43:魔法
この世界で「魔法」とは決して万能のものではない。
魔力は肉体に宿る物であらず、一般人の目には見えなくとも空気と同じように満ちて漂っている物。
そして「精神の力で流れを読み取り、独自の能力として扱える者」のことを魔法使い魔女と呼んだ。
どちらかといえば、認識として異能力者の方が近い。
現在リヴィアンと名乗る"彼女"の場合、エナジーヴァンパイアが魔法に当たる。
房中術とは、もともと仙人になる為の秘技。
娼婦に落とされた没落令嬢の復讐劇で会得した力で時に助けられ、最高の死を彩る為に生かされてきた。
また別の世界では魔法少女だったこともあるので他にも様々なことが出来たのに、この世界での魔法は残念ながら一人につき一つのみと決まっている。
エナジーヴァンパイアは応用の幅が広く、特に問題はないので構わないが。
平たく言えば「粘膜、傷口、体液から相手の生気を吸う」である。
今までを顧みれば性行為に限定される能力のようで不便そうだが、そんなこともなく使い方次第。
例えば指を相手の口に突っ込むか、反対に相手の指を咥えるだけでも効果あり。
それにより一時的でも無抵抗にさせることから、直に接触し合えば生きる気力や寿命を根こそぎ奪うことまで。
こうして取り上げた生気は回復や身体強化や若返りをもたらし、反対に与えることも出来るのだから役に立つ。
何より、性暴力に関しては。
痛い目を見ても身体の傷なら瞬時に治せる上、襲ってきた相手も精子も容赦なく殺せる。
それでも悪夢を見たような後味が残るもので女の身は時に煩わしい。
色事自体は決して嫌いでないのだが。
好きな相手と好きな時に致す情交とも全く別物。
ファンタジーに分類される世界ではあっても、ここでも何百年もの昔に魔女狩りが行われた。
それにより魔法使い魔女とはもう物語だけの存在となり人々は科学を発展させていく。
ただし、それは表向きの話。
昔から空気と共に流れる魔力の量自体は大して変化無く、彼ら彼女らは隠れるようになっただけ。
そう、これは身を滅ぼしてしまう程の秘密なのだ。
親兄弟にすらも明かせないような。
「僕ね、魔法使いなんよ」
だというのにそうロキがリヴィアンに告げたのは、今を遡ること一ヶ月前だったか。
何故か恥ずかしげに、可憐に頬を染め、まるで愛を囁くように。
「ん……それは、何となく思ってたわ」
「で……リヴィ先輩も魔女なんね?」
「そうね、バレてるんじゃないかとは思ってたわ」
「あらまぁ、何でもないことみたいに言うんね」
共にしてきた時間が長くなるにつれ、前々からリヴィアンの口癖が移ってしまった。
わざと軽い調子で振る舞う際など特に。
確かに、ロキの前でエナジーヴァンパイアの力を使ったことは一度だけあったのだ。
初めて情交をする前、肉体強化の為にと精液から生気を摂取させてもらった。
魔法は魔法使い魔女にしか見えない。
その時、彼は身悶えしそうな狂喜の目をはっきりと向けてきたと思い出す。
あれは「仲間を見つけた」という魂の震えか。
ロキが魔法使いではないかという予感なら、実のところリヴィアンは最初から持っていた。
「キミ色宝石に秘密のキスを」とやらがどんなゲームかはよく知らないが、攻略対象容疑に人ならざる者めいた銀髪を持つ容姿。
その上で「魔法が廃れた世界」という設定のキャラクターならば、むしろ無力な一般人の方が嘘だろう。
それにしても出逢って約半年、付き合ってから間もない恋人に明かして良いものなのか。
リヴィアンもまた魔女であり同士という確信あってこそといえども。
ところで、どこかに居るヒロインも魔女なのだろうか。
魔法使い魔女とは孤独な存在。
"普通"の輪から外れて、秘密を抱えて、目立たぬようにひっそりと。
だからこそ仲間か、もしくは明かしても受け入れてくれる者に巡り会えた時に心の闇は解ける。
きっと魔女でも一般人でも、その寂しさを救う為にヒロインが存在していたのだろう。
それなのに、先に出逢ってしまったのが悪役令嬢とは。
本来のシナリオらしき道を避けた結果に引き寄せられた縁。
演技をやめて素顔のまま過ごしていたので、ロキが惹かれたのは姿形より"彼女"自身で間違いないが。
実際のところ、この薄闇が滲む艶は少年にとって刺激が強過ぎた。
幾つもの異世界を巡って悪行と色事三昧。
重ねる度に髑髏の沼は深くなる。
そのくせ水は澄んでいて、覗き込みたいと欲を持ってしまったら最後。
誘われれば破滅と知っていても逆らえない。
あの真冬の中庭で出逢う前からリヴィアンのことが気になっていたとロキは言う。
どこからいつからかなんて知らないが、見つけてしまった、魅入られてしまった。
まだ知らないこと隠していることは沢山あれど。
何しろ、どんな魔法を使えるのかはお互いに教え合わず。
正体を明かした時の会話はあれきり終わってしまい有耶無耶。
リヴィアンの魔法は目の前でやってみせたこともあるので大体どんな物か想像が付くだろうが、ロキの方はまだ全く分からない。
男子寮、食堂舎、女子寮と横一列に並ぶ建物。
ここ三階までの長距離を超えられるとしたら空間移動だか瞬間移動だか、それとも飛行能力か。
