第12話 絵里子②
初めての彼女が出来た僕は浮かれていた。
人見知りの僕は、中学高校と特に女子との楽しい思い出というものは無かった。
もちろん、そういう事に興味はあったが、どうやって仲良くなればいいかも分からなかった。
それに対して柳田さんはいつもリードしてくれた。
自分で主導権を握れない事に、情けなさのようなものも感じたが、同時に優しくされている事に対して甘えたくなる気持ちもあった。
大学に入ってからも、女子と話すことはあまりなかった僕だが、柳田さんとは話が弾んだ。彼女は人懐っこく、どんな話題にも明るく反応してくれたのが印象的だった。
初めてのデートは、彼女が提案してくれたカフェだ。その日は僕が緊張していたのに対し、柳田さんは自然体で、話題に事欠かなかった。
「大学楽しい?」と彼女が聞いてきた時、僕は少し戸惑った。
大学生活について聞かれても、勉強とバイト、そして家との往復ばかりで特に話すことがないと思った。
母子家庭なので、学費は奨学金を借りながら、自分で稼ぐ事にしていた。
母親からは頼っても良いと言われていたけど、母にこれ以上苦労は掛けたくなかったし、妹が大学に行く時にも必要になるだろうからと断った。
学校を卒業してから返す事も考えたのだが、母親から「奨学金も借金だから早めに返済出来るようにした方がいい」とアドバイスをもらい、金利の計算などを考えても繰り上げ返済をした方が良いという結論になった。
そんな理由で、現在は週6でバイトをしている状態なのである。
家に帰ると疲れ切って、そのまま寝てしまう事が多く、休みの日も、疲れを癒すという名目で、家でダラダラとしてしまっていた。
やはり楽しめてるかと聞かれると、困るのが本当のところだった。
「ええと、まあ、そうだね。 なんだかずっと忙しくて…」と答えると、柳田さんは優しく笑った。
「それじゃあ、今日は特別な日にしようよ。 私が面白いところ、いっぱい見せてあげる!」と彼女が言ってくれて、心が軽くなった。
僕が緊張しているのを察してか、彼女は努めて場を和ませてくれた。
その後、カフェでランチを食べながら、お互いの好きな音楽や映画について話し合った。
彼女は熱心に僕の話を聞いてくれて、時々自分の意見や好みを織り交ぜながら、共通の話題で盛り上がることができた。
特に彼女が好きだというロックバンドが僕も好きだったことから、さらに話題が弾んだ。
僕がいつも一人で聞いていたそのバンドの曲が、カフェの中で流れていることに気づくと、柳田さんは目を輝かせて言った。
「ねえ、これ好きなんだ! 一緒にライブ行かない?」と彼女が提案してくれた時、僕は彼女の明るい笑顔と、その提案が嬉しくて、心が躍るのを感じた。
「うん、行こう!」と素直に答えると、柳田さんは喜んで、「じゃあ計画立てるね!」と快く答えてくれた。
正直初めてのデートでかなり緊張していた。
もちろん、それまでにもご飯を食べたり、皆で遊びに行ったり、一緒に遊ぶ機会は何度もあった。
しかし、人生の初デートという事もあり、色々と意識してしまう自分がいた。
「次はどうしよっか?」
カフェを出て、柳田さんから次に向かう場所について相談された。
「えっと‥」
一応この日の為に、いくつか候補を調べていた。
デートの定番と言えば、映画や美術館、あと水族館に公園の散歩あたりで考えていた。
ただ、緊張のあまりどれを選べばいいか決める事が出来なかった。
それに柳田さんがどれを喜んでくれるか分からない。
それならできるだけ柳田さんが喜んでくれるところに行こう。
そう思い、「ど、どこでもいいよ、柳田さんが行きたいところがあれば…」と伝えた。
僕の返答に、柳田さんは少し笑った。
「ハルくん、もう緊張しないで。 ほら、あそこに小さなアートギャラリーがあるよ。 ちょっと覗いてみない?」と提案してくれた。
僕は頷いて、彼女について行くことにした。
アートギャラリーでは、小さな展示が丁寧に配置されていて、それぞれの作品について柳田さんが楽しそうに説明してくれた。彼女の知識の深さと興味の広さに、僕は改めて感心した。
「この絵、色が鮮やかでいいね。 ハルくん、どう思う?」
彼女が指差したのは、明るい色彩の抽象画だった。僕はそれをじっと見て、
「うん、すごく…キレイだね。 柳田さんの言う通り、色が生き生きしてる」
こういった抽象画のような芸術についてあまり知識がない僕だったが、彼女の隣で少しでも話ができたことが嬉しく、自然と笑顔がこぼれた。
アートギャラリーを出た後は、色々なお店を見て回った。
オシャレにもあまり興味が無かったので、オシャレな服屋さんに入ったのは初めて。
普段は安くて品質が良いと評判の全国チェーン店にお世話になっている事もあり、値札を見て一瞬声が出てしまった。
さらには、柳田さんに誘われてランジェリーショップへ。
当然だが、こちらも人生で初めて入るお店だ。
(なんというか目のやり場に困る‥)
柳田さんが「これどうかな?」と聞いてくるけど、恥ずかしくてまともに見れない僕は「いいんじゃないかな」としか応えられなかった。
その後もウィンドウショッピングを楽しんだ僕たちは、休憩も兼ねて隣接する公園に向かった。
