ドライブイン安土 開店6

 「な、なんじゃここは!?誠、浮世か!?」


 「オレの店でございます。どうぞこちらへ」


 「・・・・・・・」


 「お館様!?ここは・・・」


 「ツネは横に居れ。清!清は居らぬか!?」


 「はっ。大殿。清はここに」


 「う、うむ。お前は1日、2日程ここに居たのであろう?なんじゃここは?」


 「ここは武田様が営む、飯処でございます」


 「そ、そうか」

 

 「出過ぎた真似ですが・・・どうか寛大な処置をよろしくお願い致します。武田様は間者ではございません。10合程見合いましたが、槍捌きどころか、刀すら持った事もないような・・・」


 「ふん。そんな事は気にしておらん。ワシの気に、息切れを起こすような小物じゃ。じゃが、我が領内に知らぬ間にこのような事が起こるのが許せん。ワシが誠、未来から来たのか確かめてやろう」


 おいおい。清さんも散々な言い方だな。


 「直答お許し下さい。今まで食べた事がない物を作るとお約束致します」


 「ほぅ?その言に偽りはないな?ワシが食べた事があるならば、貴様は即刻ワシ自ら素っ首叩き斬ってやろう。その代わりワシを満足させる事ができれば仕える事を許そう」


 はぁ!?別に仕えたくないし、そんな話は何も言ってないんだが!?


 「なんぞ?不満なのか?」


 「あっ、い、いえ・・・。よろしくお願い致します。ただ・・・」


 オレは丹羽さんの顔を見る。いつもの癖で卵も使ったし、カレーにも肉入ってるし。なんなら、肉が味の決め手なんだけど・・・。


 「お館様。この者の料理には生臭物が入っております。ここには城詰めは某と、勝三郎しか居りませぬ。よって、何も見ておりません」


 「で、あるか。おい。貴様は、貴様の思うように作れ」


 「は、はい!」


 もし、生きる事ができれば、助け舟を出してくれた丹羽さんに御礼をしよう。


 オレは既に温めていたカレーを皿に盛る。皿の半分は米、半分にカレーだ。もちろん皆の分だ。

 まだ自ら名乗りを上げていないから誰かは分からないが、まず間違いなく織田信長の分と、池田・・・恒興だっけ?その池田恒興の分。さっき朝飯を食べた筈の丹羽さんも然も、『食べていません』みたいな顔してるから、ちゃんと出してあげる。

 清さんも唾を飲み込んだのが分かったが、我慢して、後ろに立っているので後で出してあげようと思う。この清さんの食欲は凄まじい。


 「貴様・・・ワシにこれを食えと申すのか?糞ではないか!」

 

 「え!?いやいや、違います!色はそんなですが、断じて違います!毒味を自ら行います!」


 まさか、そこ!?と思う事を言われた。そりゃ初見ならそう思うか・・・。


 「(ハスッ)・・・・大丈夫です!自分が作った物ですが美味いです!」


 かなり慎重に作ったからな。これを不味いという人はそもそもカレーが嫌いな人だと思う。

 それと同時に、レモンとライムを輪切りにして入れてある水を出す。うちのカレーはパンチがあるカレーだから、普通の水より柑橘ウォーターがサッパリして合うのだ。

 後は、おでん。カラシを横に添えて、一通りの具材を一つずつ。ラーメンは食べられそうなら出そう。うどんは間違いなくこの時代でもありそうだからパスだ。おでんも、田楽おでんはかなり古いと知ってはいるが、この汁の多いおでんは未だ登場していない筈。


 「ツネ。先に食べてみろ」


 「え!?某ですか!?」


 「お館様。ここは某にお任せあれ。この者の作る飯は誠に美味ですぞ!(ハスッ・・・ハスッハスッハスッ)美味いッ!!これは美味い!!!あっ、お、お館様・・・申し訳ありませぬ」


