう『勇者』を攻撃した覚えのあるタンクは黙り込んだ。


[✓] エルフの森から脱出する

 ・蒸気船の破壊活動を目撃する


 メインストーリーの主人公かも知れない『勇者』を爆破した事実を一旦脇に置き、ひとまずタンクとスナイパーは森を後にすることを決めた。エルフたちがエル=リスの指示通りに目隠しを施そうと2人に近づいた時、海食崖沿岸部の裏側に位置する渓谷から激しい爆発音と黒煙が上がった。目にもとまらぬ速さでエル=リスが木によじ登る。


「クソッタレ、帝国船だ! 出るぞ、エルフども!」

「人同士の争いにエルフは不要だ」

「何言ってんだ、師匠! 密猟者は皆殺しだ!」

「愚かなる弟子よ、行ってはならない」


 すぐに木から降り立ち、駆け出そうとしたエル=リスをエルダーが引き止めた。同様に出撃しようとしたエルフたちも動きを止め、もめる様を不安そうに窺っていた。彼らの様子を静かに眺めていたタンクから声が上がる。


「私たちが代わりに見てくるよ」

「え、なん…っ」


 突然のタンクの申し出に何かを言いかけたスナイパーの口が塞がれる。かたや不貞腐れるエル=リスの側で、わずかにエルダーが瞼を伏せた。それを承諾と受け取ったタンクは大きな手でスナイパーをホールドしながら引きずり、落ち着きのない彼の耳に赤髭で覆われた口を寄せる。


「そのまま逃げるんだよ」

「タンク、……頭良いな」


 タンクから解放された途端、スナイパーは詰めていた呼吸と頭の悪そうな感想を吐き出した。成り行き上2人は案内を断る形になり、黒煙の方角を目標にして道なきエルフの森から脱出を目指す。獣道を下る間も激しい戦闘音が続き、木々の合間から見える黒煙は濃くなっていた。彼らは逃げるつもりでいたが、つい好奇心に負けて渓谷を覗き込んだ。


「すっご、なんだあのスチームパンク船…」


 『帝国船』はスチームパンクの世界観に出てきそうな蒸気船だった。それが延々と降り注ぐグレネードランチャーの擲弾と炸裂弾らしきものに襲われ、大炎上しながら渓谷に座礁している。その甲板上にファンタジーどころかスチームパンクにも合わない武装がいた。やけに現代的な兵士たちは炎の中、不意に海食崖を見上げる。


「!…まずい、気づかれた」


 反射的にタンクが飛び退いた。慌てて伏せたスナイパーが渓谷に目を凝らす。暴れ回っていた兵士のうち1人が海食崖へと近づき、ごつごつとした岩場へ手を掛ける。次の瞬間、スナイパーは目を疑った。


「なんか星条旗……登って来てっけど!?」


 その速度はある意味で恐怖映像だ。生身であるにも関わらず、凄まじい勢いで兵士が崖を這い上がる。次第に鮮明になる星条旗にスナイパーは深緑の目を揺らし、血の気の引いた顔で慄く。怖いもの見たさで改めて崖下を覗き込んだタンクも息を飲み、エルフから返してもらったばかりのアサルトライフルを握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る