柳田さんはベンチに座り、僕は緊張しながら隣に腰を下ろした。
公園から見える夕焼けが、なんとも言えず美しかった。
「今日は本当に楽しかったよ。 ハルくん、ありがとうね」
柳田さんがそう言って微笑むと、僕の緊張は少しずつ解けていった。
「こちらこそ‥ 柳田さんともっと色々な場所に行きたいなって改めて思ったよ」
「そうだね! 次はどこに行こうかな? あ!まずはライブかな」
柳田さんは思い出したように、ライブの話を持ち出した。
「うん! そうだね! ライブは行ってみたい」
僕がそういうと、柳田さんはスマホを操作しだした。
「う~んと‥あ!ちょうど来月に全国ツアーで近くに来るみたいだよ! 8月20日だって! どう?予定はいけそうかな?」
「えっと‥うん! 今のところ予定は入って無いから大丈夫」
「OK!じゃあ、この日程でチケット探してみるね!」
「ありがとう!」
(なんだか手慣れてるな)
一年先輩ではあるけど、なんでもすぐに行動して、どんどん決めていく事が出来る彼女を改めて凄いと思った。
「柳田さんってなんでも出来るって感じで凄いよね!」
「うん?そんなこと無いよ。 でも、ハルくんよりはお姉さんだから、私がハルくんを引っ張ってあげないとね!」と、彼女は笑いながら言った。
(僕も1年後にはもっと頼りがいのある人間になれてるのかな‥)
柳田さんは元々、自分よりずっと交友関係も広く、様々な事を経験しているのだろう。
たった1年しか違わないのに、凄く大人に見えた。
同時に、自分自身ももっとしっかりして、引っ張っていけるようにならないといけないと、心の中で密かに決意した。
そんなたわいもない話をしている間に、随分日も暮れてきた。
「さてと‥じゃあ、この後はどうする?」
柳田さんにそう聞かれ、僕はドキッとした。
初めてのデートではあるし、ランチをして少し遊んで帰るくらいの予定だったからだ。
いや、内心では期待もしていた。
夜もずっと柳田さんと過ごせたらとは思っている。
しかし、デート準備の為に熟読した、初デート必勝の情報を発信しているブログでは『初デートはスマートに済ませる』と書かれていて、いきなりガツガツすると引かれる可能性が高いという内容だったのだ。
(でも、柳田さんの方から聞いてくれたし。 いや、ただ単に帰るのかどうかを確認しただけかも。 無理に長引かせるのもガツガツしてるって思われるかもしれないし‥)
「あ‥えと、そろそろ帰ろうか‥な?」
そして、結果的に僕は紳士らしく帰る事を提案した。
「‥ふーん。 そう? じゃあ、帰ろっか!」と柳田さんはいつも通りの笑顔で応えてくれた。
(正解だった‥のかな?)
笑顔の柳田さんを見て、少しホッとする。
そして、公園を出て、最寄り駅まで一緒に歩くことになった。
隣で歩く柳田さんを横目で見ながら、またドキドキしていた。
(手を繋ぎたいな‥)
そんなことを考えながらの帰り道、しかし手を繋ぐタイミングが分からない。
(えっと‥手ってどうやって繋ぐんだろ? 繋ぎませんか?って言ったらいいのかな? キモいって思われないかな?)
しばらく悶々と考え込んでいると、ふいに左手をギュッと握られた感触がした。
驚いて見てみると、柳田さんが手を握ってくれている。
「ふふふ~握っちゃった」と言いながら、いたずらな笑みを浮かべる柳田さん。
そして「手‥繋ぎたかったんでしょ?」と聞いてきた。
(なぜわかったの! エスパーか!)
うちの母親もそうだけど、大人の女性は人の心の中でも読む超能力があるのだろうか?
そんなことを考えていると、柳田さんが笑いながらも手をにぎにぎしながら話を続けた。
「なに驚いてるの? チラチラこちらを見ながら、手を握ったり開いたりしてたら分かるわよ」
そう言って彼女はクスクスと笑った。
確かにチラチラとは見ていたかもしれない、でも手が動いていたとは自分でも意識していなかった。
分かりやすすぎる自分に対する恥ずかしさと、手を握っている恥ずかしさ。
そして、心が温かくなるような嬉しさやむずがゆさを感じながら、駅まで仲良く手を繋ぎながら歩いた。
駅のホームに着き電車を待ちながら別れの挨拶をする。
「柳田さん、今日はとっても楽しかったよ。 また連絡するね!」
「うん! 私も楽しかったよ。 また遊びに行こうね!」
そんな話をしている間に、僕が乗る電車がホームに入ってくる。
僕は名残惜しい気持ちがありながらも、手を放して「バイバイ」と伝える。
すると、彼女は「バイバイ」と言いながら、僕を抱きしめてくれた。
「また学校でね!」そういうと、彼女は離れて手を振った。
少し顔が赤いのは気のせいだろうか?
ちなみに僕はかなり顔が熱く感じているので、赤くなってるかもしれない。
もっと一緒に居たいという気持ちを抱えながらも、電車に乗り込んだ。
電車のドアがしまり、彼女が見送ってくれる間もお互いに見えなくなるまで手を振りあった。
(楽しかったな‥)
今日の楽しい一日と、別れた寂しさの両方を感じながら家路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます