第19話 下の名前
「就職活動の中で名刺作ったんですが、少し名刺交換の練習をさせて貰えないでしょうか!是非!」
絵里子に名刺交換の申し出をした俺は、なぜ今のタイミングで?と思わせないように、とにかく勢いに任せて提案した。
「名刺?就活で? あぁ~なるほど、ハルくん頭いいね」
名刺を作った理由は話していないが、絵里子はこの一瞬で意図を汲みとったようだ。
そう、普通の大学生に名刺は不要だ。
しかし、面接や会社説明会などで、企業側の人と話をする時に、こちらを覚えてもらうツールとしても名刺は役立つ。
そして連絡先の交換時に手書きによる手間やミスを減らす事も出来る。
何より、自然と企業の人と名刺交換で接点を持てるので、非常にメリットが大きいのだ。
(褒められたけど、ネットで色々調べて、見つけたアイディアというのは黙っておこう…)
「分かったわ。じゃあ、名刺交換してみようか」
そして、二人とも立ち上がって向かい合い、名刺ケースを取り出した。
「お世話になります。私、高橋悠と申します。どうぞよろしくお願いします」
そう言って、俺は絵里子に自分の名刺を両手で差し出す。
「はい、ご丁寧にありがとうございます。柳田絵里子と申します。よろしくお願いします」
絵里子も名刺を差し出してきたので、俺は自分の名刺を右手で差し出しながら、左手で絵里子の名刺を受け取った。
「はい、お疲れ様。 うん、基本的なやりとりは出来てるから問題ないと思うよ」
「先輩ありがとうございます!」
「もう!先輩はやめてよ~。 なんだかハルくんに言われるとくすぐったいよ」
俺がふざけて後輩のノリを続けていると、絵里子が笑いながらそう言った。
「でも、ハルくんこういう事も工夫してやってるんだね。 なんで内定出ないんだろうね?」
ぐふっ!‥痛いところを突かれてしまった。
こういう小細工を工夫する事は出来るが、書類選考で落ちるのが3割、適性検査で落ちるのが6割、面接でコミュ症を発症するのが1割という感じだろうか。
正直、どれが原因かは分からないが、正直適性検査の正答率は高くない事は感じている。
面接も話のとっかかりが上手くつかめない時はダメだが、手ごたえを感じるときもあるので、多分適性検査が足を引っ張っていると感じている。
つまり全体的にダメという事だ。
(っと…そんなダメージで怯んでいる場合じゃ無いな)
俺は当初の目的に話を近づける為に、もう一歩踏み込んでいく。
「へぇ~絵里子の名刺ってこんな感じなんだね」
「いたって普通の名刺だけどね。 そんなにマジマジ見てどうしたの?」
「いや、名刺も色々あるんだなと思って。 名刺交換ってやっぱり色々な人とするの?」
「そうね。 仕事で初めて会う人とは名刺交換するのが普通かな」
「そうなんだ。 じゃあ、他の名刺とかも見せてもらったり出来ないかな?」
そう、名刺の話題から下の名前を探し出す作戦に出てみた。
少し流れが強引な気もするが、絵里子は特に気にした様子も無く「いいよ」と言って、スマホを操作して見せてきた。
「名刺ってスマホで管理してるんだね」
「うん、こっちの方が便利だから」
そういって、絵里子がスマホをこちらに向けてくる。
「少し見てみてもいい?」と絵里子に断って、操作させてもらった
「名刺の数が凄いね!」
「取引先だけじゃなくて、異業種交流会とか色々なところに行ってるから、どんどん名刺が増えていっちゃうんだよね〜」と絵里子は少しため息をついている。
(社会人って大変なんだな…)
そんな絵里子の大変さを感じながらも、画面の名刺をどんどんめくっていく。
(省吾…省吾…くそ! 名刺が多すぎて全部探すのは難しいか…)
しばらく探していると、絵里子の名刺と同じデザインの名刺が表示された。
(藤田良助…鈴木海里…そして、伊藤勝悟)
心の中で、名前を読み上げた時、心臓がドクンと脈打った。
しかし、すぐに冷静になった。
(漢字が違う…多分)
読み方は同じだが、あの時みた漢字は、多分”省吾”だったはずだ。
一瞬だったからうろ覚えだが、勝という漢字では無かった気がする。
「もういいかな?」と絵里子に言われて我に返った。
「ああ!ゴメン!ありがとう!参考になったよ」
「そう?」と絵里子が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「名刺のデザインも色々あるんだね!」
とりあえず、名刺のデザインを楽しんでいたという事で話を進めてみる。
「そうね。 時々面白いデザインの名刺もあったりするわよ。 そういえば名前だけが前面にびっしり書かれた名刺を見た時はびっくりしたわね」
絵里子は笑いながら、色々な名刺の話をしてくれた。
俺はその話を聞きながら思案する。
(少なからず会社関連の人では無いという事は分かったのは収穫だったな)
ただ、同時に他の当てが無くなってしまった。
絵里子の人間関係は昔から広いから、特定の人物を見つけるというのは難しいのかもしれない。
面倒見が良い絵里子は、大学時代も色々な後輩の相談を受ける事が多かった。
(ん?…相談?)
そこで、俺は違う角度から質問をしてみる事にした。
「ところで…最近、誰かから相談とか受けてる?」と聞いてみた。
絵里子は一瞬驚いたような表情を見せた。
(しまった。 少し唐突すぎたか?)
しかし、絵里子はすぐに普段の笑顔になり応えてくれた。
「うん、大学の後輩からたまに相談を受けることがあるかな。 どうして?」
「いや、なんとなくさ。 君は面倒見がいいから、誰かに頼られることが多いんじゃないかって思って」と俺は自然に話を続けるよう努めた。
「そうだね、たまに相談に乗ることはあるよ」
勢いに任せて投げかけてみたが、省吾について聞き出すための良い案が浮かんでいる訳では無い。
俺はさらに踏み込むべきか悩んだが、ここで聞かなければずっと後悔する気がした。
(もう、まどろっこしいことは止めだ!)
「えっと…その中に、省吾って名前の人がいる?」と、ついに口に出してしまった。
絵里子の表情が一瞬固まり、困惑したように眉をひそめた。
「……省吾?どうして?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます