ドライブイン安土 開店11

 「清か。控えろ。今は大事な話をしておる」


 「ちょ、清さん!?・・・清様!」


 「大殿様。それに柴田様、お久しぶりでございます」


 「うむ。賊相手に働いたそうだな。女とは思えぬ武者働きよのう。さすが、五郎左の娘よ」


 「うむ。じゃが、ワシ等が大事な話をしておるのに、勝手に入ってくるのは些か無礼だと思うぞ」


 「池田様。申し訳ありません。大殿様。それに父上。お願いしたき儀がございます」


 「な、なんじゃ!?まさか褒美なぞとは言わぬよのう?」


 「そんな事ではございませぬ!私は下女である母親から生まれました。それに、父上の末の娘でございます。大殿は私に『縁談を見つけてやる』と言ってくださいましたが、並の殿方では私なぞ貰っても嬉しくないでしょう」


 「なっ・・・清!詳しく言え!」


 「長秀。控えよ。ワシが勝手に言った事だ。清。続けよ」


 「私の生まれを知ってる者が陰で何を言っているかは知っています。かつて、父上の家臣に私を・・・という話もございましたが、かなりの数の殿方に丁寧にお断りされました。この身は未だ伸びております。これから先、もっと女とは遠く見られるでしょう。ですが!ですが・・・尊さまはそんな私を『綺麗』『可愛い』『未来では、ぱりこれもでるになれるよ』とまで言ってくださいました」


 「もでる?なんぞそれは?」


 「詳しくは分かりませんが、早々簡単になれる訳ではないそうです。嘘だとしても、初めて殿方にそんな事を言われました。我が儘で、自己中心的な考えだとは存じております。ですが・・・。ど、どうか、政治的価値の低い私の婚約をお許しいただきたく・・・」


 いやいやいや。そりゃ、可愛いとか、綺麗だとか本音だ。本音も本音。この子が彼女になれば毎日がハッピーだろうなとも思う。けど、いきなり結婚すか!?彼女とかじゃないの!?


 「尊!女にここまで言わせてどうするのだ。貴様は、清をどう思っておるのだ。遊び半分で綺麗事抜かした訳ではあるまいな?」


 うわ・・・。ガチのやつだ。ここで・・・


 『いえ!まずはお近付きになりたくて言いました!』


 なんて言えば、『この痴れ者めがッ!天誅!』ってなりそうだよな。


 「は、はい!この時代には身分があると存じてはおります」


 「この時代?何の事だ?」


 「権六。後でこの者の事は伝える。今は黙っておれ。続けよ」


 「自分は、この時代の事を全く分かりません。何が禁忌で、何が礼儀かも・・・。ただ、一つ確実な事は、自分は本当に清様を好いています。謂わゆる、一目惚れしてしまいました。勘違いも甚だしいと思っております。自意識過剰かもしれませんが、清様も自分の事を良いように思ってくれているならば、オレは何を差し出しても、清様を幸せに致します」


 「クッハッハッハッ!面白い!面白いよのう!長秀!誠、よい拾い者をした!褒めて遣わす!確かに、長秀には言葉は悪いが、清の政治的価値は低い。信玄坊主が生きていた頃なら少しでも味方を増やす為に貴様を使ったやもしれぬが、今は違う。治世は変わってきておる。まだまだ敵は多いが、何も戦だけではない。長秀!後は貴様の考え次第じゃ」


 「えぇ!?某ですか!?」


 「当たり前じゃ!お主の娘だろう。犬畜生のように簡単にはいかんだろう」


 「分かりました。尊よ。婚姻は許そう。じゃが、末席とはいえ、丹羽家の女だ。下々の者とは違う。この意味が分かるか?」


 結納をしろ。という事か!?オレ、この時代のお金とかまったくないんだけど・・・。


 「お金・・・でしょうか?」


 「ふん。ワシが相場を言ってやろう。下々の者は知らぬが、家臣の娘を嫁にやる時は相手側は最低でも50貫は揃えるだろうな。後は結納品として、塩や、鯛、砂糖なども納めれば恥ずかしくもないし、立派と言えよう」


 タブレット計算で言うなら最低50万か。けど、マジで金がない。どうしよう・・・。品物は他にもあるからいいとして・・・。


 「今一つ言ってやろう。貴様が織田家の為に今後も尽すと申すならば銭を貸してやらんでもないぞ。たちまちの銭を貴様は持っていないのだろう。未来の銭とやらの紙切れはそれなりに持っているようだがな(ヒラッ)」


 いや、いつのまに一万円札を盗んだんだよ!?オレの生命線なんだぞ!?


