ミッション3:ワンダラー #2
海食崖を越える直前、ブラックホークによく似た中型多目的ヘリコプターのエンジンが停止した。破損だらけだった機体は黒い煙をたなびかせ、晴れ渡った空から森へ急降下している。あらゆる警報が鳴り響く中、タンクは燃料を投下した。その衝撃でテールローターが外れ、煙と共にどこかへ吹き飛んでいった。
[✓] 中型多目的ヘリコプターから脱出する
・パラシュートを使用する
コントロールを失い、ブラックホークが高速回転を始める。オートローテーションを諦めたタンクは操縦桿を固定し、脱出用パラシュートを担いで搭乗席へ移動した。
「スナイパー、降りるよ。パラシュートは?」
「め、めちゃくちゃすぎる、ダウンどころかアタック…!」
「どうせ落ちるんだ、ついでだよ。やったことくらいあるだろう?」
「……ありますけど!?」
タンクは胴体着陸ならぬ機体突撃をする気満々だ。ドアガンにしがみ付くスナイパーはなけなしの虚勢を張ったが、余裕があるわけもなく遠心力に耐えることしか出来ない。その細身の体を大きな手が抱き寄せ、三半規管をやられている相手に代わり、手早くウェアラブルタブレットを操作した。パラシュートが背中にセットされた後、蒼白な顔前に親指が立てられる。
「行くよ」
「マジかよ、うっ…そおぉおお!?」
背中を押されたスナイパーの野太い声が海食崖に響き渡る。しかし彼の叫び声はブラックホークの爆発と重なり、爆音の中に消えていった。
***
スナイパーの悲鳴が爆発音にかき消される少し前、海食崖にある森の中を薄汚れた男たちが走っていた。群生する木々が揺れる音に怯え、息を切らしながら速度をあげる。
「はあ…はあ…っ、奴らどこまで追って来やがる…!」
その男たちの遥か頭上──、木々の上を縦横無尽に飛び回る影があった。皆引き締まった灰褐色の肉体を持ち、鏡面のような白銀の髪に森の鮮やかな色が反射している。彼らが地上を走る男たちに向かって手を伸ばすと、幾重にも尾を引いた煙が甲高い笑い声を響かせて人の形を模していった。行く手を阻まれた男たちが防護マスク越しでも分かるほど慄いて後退り、逃げ遅れたひとりの足に質量を伴った煙が絡みつく。
「あ、足が……おい、手を貸せ!」
「クソッ、しくじりやがって……とっととずらかった方が良かったじゃねえか!」
「あと1匹狩らねえとって言ったのはお前だろ、あれを回収出来なきゃただ働きだぞ!」
「早く……この、離せ! 嫌だ……死にたく、ない! 誰か助け…ッ」
「丁度良い、どうせ仕事が終われば殺すつもりだった奴だ!」
言い争う男たちは助けを求める男を突き飛ばした。吸い寄せられるように人型の煙に包まれる男の体が絶望に震えていた。彼らを包囲する人型の煙が一層笑い声を響かせ、その中に粗野な声が混じる。
「よう、密猟者ども。仲間割れしてんのか、オレも入れろよ!」
まるで親しい友人に話しかけるような声を聞いて、『密猟者』と呼ばれた男たちは慌てて辺りを見回す。木々の合間からマスケット銃が覗き、青い光を発して銃声が響く。煙に巻かれた密猟者が銃弾に倒れ、その死体を踏みつけるようにして若い男が降ってきた。日に焼け過ぎた体、傷んだ髪、まばらに生えた無精髭、額に巻いた緑色のバンダナ以外は全体的に赤茶けた印象を受ける男だった。彼は獣の唸り声を出し、残りの密猟者たちに銃口を向ける。
「『トリプルオー』も懲りねえよな、ガキをどこに隠した」
「ま、待て……居場所が知りたいんだろ」
「お前らトリプルオーを裏切るのか!?」
「俺は金が欲しかっただけだ。お前とは違う!」
「ああ、死んだら元も子もねえ。俺らは降りる!」
「まだ喧嘩すんのかあ、どっちも殺してやるから心配要らねえぞ?」
我先に命乞いを始める密猟者たちの前で、脅した張本人はマスケット銃の先端で頭を掻いた。見るからに交渉に興味がない様子だ。彼らの周りを浮遊する人型の煙が小刻みに振れ、甲高い笑い声が小さくなっていく。
