ドライブイン安土 改革4
「じゃあ、今日は握りとサンドイッチ、缶ビールと薬班で別れようか」
「了解です!尊さまはその自転車なる物に乗られるのですか!?」
「そうだよ!物置きにあったからね!慶次さんの松風程ではないけど、それなりに走れると思うんだ!」
昨日はかなり考えた。また清さんの背中に乗るという屈辱は嫌だからだ。
何かないか探していたのだが、自転車を発見しこれに乗る事にしたのだ。だが、オレは凄い物も発見した。タブレットのレベルがビックリするくらいに上がったのだ。なんと、《LV39》だ。
このレベルが上がった事により、実は車なんかも見えた。ただ、値段は1000貫と。車は現代農家の御用達・・・軽トラだ。だが、円換算で1000万円。
「誰がこんなの買えるんだよ!?」
と、1人で叫んだ事が懐かしい。だが、あれがあれば『天下無双の武田尊とはオレの事よ』と胸張って言えるだろう。だが、それはまだ早い。
仮に購入したとしても、天上天下唯我独尊さんが魔法の言葉を唱えるからだ。抵抗(レジスト)も絶対に誰もできない魔法・・・。その名も《オモシロソウダ ヨコセ》だ。
これを唱えられると何人(なんぴと)足りとも逃げられないからな。まぁ、ワンチャンちゃんとプレゼンすればお金をくれそうな気がしないでもない。
「一つ思うんだが、その自転車だったか?それを奥方に騎乗させれば昨日より早く到着するんじゃないか?だって、尊って体力ないだろう?それに松風に剥き歯されるだろう?」
いやいや、剥き歯は関係なくね!?それに慶次さんはなんて事を言うんだよ!?あ・・・
「流石!前田様!良い考えですね!今日という今日は負けませんよ!さぁ!尊さま!」
さぁ!じゃねーよ!
「ちょっと待って!乗り方教えてないでしょ!?」
『自転車の漕ぎ方は右ペダルと左ペダルで・・・』
「あ!大丈夫です!ユーチュ◯ブで今見ましたのでいけますよ!」
いや清さんや!?あんたスマホを使いこなしすぎな!?普通に現代人のようにすぐ検索かけるのな!?
「いや、最初は転けたりするから・・・」
「何事も経験です!これでも運動神経は良い方です!後ろに・・・(ドスンッ)乗れましたか?乗れましたね!さぁ行きますよ!」
悲しいかな、オレは片手で清さんに持ち上げられ、後ろに強制的に乗せられた。朝飯なんて作ってあげなきゃよかった・・・。
「前田様!よーい!どん!」
バシューーーーーン
「もぉぉぉぉ〜!!早過ぎだってぇぇぇ〜!!」
その日・・・未来の滋賀県近江八幡市に伝わる【片輪車】と呼ばれる妖怪の伝説が生まれた。
「わっはっはっはっ!奥方!中々早かったぜ!?だが、まだ俺っちの方が早かったな!」
「う〜ん。負け惜しみを言っても仕方ありません!参りました!ですが、近い内に必ず勝ちます!」
オレとした事がまたもや妻の背中で酔うとは思わなかったぜ。そんな事はさておき・・・。人人人。既に昨日の場所に人だかりが出来ている。
「あら!?男前さん!今日も来たんだ!?皆が待ってたのよ?」
「御婦人様!おはようございます!」
「やだ!私は菊。それでね?近くの皆がまた握りやパオンなる物が食べたいって!私もまたパオンなる物が食べたいわ!」
「おーい!まだかー!?」「早くしてくれー!腹が減ってるんだ!」
「おーい!兄ちゃん!昨日のお礼だ!今朝取ってきたコイだ!食べてくれ!」
「あ、ありがとうございます!とりあえず、並んでください!後、本日で1文販売は終了します!また食べたいと思っていただけるなら、安土方面にて飯処を営んでおりますのでお越しください!決して高くはしてませんので!」
昨日の褌のおじさんからコイを貰ったのを皮切りに凄まじい戦場となった。
「おい!どけや!」「そりゃー俺のだ!」
「しゃらくせい!それこそワシのだ!」
もう、怒涛の勢いだ。みんな1文の小銭を投げるように渡し、取っていく。正直、ひったくって行った人も居ただろう。だが、そんな事を咎めるどころではない。
