44:聖誕祭
季節の移り変わりは北風の荒れ具合で感じる。
校舎から渡り廊下や寮へ移動する度、顔や脚など剥き出しの肌には随分と堪えた。
特に雨や雪で天気が悪い日なんて、沁み込む冷気で耳が千切れそうな錯覚。
いつの間にか始まっていた冬に、もうすぐ終わる一年。
現世と文化が違う筈の異世界とはいえ、ここは飽くまでも創作物の中。
乙女ゲームならば恋人との仲を深めるイベントが存在して当然の話か。
ハロウィンから始まってクリスマス、大晦日、正月、バレンタイン、ホワイトデーまで連綿と続いていく。
シーライト学園の寮生、月に一度のレクリエーションは当然クリスマス会である。
ディアマン王国のクリスマスは家族で静かに過ごすものであり、孤児院付属の学園では教職員や上級生が親代わり。
幼児や初等部の生徒を楽しませるパーティーを開くことになっていた。
年によっては劇や歌を披露する為、学校生活の傍らで練習や準備に追われて少し忙しい。
どこの世界でも何かと慌ただしいのが12月とはいえ。
それはそれとして、繰り返すが恋人との仲を深めるイベントでもある。
今年は二人きりでお祝いをする相手が居た。
といっても、ケーキを食べてプレゼントを贈り合うくらいのささやかなものだが。
「ロキ君、何か欲しい物ってあるのかしら?」
問い掛けは何でもないように、あっさりと。
贈り物でサプライズはしない主義。
というか、何故当日まで隠したがるのやらとすら。
時は12月頭、刻々と残り僅かになる一年を意識する頃。
夏から事あるごとにロキからはリボンを沢山貰っているので、これくらいは返さねば気が収まらない。
こういう訳で正直なところリヴィアンの方は別に何も要らない、欲しい物なら自分で買う。
「はい、それでリヴィ先輩にお願いがあります」
真っ直ぐに視線で突き刺し、何故か改まった返事。
突然どうしたことか。
リヴィアンから申し出たとはいえ、こうなるとロキの欲しい物の予想がつかない。
高い物なのやら、それとも難しい物なのやら。
学生なら定番で手編みのマフラーや手袋といったところなので、その可能性も考慮して身構えていると。
「僕、ピアス開けたいなぁって前から思ってまして」
「そうねぇ、そんなお年頃でしょうし」
「で、リヴィ先輩にホール開けてほしいんよ」
「あらまぁ……」
単純に「ファーストピアスが欲しい」とくるのかと思いきや、まず穴からとは。
勿論ピアスの方も買ってあげるけども。
さて、この国でピアスは何も不良だとか洒落っ気だとは限らない。
地域性や家柄など、生まれによって風習や魔除けの意味合いがあるので受けるイメージは様々。
宗教的な関係で赤ん坊の頃から着けている国だってある。
ロキの故郷であるアルジェント地方にもピアスの伝統があったろうか。
そうでなくても、確かに開けたがる年頃なので納得するが。
「別に違反ではないけど、ロキ君目立つの嫌だったんじゃなかったかしら」
「冬はいつもフード被るし、こんなんバレんわ」
「外す時もあるでしょ……」
「その為に髪も伸ばしてるんよ」
そういえば、最近髪が若干長くなってきた。
襟足が完全に隠れてしまうくらいには。
出逢った頃なら少女っぽさが上がるだけだったろうが、今はそうとも限らず。
以前から手足は大人びていただけあって成長期のロキはこの一年でなかなか背が伸びた。
立ったままキスする時、リヴィアンと並んできたことを実感する。
上品で柔らかな雰囲気の美しさを保ちつつも、日に日に子供らしさが抜けてきた顔つき。
それから身形も同じく。
私服も制服と変わらず黒ばかり着ていたが、無頓着だったファッションへの興味も出てきた。
差し色で青を好むようになると、暗かった印象が変わる。