「エル=リス、『リフレイン』が妙だ。急げ」
「おう」
エル=リスと呼ばれた赤茶けた男は軽く首を鳴らし、躊躇いなくマスケット銃のトリガーを引いた。
「……なぜ全員殺す」
「リフレインに案内させりゃ良いだろう?」
「その術は、エルダーしか出来ぬと…」
赤茶けた足が面倒くさそうに密猟者の死体を蹴り転がす。灰褐色たちから呆れを滲ませる呟きが降った矢先、近くで土を蹴る足音がした。別の場所に身を潜めていた密猟者が散り散りに逃げ出す姿を見てエル=リスは笑った。
「まだ残ってやがったぞ! おーい、テメエらガキはどこだあ!」
「止せ! 何か……近づいてくる」
空気に伝わる振動が強まり、森にいた全員が足を止めて轟音の方角を見上げる。エル=リスも赤茶の眉間にしわを寄せて目を凝らした。
「なんだありゃ、何の魔も…」
「っ…そこを離れよ!」
炎と煙にまかれた黒い物体が回転していると認識出来た時にはもう終わりだ。そして全てを巻き込み、ブラックホークが墜落した。
***
ブラックホークの墜落で激しく一帯が燃え上がる。木々を切り裂いたメインローターブレードが四方八方に爆ぜた。
[✓] 勢力間抗争に突入する
・五点着地を成功させる
・ネームドキャラクター:エル=リスとの対決をキャプチャーする
メインローターブレードの一部が地面に突き刺さった。少しでも着地位置が違っていれば、アバターの体は巻き込まれて木っ端微塵だっただろう。五点着地したタンクは素早くパラシュートを切り離し、AKに似たモデルのアサルトライフルを構えた。よろめきながら着地したスナイパーもエンハンスド・カービンを構える。爆発の余韻に身をすくめる猶予はなかった。スナイパーのインジケーターは真っ赤だ。2人が着地した墜落現場は勢力抗争の真っ只中だった。
「あのさ、一応確認すっけど! こいつら倒して良い奴!?」
「さあ? 倒してから調べるよ」
「行動派過ぎません!?」
「もう見つかってるからね」
アサルトライフルを構えて中腰で進むタンクの逞しい返答に、スナイパーの顔が引きつる。その間にもブラックホークの爆発音と乾いた銃声は森に広がり、残骸の下敷きになった肉の燃える匂いが充満した。そこから少し外れた場所で焼け焦げた残骸を蹴飛ばし、一命を取り留めたエル=リスが起き上がる。
「トリプルオーの野郎、次から次へと……諦めが悪いってんだ!」
「あれは古代の……エル=リス、用心しろ!」
「やってみやがれ、お仲間で歓迎してやるぜ!」
突如始まった銃撃に制圧された灰褐色たちの制止も聞かず、エル=リスは轢き潰された死体から過剰な装飾が施された銃を奪い、流れるようにトリガーを引く。爆音と蒸気が上がり、脊髄反射で頭部を庇ったタンクの手のひらに杭が貫通した。決定的瞬間を目撃したスナイパーは戦闘中であることも忘れ、興奮気味に左腕のタブレットを操作する。キャプチャーしたリプレイには、派手な銃口から伸びる鎖を挟んで対峙するタンクとエル=リスが映っていた。
「なんだあ、やるじゃねえか」
一撃で仕留め損ねた相手にエル=リスが称賛を送った。もう一度、彼がトリガーを引くと鎖に閃光が走り、杭を握ったタンクの顔が強張る。だが彼女は電撃のショック──おそらくテーザーガンのようなものか──を耐え切り、あり余る筋力で鎖を引っ張った。エル=リスがテーザーガンごと引きずられていく。
「テメエ! オレの、獲物だぞぉお!」
「……ばかものめ、手を離せ!」
仲間に叱責されても、タンクに殴り飛ばされても、エル=リスはテーザーガンを手放さなかった。むしろ一層強くグリップを握り締め、逆の手でマスケット銃の銃身を持ちストックを振りかぶる。その強欲さに灰褐色が呆れて首を振り、それから惨憺たる戦場に狙いを定める。甲高い笑い声が響き渡り、周囲に散らばる死体がゆっくりと立ち上がった。
[✓] 仲間を援護する
・スキル:回復ポッド弾を使用してタンクを回復する
・エル=リスが制圧されるまでエネミーを排除し続ける
打撃武器と化したマスケット銃を受け止められ、エル=リスは思い切り蹴りを入れる。衝撃にタンクが仰け反り、マスケット銃が弾け飛んだ。そこからはテーザーガンの両端を掴んだ2人の痛々しい肉弾戦が始まった。スナイパーは早々に参戦を諦め、援護に徹することに決めたようだ。彼のウェアラブルタブレットから発射された円柱状の
「……テメエ、その魔法はどいつから奪いやがった!」
野生動物のような鋭い眼光がスナイパーを睨みつけ、拳の矛先が変わった。だがそれが届く前にタンクがテーザーガンを引き寄せ、エル=リスの放った拳に拳を放つ。鈍い打撃音が衝突した。
「いや、こっわ……どんなフィジカル対せ…ッんおぉう!?」
あまりのフィジカル対戦にスナイパーが後退った先で、死体の行列が足を引きずっていた。突然の登場に彼は肩を揺らしたが、すぐに安堵の息をもらす。エンハンスド・カービンを構え直し、いつもの慌ただしさからは考えられないほど落ち着いて銃口を向ける。
「あー、やっとまともに戦えるエネミー来た……マジ助かる!」
スナイパー曰く「フルメタルタンパク質」や「エロいエネミー」ではないエネミーだ。彼はトリガーを引いた。マズルフラッシュが光り、襲い掛かってきた死体の頭が撃ち抜かれる。見事なヘッドショットが決まり、無駄にテンションが上がっていく。
「はっはー! ゾンビは怖くねえんだよ…うお、びっくりした!」
エンハンスド・カービンを撃ち込む表情は明るい。至近距離で死体の顔と対面してビクつく以外、スナイパーに怯えはない。それと引き換えに周囲で揺らめく人型の煙は薄くなり、実体を失いつつあった。
「リフレインが鈍い、死の恐怖を持たぬ者だ」
「あやつらも亡者か…」
スナイパーが調子に乗り続けるほど、霞んでいく煙に灰褐色たちが頷き合う。その一方で、相変わらずテーザーガンを挟んだ肉弾戦が繰り広げられる。双方が遠慮なしに攻撃を繰り出した結果、タンクとエル=リスの打撲痕はかなりひどい状態だ。タンクの傷こそ回復ポッド弾で治るとはいえ、傷が消える側から傷が増えていく。しぶとくテーザーガンから手を放さないエル=リスがブランダーバスを発砲した。硝煙の代わりに青い光が散り、タンクの背後で木の幹が弾ける。続けてトリガーが引かれるが、今度は何も発射されなかった。
「おう! エルフども、魔力が切れ…ぐあッ!?」
空撃ちするブランダーバスにエル=リスが叫んだ瞬間、一気にタンクが間合いを詰めた。手繰り寄せたテーザーガンの鎖を相手の首に巻きつけ、規格外の太い脚で背中を押さえつける。
「クソッ…タレ!」
身動きを封じられたエル=リスが悔しそうに吐き捨てた。対するタンクは拘束の力を強めていく。赤茶けた顔が見る見るうちに変色していき、苦しみもがく手がとうとうテーザーガンから離れた。
[✓] エルフの情報を入手する
・密猟者の会話を聞く
かたやブラックホークの墜落に巻き込まれた死体の側で、数名の密猟者たちが動けずにいた。彼らは今の今まで物陰に隠れて交戦から身を守り、動き出した仲間の死体に怯え、もはや誰がどの勢力か分からない戦況下でスナイパーの操るエンハンスド・カービンに混乱していた。
「スチームガンじゃない……あんな時代遅れの武器見たことないぞ、どこの企業のものだ…」
「おい、エルフの気がそれてる……今だ、魔物を出せ!」
「バカ言うな、相手はエルフだろ!?」
「奴らは人間だろ! エルフの手駒にされる前にあれを回収して逃げるぞ!」
今やエル=リスを拘束する道具となったテーザーガン──密猟者が言うにはスチームガンらしい──とカービンを見比べる隣で、別の男がやけくそ気味に袋を放り投げる。地面に転がった袋から飛び出した小型の魔物に反応して、灰褐色たちが逃げていく密猟者たちへ目を向ける。彼らが向かう先には岩場と厳重に縛られた白い布の塊があった。小さな人間が梱包されたような形だ。
