第2話 美香さんとのあまーい?夜
バーに入り店内を見渡したが、美香さんはまだ来ていないようだ。
丁度そのとき、メッセージアプリのLEINに「すまない、少し部長との打ち合わせが長引いた。 今向かっている」と連絡がきた。
そのメッセージに「了解です。 慌てず来てください」とだけ返信すると、可愛いねこが謝っているスタンプが届いた。
微笑ましいスタンプにほっこりしながら、再度店内を見渡してみる。
ダイニングバーのようで意外と広く、居心地のいい雰囲気で、バーカウンターが目を引く。
ウッド調のインテリアが温かみを与えており、ソフトな照明が落ち着いた空間を演出している。
(とりあえず、席だけ確保しておこうか)
俺は席に着き、美香さんの到着を待ちながら料理メニューを眺める。
エミに聞いたところ、このバーは特にフードメニューに定評があり、創意工夫を凝らしたタパスや、地元産の食材を活かした小皿料理が豊富らしい。
他にもメニューを見ると、カリカリベーコンのポテトサラダや、アンチョビとオリーブのブルスケッタなど、どれもつまみながら長く飲むにはぴったりの一品ばかり。
(美香さんが好きそうなメニューはどれだろう‥‥)
俺はそんなことを考えながら、メニューを眺める。
その時、ふと目を引くメニューを見つけた。
(シェフの特製スパイシーチキンウィングか)
辛さの中にも深みがあり、ビールにもよく合う!と書かれている。
美香さんはお酒好きなので、きっと気に入るはずだ。
(美香さんが来たら、まずはこれを勧めてみようかな)
おすすめ料理を見ながら、嬉しそうにお酒を飲む美香さんを思い浮かべる。
とても美味しそうに飲むさまは、見ていても気持ちいい。
(とはいえ、ほどほどにしておかないと後が大変だからな‥‥)
と考えているうちに、店のドアが開き美香さんが入ってくる。
急いできたのか彼女の顔には少し息を切らしているようにみえるが、それでも俺を見つけると明るい笑顔を見せる。
「遅くなってすまない。 待たせてしまったな」
真面目な性格で、時間にも厳しく人を待たせるという事が苦手な美香さんは申し訳なさそうな表情をしている。
「お疲れ様です。 ゆっくりメニューを見ていたので大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいわ。 それにしても、いい匂いがするわね。 ここの料理、美味しいのかしら?」
「実はちょうど、おすすめの料理を見ていたところです」
そういって、メニューを差し出す。
「スパイシーチキンウィング、どうですか? 辛さがお酒にも合いそうですよ」
と俺が提案すると、美香さんは興味深く頷きながらメニューを眺めた。
「それ、いいわね! それにしようかしら。 あとは‥‥アヒージョも捨てがたいわ」
「じゃあ、アヒージョもいっちゃいましょう! あとはワインでいいですか?」
「そうね、白でお願いするわ」
美香さんが注文を確認すると、ウェイターはにこやかに頷き、すぐにキッチンに向かった。
程なくして、選んだ料理がテーブルに運ばれてきた。
スパイシーチキンウィングにはジューシーな辛さが漂い、アヒージョからはニンニクとオリーブオイルの芳香が立ち上っている。
「うわ、見た目もいいし、匂いも最高ね!」
美香さんはわくわくしながら言った。
俺も同意しながら、彼女が注文した白ワインを注ぎ、かるく乾杯をする。
そして早速スパイシーチキンウィングを一つ取り、小気味よくかじった。
「ああ、これはクセになるわね! 辛いけど、後からくる甘さがいいバランスだわ」
「ほんとですね! これはお酒にも合いますよ!」
料理とお酒を楽しみながら、雑談は自然に流れ、彼女の最近の仕事の話や、昇進後の新しい責任について話し始めた。
美香さんは普段、部下に厳しく接することが多いが、それは彼女なりの思いやりから来るものであることが話からも伝わってくる。