 「(チッ)長秀が唸るなぞ見た事がない。家臣がここまで食べるくらいだ。ワシも食わねばなるまいよ・・・(ハスッ・・・・カチャン)」


 ちなみに、スプーンは出していない。出しても良いのだけど、丹羽さん含め、伝助君も清さんもお箸の使い方がかなり上手だ。このカレーも丹羽さんは上手に箸で食べ始めたため、そのままにしている。スプーンを知っているオレは食べにくいと分かるが、別に箸で食えないわけでもないからな。


 「お館様!?まさか武田!貴様!お館様のにだけ毒を盛ったのか!?そこに直れッ!!貴様を信用したワシが馬鹿だったわ!!清!すぐに医者を呼べ!」


 「長秀!騒ぐな!違う!武田尊!見事也ッ!一口で分かった。この様な物は食べた事がない!ワシは飯に何も興味を持っていなかったが、初めてまた食べたいと思う物じゃ!(ハスッハスッハスッ)美味いッ!!もっと寄越せ!お代わりじゃ!」


 「は、はい!」


 「と、殿!?ま、負けてはおれん!(ハスッハスッハスッ!ブッ・・・ブボッ)し、失礼・・」


 「ツネ!もそっと行儀良く食えッ!それでもワシの家臣か!」


 「ど、どうぞ。お代わりです。もし・・・よろしければ他にもございますが・・・」


 「なんだと!?小癪な!この織田弾正忠であるワシを試しておるのか!?ん!?全部じゃ!全部持って来い!皆をワシが食ろうてやろうぞ!」


 やっぱこの人が織田信長なんだ。まぁオーラ?気?で分かっていたけど。この時代の武将の皆が、あんな気を放つならオレはやってられないわ。あれはこの人だけなんだと思いたい。

 それにしても、なんだか知らないけど、かなり喜んでくれたみたいだ。良かった・・・。本当に良かった・・・。


 「(ジュル ジュル)この汁はなんじゃ?串を持って食べるのか?この黄色の液はなんぞ?」


 「これはおでんと言います。串を持ち、味変させたいならこの黄色のカラシを少し漬けてお食べください」


 「まったく・・・。毎度毎度、小癪な言い方だな。どれ(ハス)」 「あぁ!!織田様!?そんなに漬けたら・・・」


 信長はカラシをベッタリ漬けて口に入れた。


 「(ブボッ!ゴホッゴホッ)なんじゃこれは!?」


 「お館様!!おい!貴様!何故もっと先に教えて差し上げないのだ!」


 「(ゴホッ ゴホッ)良い。ワシが勝手にしたのじゃ。此奴のせいではない。だが・・・それにしても、初めて食べるというのに、どことなく懐かしく感じるのう」


 お?意外に味覚が鋭いのか?田楽味噌の発祥は愛知だったよな。この時代にその味噌の元となる物があるのかな?田楽味噌は使っていないが、うちのカラシはカラシ味噌だから味噌の味が分かったのか?


 「流石です。先程の黄色の中に味噌が少し入っております」


 「で、あるか。ワシはたまに戦の出陣前に湯漬けを食べているのだ。その湯漬けに味噌を溶かして食うのが好きなのだ。その味噌を溶かした味にこの、おでんなる物の汁は似ている」


 マジで鋭いわ。


 「(ハスッハスッハスッ)殿!どれもこれも美味ですぞ!水も冷たくて飲みやすいですぞ!」


 池田恒興この人は・・・まぁいいや。こんなにガッツイて食べてくれるのはこちらとしても嬉しい。言葉はまだ交わしていないけど、見るだけで分かる。満足していると。


 まだ食べられるかは分からないが、一応、ラーメンも出してみた。麺を半人前にしてだ。流石にカレーに、おでん、ラーメンまでは食べられないだろうしな。


 「これは・・・うどん・・・ではないな。なんじゃ?」


 「これはラーメンと言います。醤油・・・たまりと言えば分かりますか?その味の食べ物です」


 うちのラーメンは醤油だ。醤油ラーメンにチャーシューを入れている。親父が言っていた事だ。


 「いいか?尊。うちは飯処だ。ラーメン屋ではない。ラーメン屋にはラーメン屋の流儀がある。だから、俺達はラーメン屋にはなれないし、勝てるわけがない。だが、一つのラーメンにだけ突き進み、この醤油ラーメンだけは捨ててはいけないぞ。豚骨、味噌、塩と色々試したが、醤油ラーメンが基本だ。俺は醤油ラーメンが至高だと思っている」