 「恥ずかしながら、必ずお返しします。幾分か、お貸しいただければと・・・」


 「決定じゃな。貴様に、銭100貫を貸してやろう。利息は30日に3割だ!優しいだろ!ワシは本願寺の坊主のような阿漕な事はせぬからな!その代わり、担保として、この片手銃はワシが貰う」


 いやいや、現代の闇金も顔真っ青な利息じゃね!?30日に3割って、十一(といち)ってやつじゃね!?しかもこれがこの時代では優しいだと!?戦国時代怖い・・・。これはマジで真剣に金を稼がないと永遠に返せそうにないぞ・・・。


 「よ、よろしくお願い致します」


 「長秀!何か付け加える事はあるか?遠慮は要らん!お主の娘の結納じゃ!」


 「いえ。お館様のお考えにお任せ致しまする」


 「うむ!これにて落着!よし!権六!ツネ!帰るぞ!尊!貴様はここで飯屋を致せ!ワシも偶に来るとしよう!長秀!お前はネズミを探し出せ!尊はお主の配下と致す!その代わり、ワシが呼び出した折はワシの麾下とする!結納の引き渡しは我が岐阜城で執り行う!」


 「そ、そんなもったいのうございます!」


 「いや、ワシの城で!だ。この意味が分からぬ馬鹿ではなかろう?盛大にしてやらねばな?クッハッハッハッ!」


 何か考えているのか!?岐阜城ってあの岐阜城だろ!?


 「か、畏まりました」


 「うむ。それと、岐阜に来ている間にここは手薄となる。何かあるといけないからな。尊ッ!貴様が頭に浮かぶ者を言え!」


 「え!?浮かぶ者ですか!?誰ですか!?」


 「えぇい!何故分からぬのだ!お前が思う者じゃ!」


 「え!?あ、ま、前田慶次・・様?ですかね!?」


 オレは現代に居た頃に漫画はあまり見て来なかった。だが、前田慶次が主人公の漫画は親父が好きで少し見た事がある。なんなら、店の本棚に置いてある。咄嗟にこの人の名前を言った。


 「ほぅ?あのワシに劣る傾奇者か。権六!犬に渡りをつけよ。あの傾奇者を此奴とこの場所の護衛に致す」


 「はっ!」


 「励めッ!」


 信長と柴田勝家、池田恒興は颯爽と帰って行った。何か知らないけど、前田慶次が・・・護衛になってくれるらしい。


 オレ達3人は、皆の背中が見えなくなるまで頭を下げて見送った。


 「おい!よくも言ってくれたな!」


 見えなくなった瞬間にオレは丹羽さんに強い言葉を投げられた。いや、義父になるのか・・・。


 「義父様・・・申し訳ありません」


 「気色悪い!そんな呼び方をするな!貴様とは出会ってまだ数日だ!数日でこんな風になるとは思わなかった!」


 えぇ。オレも思わなかったっすよ。


 「父上!ありがとうございます!清は大変幸せです!」


 「お、おう・・・。そうか。ならば良い。幸せにしてもらえよ?此奴に不足があれば直ぐに言って来い!なんなら佐和山に帰って来てもいいのだぞ!?」


 やっぱり、丹羽さんは優しいんだな。この風景を見ると、普通の親と娘だ。身分関係なく育てて来たんだろうな。丹羽さんは大物だから、各地で戦に従軍して、家にはあまり居なかっただろう。だが、それでも清さんも離れる訳でもなく、慕っているし。それだけで、2人の関係が分かる。


 「あの・・・」


 「なんだ?」


 「オレはどうすればよろしいでしょうか?」


 「そうだな・・・。とりあえず貴様はここで変わらず生活しておけ。正式に結納を済ますまで交わる事は許さん。佐和山から数人、下女と下男を手配させる。その者等に雑用を任せ、飯の作り方を覚えさせておけ。あれだけ美味い物を作るのだ。噂が広まれば貴様1人では捌ききれなくなるぞ」


 「え?普通に営業していいのですか?」


 「貴様は何を考えていたのだ?今でも利息は発生しているのだぞ?娘の夫となる男が借金まみれなぞ許さん!早くお館様に返せ!貴様が飛べば100貫どころか、5倍くらいにして丹羽家が返さなくていけないのだぞ!分かったなら働け!」


 いや、戦国時代ブラックすぎるだろ!?


 「分かりました。明日から馬車馬の如く働きます。それと・・・織田様に献上しようとしてた、砂糖や、塩、胡椒、椎茸などですが、義父様に献上したいのですが、よろしいですか?」


 「むず痒い。暫くは丹羽様と呼べ。その内適当に呼び方を返ろ。それと献上する心意気や嬉しいが、それはそのままお館様へ献上しろ。貴様に負担を掛けるつもりはない。結納の品はそんな気にしなくていいから、清を幸せにしてやってほしい」


 っぱ、丹羽さんは優しいわ。こんな人はこの時代では稀有ではなかろうか。けど、オレは格安で仕入れられるから別にいいんだけどな。ここは男の見せ所。無理にでも貰ったもらおう。


 「自分と致しましては構いません。まだまだ予備がございますので、こちらの品をお納めください。義・・・丹羽様がこれらをどうするかまでは何も言いません。そのまま織田様にお渡しするのも構いません。どうか」


 「分かった。そこまで言うならばこれは納める事とする。後程、安土築城で雑用を任せている伝助という者を連れて来る。下々の出の者だがよく働く奴だ」


 へぇ〜。本当に丹羽さんの覚えが良かったんだな。伝助君は。


 「分かりました。では、その人にこれらはお渡しするように致します」


 「うむ。では、ワシは今から仕事に戻る。清!体を厭えよ」


 「は、はい!父上も!」


 丹羽さんはカッコいい言葉を残して帰って行った。

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