そんな中、売る物も残り少なくなった時に1人の男が人混みを綺麗に避けながら現れ、声は小さいのにやけに耳に響く声で買って行った人が居た。
「店主。これを一つずつ頂きたい。お代は確と渡したぞ。御免」
なんとなく、この人が普通の人じゃないってのが分かった。だって、気が付けば既に見えなくなっていたからだ。
「あっ!ちょ!お客様!?」
「おい!尊!なんとかしろ!こんな中で酒なんか出しゃ〜、もっと大変な事になるぞ!?」
「何!?酒があるのか!?」「おーい!酒もあるってよー!」
「酒も1文なのか!?」
清さんや桜ちゃん、梅ちゃんが薬を売るどころではない。暴徒のような形相な客達・・・。
「慶次さん!酒は今日しか売らない!これはダメだ!」
「分かった!分かったから早く酒を配れ!収拾つかなくなるぞ!」
たかが握り、たかがサンドイッチなんかでこんなにも攻撃的に人が変わるなんて思わなかった。そして酒は缶ビールなのだが、蓋の空け方を教えるどころではなかった。一応、皆の前で実演したのだが・・・
「(プシュ)このように空けて飲みます!くれぐれも切り口で手を切らないように!」
「んな事は良い!早く南蛮の酒を渡せ!」
「そうだそうだ!」
「うめぇ〜!これはうめぇ〜ぞぉ〜!」
1人の男がオレに1文を投げ捨て、ビール1本を奪い取るような形でそのままその場で飲み始めた。感想を言った所で更に客達は奪い合いが起こる。
「おい!こら!今押した奴は誰だ!」
「昨日も買えなかったのに今日も買えないの!?」
「きゃぁ!痛い!痛い!押さないでおくれ!」
これはオレの責任だ。甘く見ていた。時代は違えど日本人は礼儀正しく・・・なんて思っていたが、そんな事はない。我先に我先にと男達の手がオレに伸びてきて、小銭を投げ捨てるかのように放り投げてくる。そのまま奪い取っていく。というのが5分くらいだろうか。約3ケース持って来ていたビールは即乾杯となった。なったのが、ここからが大変だ。
「尊さま・・・。金輪際、ここで売るのは辞めましょう。安易に考えていたようです・・・」
「私も・・・その方が良いかと」
「俺もだ。あれじゃさすがの俺っちでも並べさせやしない。それにほら。これを見てくれよ?折角、呉服屋でこの前、新調したばかりの羽織が破れてしまった!尊!俺に似合う未来の服を1着譲ってくれ!」
「慶次さんの件は分かりました!申し訳ありません!」
戦場には出た事ないけど、まるで戦場の跡地かのような惨状にオレ達は皆が疲れ切った顔になった。テーブルもどうなればそんな形になる!?ってくらい凹んでいるし、なんなら一つは足が1本折れているし。
そんな中、全て売り切れと分かれば人は早急散っていったのだが、1人の女性が倒れていた。
「あっ!大丈夫ですか!?この度は申し訳ありません!清さん!桜ちゃん!梅ちゃん!手を貸してあげて!」
「「「はい!」」」
「痛たたた・・・」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です・・・さっきの男連中に押されたみたいで・・・」
「あっ!清さん!擦りむいている!消毒液と軟膏を塗ってあげて!」
「か、堪忍しておくれ!このくらい大した事ないから!薬なんてとてもじゃないけど払えないよ!」
「いえ、こちらの落ち度ですのでお代なんていただきません!それに本来は今日は薬も売ったりしようかと考えていたくらいですから」
「えっと・・・お名前は?あ!私は清と申します!」
「てると申します・・・本当に大丈夫ですので」
「ダメですよ!この擦り傷から目に見えないバイ菌が入り、化膿してくる事もあるのです!それと・・・せめてもの償いに、これをお飲みください!栄養ドリンクなる物です!尊さま?よろしいですよね?」
「あぁ。それくらいはしてあげないとね。えっと・・・てるさん?オレは店主の尊と申します。この度は大変ご迷惑をおかけいたしました」
「そ、そんな頭を上げてください!私なんかに頭を下げる事はありません!」
よく見るとこの、てるさん・・・。足を擦りむいているから体育座りのようにしているのだが、不謹慎ながら見えてしまった。
オレは心の中で唱えた・・・。いや、唱えざる得ない。
『パンツなんて・・・この時代は本当に無かったんだ!』と。
齢は30歳くらいだろうか。畑仕事をしている女性なのか、清さんより日焼けして細い身体ながらも引き締まってる女性だ。そんな分析をしながら、オレはなんて最低なんだ!と思い、自ら最高のロケーションポジションから離れて、脱脂綿に消毒液を浸し、切り傷用の軟膏を塗ってあげた。
「少し染みるかもしれませんが我慢してください」
「はぃ・・・」
オレは優しく丁寧に消毒し、軟膏を塗った。すると、急にこの子が泣き出した。あ、ちなみにだが、清さんに治療?って程でもないが、その清さんにしてもらっても良かったのだが、念の為にオレがしたのだ。決して、疾しい心ではなく清水(きよみず)のような心でオレが率先して治療したのだ。
「グスン・・・グスン・・・」
「あれ!?痛かったですか!?」
「グスン・・・申し訳ありません・・・。オトウの事を考えるとどうしても・・・」
「尊?話を聞いてやれ(プカー)」
慶次さんがキセルを吸いながら指示を出してきた。まぁ訳ありなんだろうな。
「話を聞きましょうか」
聞くところによるとこの、てるさんのお父さんは元々鍛治師だったそうな。佐和山城は元は浅井領だったのだが、浅井家の磯野って人が織田家に降伏し、北近江六郡と若狭国の重要支配拠点として、信長の信頼が厚い丹羽さんの城となったそうだ。
そんな中、平民、農民共に変わらぬ生活をし、このてるさんのお父さんも浅井家の時代ではそれなりの鍛治師だったそうだが、国友衆という堺の鍛治集団を織田家がお抱えし、この鍛治集団は鉄砲を主に作り上げているそうなのだが、その技術が近江鍛治師に教えられるわけもなく、需要のなくなったお父さんも細々と武具を作ったり、刀を作ったりとしていたが、中々稼げれなくなり・・・
「無理をして、小さな銭の為に刀を打ち続け、身体を壊しました。私が銭を作ろうと色々と奔走しましたが・・・この年増を買う男も中々見つからず、見つかっても一晩10文貰えると良い方で・・・。医者に診てもらう銭も稼げず、死期の近いオトウにせめて、最後は南蛮の物を食べさせてあげたいと・・・」
「南蛮の物?ですか?」
「はい。オトウは元気な頃から『南蛮を見てみたい』とか、『南蛮の鉄砲をワシも作ってみたい』と言ってまして・・・。まぁそんな夢物語なんて叶う訳ないのですが・・・。けど、これが現実です。風の噂ですが、堺に行けば南蛮人が日の本の女を高く買ってくれると聞いたので身売りしようと思っております。
そりゃ年増の女なのでそんな高い金額にはならないかと思いますが、せめてその銭で最後にオトウが医者に診てもらう事ができれば私は思い残す事はありません」
なんだろう。凄く寂しくなった。現代のような弱者救済のようなシステムなんて絶対にないだろう。特に生産性のない一般人を国の金を使い救済する意味がないと判断され、この時代は捨てられるのだろう。このような人はこの時代ならかなり居るだろう。
全員を助ける為には、オレが権力者になり、そもそものこの弱肉強食の世界を変えないと変わらないだろう。けど、目の前の困った人を見捨てる事なんてオレには出来ない。現代人がこの場だけ見ると、『綺麗事』などと言うだろう。
恐らく、オレが手を差し伸べなければこの人は、あり得ない金額で身体を売り、奴隷のようになるだろう。外国人は船で来ているだろうから、安く買われ、船員の慰み者となり、使えなくなれば捨てられる・・・だろう。
例え、歴史に名前を残さないような人で、その事によって歴史が変わるとしてもオレは・・・出来る事なら助けてあげる。それがこの時代から紡いで来た優しくて誇り高き日本人の心だとオレは思っている。今は野蛮な心を持つ者が多いだろう。けど、信長が日本を一つにし、豊かにすればそれは変わるはず。オレはそう信じたい。
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