しかし「その姿を見られるのは恥ずかしい」と言われたもので、窓を叩く合図まではカーテンを閉める約束。
まったく布一枚向こうで何が行われているのやら。
鶴の恩返しめいていると思えばこそ、たちまち消えてしまいそうで律儀に守っていた。
儚げな佇まいの美少年だけに笑えない冗談。
さて、そろそろ改めて説明が必要。
万能でないだけに魔法は法則やルールが幾つも備わっているのだ。
そもそも魔法使い魔女は世界によって定義や成り立ちがそれぞれ違う。
血縁により受け継がれるものだったり、第三者から力を授かるものだったりと大変ややこしいのである。
特に「魔女」という言葉の響きを考えてみるが良い。
醜さ恐ろしさを込めた蔑称でもあれば、逆に素晴らしい技術や妖艶さに対する褒め言葉でもあろう。
この世界に来てから"彼女"が手当たり次第に本を読み漁っていたのは、勿論趣味でもあるが調べ物も兼ねて。
魔女狩りは歴史の闇とされているだけに文献も少なかったが、確かに残ってはいたのだ。
「魔法に興味がある」と言ったところ読書家のダヤンが快く貴重な歴史書から古典作品まで何冊か見繕ってくれた。
魔法はロマンでもあるので、お伽噺以外でも歌や小説や劇など創作物の題材としてなら溢れている。
それによれば、今まで説明した物も含めてこんなところか。
一つ、魔法とは肉体でなく精神による力である。
一つ、魔法は一人につき一種類のみ。
一つ、魔法には発動条件がある。
一つ、魔法は魔法使い魔女にしか見えず、同士であっても相手が実際に魔法を使うところを見るまで正体が分からない。
一つ、魔法使い魔女は自分と同じ名前の鉱石に魔力を移すことが出来る。それを魔導具と呼ぶ。
他にも色々と続くが、まずこれだけ頭に入れておけば十分か。
やはり他の世界での異能力者と似ている。
リヴィアンとして気になっているのが何よりも最後のルールだった。
この世界の人間は皆、鉱石の名前を持つ。
仮説として「キミ色宝石に秘密のキスを」という物語としては、これを前提として創られたものではないだろうか。
ヒロインは魔女よりも魔導具持ちの可能性も。
魔導具については、もう少し詳しく述べねばなるまい。
これは一般人でも魔法を扱えるようになるアイテムであり、今は亡き魔法使い魔女が遺した物も存在している。
まさしく誰もが金に糸目を付けず欲するような物だが、入手するには魔導具自身に選ばれる必要があった。
持ち主となるのは運命で結ばれた者だけ。
それ以外では魔法使い魔女、もしくは同じように魔導具持ちでなければアイテムの存在を感知することが出来ないのだ。
確かにそこにあってもまるで透明、どんなに美しい宝石でも炉端の石のように全く気付かれず。
リヴィアンもルールに則れば、リビアングラスにエナジーヴァンパイアの力を移せる訳か。
この髪と同じ淡いレモン色をした、天然ガラス鉱物。
試してみたい気はするのだが、思うだけに留めて数年。
まずこの世界でリビアングラスという鉱物の入手そのものが大変難しいのだ。
とある砂漠が世界に一箇所だけの産地、過酷な環境と有毒生物だけでも厄介な上に犯罪者の住処と化している超危険区域。
ただでさえ隕石により生まれる希少性、加えて現在は法律で採掘が禁止されており、宝石として出回っている数そのものが大変少なかった。
没落貴族で今や平民の学生であるリヴィアンに手が出せる代物ではない。
入手困難な点ならばロキも同じか。
姓のギベオンは隕石そのもの。
高位貴族かつ余程のコレクターでなければ個人で所有していないので、実物をお目に掛かれたのは厳重な警備の国立博物館でのみ。
そういえば、そこでも隕石繋がりでリビアングラスとギベオンが並んでいた覚えがある。
他にチベタンテクタイトやモルダバイトもあれど。
リヴィアンとロキの縁は偶然の筈なのだが、本当のところは何も分からない。
この肉体を乗っ取ったこと、この名を持つこと、出逢ったこと、魔法が使えること、そして恋仲になったこと。
魔法使い魔女は見えない糸で引き寄せ合うとも言う。
"彼女"は運命という言葉はあまり好きでなかった。
物語としてなら素敵だが、自分の身に起こることとしては何だか縛られるようで気持ち悪い。
神だが悪魔だかに与えられた任務を果たす命。
本当なら悪役を演じて何かを成し遂げる為、この世界に降り立ったのだ。
いつもそれを愉しんでいるので矛盾しているようだが、今生だけは支配されたくないという気持ちも小さく息衝いていた。
シナリオが分からないからアドリブで動いているというのに。
もう一つ、ロキの方はどうなのだろうか。
少年からすればこれを運命と信じてしまうのも致し方あるまい。
幼さと恋による盲目で仔犬のように懐いてくる。
リヴィアンからすれば可愛いと思うことに噓は無い。
正直なところ同時に、哀れだとも。
騙したり弄んでいる訳でもないのに時折無性に胸が痛くなる。
今までの人生で数え切れない命を奪い、国も二つ傾けて一つ乗っ取った。
それでも罪悪感なんて物がまだ残っていたようだ。
この巡り合せの意味を頭の片隅で考えながら、今日も魔女は怪物を喚ぶ。
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