その日


 その日は突然訪れた。


 いつものようにじいちゃんと二人で食卓に着いた。俺はおなかが空いていて、早くご飯が食べたくて仕方がなかった。今日の晩御飯はシチューだ。

 おれはじいちゃんのつくるシチューが好きだった。肉はほとんど入ってないし具は少ないが甘くて優しい幸せな味がした。

「もう食べていい?」

「これこれ待つんじゃ」

 椅子の上で足をバタつかせる俺に、じいちゃんは笑いながらスプーンを渡してくれて席に着いた。

「いただきまーす!」

 一口目を口に運ぼうとしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。じいちゃんはスプーンを置いて椅子から立ち上がった。俺も見に行こうかと思ったけれど、やっぱりやめることにした。

 たぶん旅人だろう。王都から行き来する人が、途中でうちの村に立ち寄ることは珍しいことじゃなかった。

「ちょっと案内してくるよぉ」

「うん!」

 やっぱり旅人だ。閉まった扉と目の前のご馳走を交互に見やった。結局じいちゃんが帰ってくるまで我慢できそうになかったので、先にシチューを食べることにした。


 異変に気がついたのは、シチューを食べ終わってしばらくしたあとだった。


 いつもは近くの宿まで案内してすぐに戻ってくるはずが、その日はいつまでたっても帰ってこなかった。

 様子がおかしい。何か起きているんじゃないかという予感がした。俺は心配になって外へ探しにいこうと思った。夜はあぶないから外へ出ちゃいかん、というじいちゃんの言いつけが頭によぎったが構わず扉を開けて表へ出た。風が木々の葉を揺らす音が不気味に聞こえる。

 森の中には眠れない動物や恐ろしい怪物がいて、昼は姿をみせないが夜になると襲い掛かってくるとじいちゃんは話していた。

 暗くて危険ななにかたちが、暗闇と溶けあってかたちをもちはじめていた。息を大きく吐いて、庭に積み上げてあった薪を一本もった。

 怖くても踏み出さなくちゃいけないときがある。これもじいちゃんの教えてくれた言葉だ。

 俺はじいちゃんを探すために暗闇のなかへ足を踏み入れた。

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