少年が成長する速度は目覚ましい。
こんなことを思っている方も十代なので、大人が聞いたら笑ってしまうだろうけれど。
ああ、でもとりあえず一安心。
「首輪でも欲しがったらどうしようかと」
「いやぁ僕、痛いのは良えけど息苦しいのは勘弁なんで」
飽くまでも拒絶はせず流される。
まるで、苦しくなければ良いみたいな言い方で。
そんなこんなで三週間は足早に過ぎていく。
あれから寒さは増したが、クリスマス間近の街は光も増して一年で最も美しくなる。
赤や緑のリボン、飾り玉や鈴、雪の結晶や雪だるまに、サンタやトナカイや天使のモチーフ。
無数に並ぶツリーを始めとして、飾り立てられた店は胸をときめかせる買い物客達を迎えてどこも慌ただしい。
学園ではクリスマス休暇に入ったばかり。
明日のイブはレクリエーション準備の大詰めで忙しくなるので、デートは23日に決行。
銀髪には紺藍色の星空を模した帽子、金髪には似たリボンでお揃い。
ペアというのは少し恥ずかしいものだが、この程度なら他人からも気付かれにくいだろう。
折角の特別な日なので、敢えて何も考えず浮かれることにする。
これから夏にもお茶しに行った「ハーバルガーデン」へケーキを食べに。
12月の店内はハーブで編んだリースが華やかに飾られ、クリスマスのご馳走に使われるスパイスが勢揃い。
何よりローズマリーはクリスマスの香りとして知られており欠かせない。
その前に、可愛らしい物が揃う雑貨屋へ寄ってから。
プレゼントは二人で話し合いながら決めて、互いに贈り合うことにした。
ここは学園の生徒もよく来るので知り合いに鉢合わせする確率も高い。
ただ、扉が開いて直後の早い時間ならまだ人も少ないので問題ないか。
その方がゆっくり見られることだし。
プレゼント選びには最適の店だけに、昼からは混雑してしまう。
まずはアクセサリーのコーナーへ。
顔周りを華やかにするピアスは小さくても存在感。
綺羅びやかな光や色が揃っており、やはり鴉の巣を思わせる。
「それじゃ、好きなの選んで良いわよ」
「いや、リヴィ先輩も真剣に選んでほしいんですけど」
ちなみに、高等部だけでなく中等部でもピアスを開けている生徒はちらほらと。
髑髏や羽や十字架モチーフが人気なのはもう致し方あるまい、誰もが一度は通る道である。
これから選ぶ贈り物は二つ。
穴を開ける為のファーストピアスと、約六週間後に固定してから普段使いするセカンドピアス。
ファーストは役目を果たしたら捨てないといけないのでいつまでも着けていられないのだ。
リヴィアンが思うに、彼に似合うのはどちらかといえば明るい色。
帽子や服の通り青が良いが、そればかりになりがちなので却って芸が無いような。
そもそもロキは何色が良いのだろうか。
「……リヴィ先輩の髪と同じ色」
長いレモンブロンドを一束摘まんで愛しげに口付けられる。
恥ずかしそうな顔を隠しながらも、一息で吐き出すように明瞭な声で返された。
流石にこう来るとは思わなかったのだが。
開けるのは痛みも少なく治りも早い耳朶。
ファーストは雑菌が繁殖しにくい素材、控えめなゴールドの一粒玉に決めた。
一方のセカンドは選択肢が広いので迷う。
この店だけでも淡い黄色の石やビーズを使ったデザインは幾つかあった。
粒の大きさから形まで様々なので雰囲気も変わってくる。
「あ、これ可愛いんじゃないかしら」
「
こうして決まったのは小さな雫型のガラスが揺れるティアドロップピアス。
レモンイエローが涼やかに光り、儚げで大人っぽい印象。
「これが刺さると思うと、なんか今からドキドキするわぁ……」
そう呟くロキにそろりと忍ばせた手。