 そうだ。親父が教えてくれた醤油ラーメン。同じように作っても親父が作ったようなラーメンは作れなかった。

 ついぞや、親父に合格こそ貰わなかったが、それでも不味くはないと思っている。


 「(ジュルッ ジュルッ)う〜む」


 上手く啜れないようだ。それにこのラーメンだけ反応が薄い・・・。美味しくなかったか・・・。


 「あの・・・お口に合わなかったでしょうか?」


 「黙れ。今ワシは考えておる。最初に食ったかれいだったか?あれは人参が入っている事が分かった。次の、おでんなる物は大根や豆腐、味は味噌とワシの知るものばかりだった。じゃが、これは、たまりと言っておるが別物の味である。何が使われてあるのか分からぬ。じゃが、腹は太ってきておるのに、いくらでも食べられる」


 「それは・・・美味いという事でしょうか?」


 パチン


 「当たり前じゃ!このような美味な食い物なぞ美濃や尾張にはない!ましてや、狸の三河や京にも堺にもないであろうよ」


 オレは軽く扇子で頭を叩かれた。


 「食った食った。このように心から満足した飯は初めてだ。ワシの気に充てられヒーヒー言う小物かと思うたが、貴様は面白い!」


 「は、はい!ありがとうございます!」


 「うむ!貴様を召し抱えてやろう!それと貴様は武田と申したな?その名は今後は言うな。ただの尊と申せ。ツネ、長秀、清。少し外せ」


 「お館様!?」「殿!?」「大殿!?」


 「構わぬ。此奴に遅れは取らぬ」


 気が付けばあの織田信長と二人きりになった。


 そして、暫くオレを見つめられた。


 「貴様は未来から来たと言うたな?ワシは予言の類や呪(まじな)いのような事も嫌いだ。験担ぎの様な事はするが、あまり信用しておらぬ。戦とは、戦になる前にどれだけ準備しておく事が大事か。そして、勝利とは自ら呼び込むもの。だが、敢えて聞く。貴様が未来から来たと仮定しよう。貴様はワシ等の事を知っておるのか?」


 なんとなく・・・。なんとなくだが、オレはこの人の下で働く事となる気がした。だが数年後・・・。そう遠くない未来でこの人は明智光秀に下剋上をされる事をオレは知っている。


 そしてその事象に巻き込まれてしまう・・・そんな気がした。けど、この人には何か惹きつけられるものがある。たかが、飯を食べてもらっただけだが、この人にまたオレの飯を食べてもらいたい。そんな気がする。


 オレは目を見て大きく答えた。


 「はい。あなた様の事や、お市様、濃姫様、柴田様や丹羽様、木下様・・・今は羽柴様でしょうか。それに、滝川様や佐久間様、佐々様も前田様も存じてあります。特に前田慶次郎様なんかは未来ではかなり有名ではないでしょうか」


 「騙りもここまで自信たっぷりと言われればワシも気になるのう。で、あの慶次坊が何故有名なのだ?ワシも有名なのだろう?もちろん、日の本を纏めあげた者としてだろう?きんか頭はどうした?彼奴を知らぬ道理はなかろう?」


 「あ、はい。明智様も有名ですが、この時代の事を・・・未来では戦国時代と言います。大名が領土を争い、各地で戦ばかりしているからそう言われています。その中で未来の人の殆どがあなた様を知っているかと。世界的にも有名ですよ」


 「ほぅ?好きなように話せ。貴様の生まれた場所、普段の生活、大名はどんな風になっているかを。誰が国の舵取りをしているか、軍事は?織田は?」


 信長は人が変わったように、清さんに負けないくらいの質問をしてきた。

 オレは冷蔵庫にあるプリンを取り出し、ゆっくり未来の事を話す事にした。

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