輪廻の正体

ポポ リンタロウ

プロローグ

北の海。島。海岸線に穴のあいた大岩。

身体に残された微かな記憶。これだけを頼りに彷徨(さまよ)った。

穴のあいたボロボロのマントをバタつかせ、空を旋回する。


今日だ!

儂の計算が間違っていなければ……


朝から晴れている。なのに風が強い。

九月下旬というのに冬の匂いが混じっている。

ウミネコの集団が遠くの空の一点を不規則に旋回する。

餌場か?

いや、島影だ!

海岸線にごつごつした灰褐色の岩。

近づくと、穴のあいた大岩。

魂の記憶と一致した。

いっとき付けてた魂だ。

間違いない、ここだ、この島だ!


ゆっくりと降りて腰を下ろす。

ざらついて湿った感触が身体の芯に伝わった。

――ちゃんとやる、ちゃんとやる、ちゃんとやればちゃんとなる――

恩人の口癖を呪文のように繰り返す。

「よし、最後の大仕事じゃ」

久しぶりに声を出し、空に向かって伸びをした。

黒マントが風に煽られ見知らぬ国の国旗のようにパタパタ揺れた。


「危ないじゃろう、そげなとこさ登って……」

背中に声がした。

振り向くと小さな砂浜に車椅子の老女。

「あんたあ、島のもんじゃねえな」

警戒感のない幼子(おさなご)のような瞳。

「ばあさん、儂のこと怖くねえのかい?」

「百年も生きとっちゃあ、怖いもんなんて何にもねえさ。むかし津波さ来たときは忘れられんがな。あんたが座っとるなべつる岩が、見えんくなるぐらいの波がきて、みーんなあの世さ行っちまったんじゃ……」

「たいへんじゃったのう。それにしてもばあさん、儂が見えるんかい?」

「はあ? そこにおるじゃねえか」

トンボをつかまえるときのように人差し指をクルクル回す。

「珍しいもんじゃのう……、こんな日に。じゃあ、驚かんでくだせえな。実は儂、とうのむかしに死んじまっとるんです」

「死んどる? あんたあ死神さんかあ? 迎えに来てくれたんですな。いやあ、遠いところご苦労さんでしたなあ。ありがたや、ありがたや……」

驚くどころか両手を細かくすり合わせ、なにかのまじないを唱えだす。

「いやいや、儂は死神ではございません」

「なんじゃあー、あたしゃあ、てっきり迎えが来たのかと……」

恨めしそうに肩を落として手を止める。

「なんかすんまへんなあ。ご期待に沿えんくて……」

磯船のエンジン音が無言の空に溶けていく。

「儂は彷徨(さまよい)幽霊(ゆうれい)っていうやつでして、ロクなもんじゃございません。天国にも地獄にも行き場がなくて、こうして現世をウロウロしてるんです。たまにばあさんみてえに、儂の姿が見えるお人に出会うんですよ。この間なんかかわいい嬢ちゃんが、あ、黒いおじちゃんだ。なんて、指さして言いよるんですわ」

そう言って笑ったが、老婆は興味もなさそうに遠くを見つめている。


西日が斜めに傾いた。

――シズばあちゃーん――

遠くから子供の声が聞こえてきた。

「いけねえ、そろそろ時間だ」

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