銀髪に差し入れ、冷えていた指先で耳に触れてみる。
大きく跳ねた撫肩が可愛らしい。
この続きは、クリスマスの夜に。
健やかに賑やかに、今年もクリスマスパーティーは子供達の笑顔で無事に終わりを迎えて夜が更けていく。
やれやれ、あんなにも大変だったのにいざ当日の本番はあっという間。
片付けを済ませた後には疲れが伸し掛かるもので、リヴィアンがベッドで転がっていると。
消灯時刻を過ぎた夜分遅くにガラスを叩く軽快な音。サンタクロースなんて、まさか。
ここに居るのは決して良い子などでないのだ。
「メリークリスマス」
ロキのお祝いは白い息となり、魔力の名残と共に夜へ消える。
冷気で磨かれた星が煌めいて澄んだ夜空。
招き入れると、温もりを求めて飛び付くような勢いでリヴィアンに抱き着いてきた。
ルームコートを羽織っているとはいえ、冬物の寝間着にスリッパの足で野外は寒くて当たり前。
皆が集まる食堂には暖炉があるが、自室も少しは暖かい。
この国では蒸気暖房システムが主流。
ボイラーで水を沸かし、パイプで蒸気を各部屋に送り込むのだ。
燃料の制約などもあるので夜の一定時間のみだが。
窓辺に吊るした宿り木はキスの口実。
触れただけでも、冷たい唇に熱を灯される。
挨拶はその辺にして、早いところ本題へ。
まず、耳が隠れてしまうので伸びた銀髪は少し邪魔。
後ろで括れないこともないのだが、すぐに解けてしまいそうな微妙な長さ。
「今日は私が結んであげるわね」
ベッドにロキを腰掛けさせて、リヴィアンが櫛で髪を梳かすところから。
こういう時は後ろの上半分だけ結ぶハーフアップ。
それでも流れ落ちてくるサイドはヘアピンで留めて、すっきりと。
こちらも金髪を纏め上げて既に準備完了。
気持ちが引き締まるので、覚悟を決める為でもある。
ロキにお願いされてからリヴィアンも開け方は本で勉強した。
イメージトレーニングや、縫い針に柔らかい素材を突き刺しての練習も。
今までの人生というか役ではどうだったか。
女優だった頃は時代劇などに出られなくなるのでピアスは避けていた。
神だか悪魔だかに魂を捕らわれてからは、乗っ取った身体にはもう耳に穴が開いている場合も何度か。
こういう訳で、あまり思い入れなど無かったのに。
七度目の人生でも初めてのことは尽きない。
それも、自分でなく他人の耳。
「それでは先輩、お願いします」
申し出てきた時と同じように礼儀正しく。
そういえば、初めて出逢った日もこんな雰囲気だったか。
固くなるのはロキの方なので、リヴィアンまで緊張している場合ではない。
こちらが堂々としていなければ不安にさせてしまう。
よく洗った手を拭いて、構えるのは専用の使い捨てニードル。
左右対称でペンの印を付け、耳の後ろには消しゴムを当てる。
軟膏チューブに差し込んで膜を作るニードルの先。
垂直に突き刺して、そのまま奥まで。
「…………あっ」
先程からずっと濃藍の目は潤んでいるが、涙の代わりに吐息が零れ落ちた。
ニードルの末端に当てたピアスを押し込み、これで貫通。
真っ更だった耳朶に、金色の光。
「怖かったけど……今日、楽しみでもあったんよ」
「ピアスが?」
「リヴィ先輩が、僕に傷を作ってくれること」
「ん……そう……?」
微々たる痛みを感じながら、そっとロキが告げる。
リヴィアンの耳には馴染みのある声で。
これは、欲情した時の甘い低音。
聖誕祭にベッドで夜遊びする悪い子が二人。
靴下なんて脱ぎ捨てて、朝まで空っぽで良い。
どうせサンタクロースなんて来やしないのだから。
プレゼントならもうここにある。
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