「見つけた。岩場の窪みだ」
「あれは教会の布……トリプルオーめ、魔物に続きどこからそんなものを」
苦々しい呟きに甲高い笑い声が重なり通り過ぎる。灰褐色たちが密猟者を追う動きで枝がしなり、葉が擦れた。木々の下ではスナイパーが死体の動きが鈍くなったことに気づき、リロードついでに緊張感のない口を開く。
「なあ、さっきからさ……ちょいちょいエルフって聞こえね?」
「そう」
必死の抵抗を続けるエル=リスから頭突きが飛び、タンクはさらに力を込めて押さえつけた。全身の筋肉から大量の汗が吹き出し、濡れたタクティカルグローブが滑るのを握力だけで誤魔化している。彼女の攻防戦もお構いなしに野太い声が弾む。
「もしかしてこのゲーム……エルフ居んの!?」
「っ…かもね!」
ほとんど気を失いかけているはずのエル=リスから肘が飛んだ。タンクは腹直筋の頑丈さだけで攻撃を受け止め、一瞬だけ歯を食いしばる。それから目を輝かせるスナイパーに投げやりに答え、再度エル=リスに全体重を掛けた。
[✓] 戦線離脱する
・魔物の噛みつきに耐える
・捕食シーンを目撃する
灰褐色が白い布を担いで戻ってきた頃には、エル=リスは息も絶え絶えに膝をついていた。ぼろぼろになった顔面はもはや原型を留めていない。傷だらけの口から出る声もかろうじて聞き取れるかどうかだ。
「エル=リス、子どもは取り返した。あとは己で何とかせよ」
「言わ……れ、なくても…っ!」
なけなしの余裕を見せるエル=リスの限界は近い。あと一息で落とせると踏んだタンクが最大限に力を込めた。スナイパーは頭上から降ってきた声に意識を取られ、木々の合間に銃口を向ける。そのせいで彼は足元に迫る危機に気づくのが遅れた。
「え、誰? まさかエルフ……いッ!?」
小型の魔物がスナイパーの足に食らいつく。銀色の毛並みは一般的な哺乳類にも見えるが、よく見れば怖気立つ大きさの節足を持った外骨格の魔物だった。しかし哺乳類と同様に小さな歯も付いているらしく、重点的にアキレス腱を攻めている。
「うっへ! ちょ、なんだこれ……まっ、痛ッ! おい、齧んな!」
「……楽しそうだね」
「うっそ、そう見える!? マジこの…こいつアキレス腱ばっか狙って……おまッ無くなったらどうすんだ!」
「大丈夫、まだ残ってるよ」
甲殻類と哺乳類が混ざりあった魔物に足を攻撃され、スナイパーはエンハンスド・カービンを構えたまま踊り狂う。それをタンクが生暖かく見守っていた時だ。大人の制止を振り切って白い布から灰褐色の肌を持った子どもが飛び出した。その子どもが一目散にスナイパーまで駆け寄り、魔物を捕らえる。
「お! ロリっ子……あ、すんませ…ッ!?」
自分の好きなものに関してだけは目敏いスナイパーが目を見張った。彼のアキレス腱を救った小さな子どもが魔物に歯を立てていた。ぶちぶちとちぎれる表皮から銀色の毛が舞い、ピンク色の肉がほとばしるたびにけたたましい鳴き声が鼓膜を震わせる。
「っ…んな野生的な食事シーンあんなら……あらかじめ言っとい、おえぇ!」
「……少しまずいところに乱入したみたいだね」
「マジでそれ! もうちょい早めに気づいて欲しかっ、おえ!」
口を押さえたタクティカルグローブの隙間から異音混じりの野太い声が漏れる。スナイパーの意志に反して腹に繋がる食道が躍動していた。魔物の踊り食いを直視したタンクも顔色を悪くして鎖を持つ手を緩める。彼らが唖然と見つめる間に子どもは魔物を食べ終えた。そして口から溢れ出る光の粒子と血を拭い、小さな手を向ける。瞬く間に甲高い笑い声を発する煙が広がっていった。
「リスを……離せえ!」
子どもの叫びと共に煙が爆発し、すっかり油断していたタンクとスナイパーが吹き飛んだ。静まり返った森に風が通り抜け、少しずつ薄れる煙の中でエル=リスが倒れる姿だけが見えた。
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