食事が進むにつれ、美香さんの表情も徐々に和らぎ、お酒のせいか、ほんのりと頬が赤く染まっている。
そして‥‥
「今日は何の日か覚えてる?」
「え‥‥と?」
美香さんから唐突に聞かれて、言い淀んでしまう。
(うーん、全然思い出せない。 女性にこういった事を聞かれて覚えてないと答えたら危険だってじっちゃんが言ってた! 今日はあやめの大学初日だが、これは美香さんには関係ないし‥‥‥‥あとは‥‥)
俺が必死に記憶をたどっていると。
「ふふ‥‥覚えてなくても大丈夫よ」
美香さんはイタズラな笑顔を浮かべながらそういうと、少し年季の入った手帳を出した。
「実はね‥‥今日は高橋と出会って5年目なのよ」
驚いた。
まさか美香さんがそんなことを覚えていてくれているとは思わなかった。
そういえば入社研修が終わって、部署へ配属されたのは今日の日付だったかもしれない。
「実は私も覚えていたわけでは無いの。 丁度年度末の資料を整理してたら、5年前の手帳を見つけてね。 懐かしいと思って見てたら、スケジュールに書いてあったわ」
「出会った日付がですか?」
美香さんはクスクス笑いながら
「惜しいけど違うわね。 貴方は私の初めての後輩だったって話は知ってるでしょ?」
もちろん知っているので、うなずき返す。
「で、当時は私も気合が入っていたのでしょうね。 スケジュールを見たら「初の後輩!がんばろう!」って書いててね」
そう言いながらケラケラ笑う美香さん。
いつもの厳しい雰囲気が微塵も無い。
(たぶん、もう酔っぱらってきてるな‥‥)
いつもはストイックで、言葉遣いや仕事への姿勢が厳しい美香さんだが、彼女にも別の一面があることを、俺は知っていた。
それは、お酒を飲むと少しポンコツになるというところだ。
入社当時から可愛がってもらっているが、お酒が大好きでポンコツになってしまうところは、今も昔も変わっていない。
「だから!今日は年度末の大型案件も取って来た後輩をねぎらいも兼ねて誘ったのよ♪」
そういいながら、美香さんが胸を叩くと、形の良い双丘がむにゅ‥‥
いかんいかん!どこを見ているんだ!
名残惜しさを感じながら、不屈の精神で視線を逸らす。
エミほどでは無いが、美香さんもかなりのスタイルを持っている。
社員からは、スタイルが良く美人という評判はあるものの、普段の厳しい態度から近寄りがたいと思われている。
そんな美香さんもお酒を飲むと、普段のイメージとは全然違い陽気になる。
「だから、今日は遠慮なく飲みなさい♪」
アルハラという程ではないものの、美香さんはお酒が入ると気が大きくなるのか、凄くお酒を勧めてくる。
そうして機嫌が良さそうだった美香さんも、お気に入りのワインを何杯か飲み進めるにつれ、さらにその様子が変わってきた。
「ねぇねぇたかはし~ 聞いてよ~ 今日ねぇ~ 本当に面白いことがあって~」
美香さんの話はだんだんと脱線し始め、仕事の話から全く関係ない趣味や日常の話に変わっていく。
その話の途中で笑い出したり、話のオチを忘れたりする姿は、日中の彼女からは想像もつかない。
「美香さん、それ、もう3回目ですよ」と俺が指摘すると、「えっ、そうだっけ?」と驚いた表情を見せる。
しかし、その後すぐに笑い転げる。
そのギャップに俺もつられて笑ってしまう。
実は過去に、仕事関係のお酒の席で大失敗して以降、美香さんは仕事関係のメンバーとのお酒は控えるようになった。
ただ俺の場合は、新人の頃からお酒の相手をして今更隠す事も無いからか、時々こうやって一緒にお酒を飲むことがある。
という事で普段はクールビューティーのような美香さんの、こんなにも自然体を見るのは貴重な時間だ。
そして、そんな美香さんを知っている数少ない人間であるという事も、ちょっとした優越感を感じている。
☆☆☆☆☆
飲み始めてから何時間か過ぎ、美香さんもかなりお酒が回ってきた。
「もっとぉさけもってこーい! まらぁまらぁのむぞ~!」
微妙に‥‥いや、かなりろれつが回っていない。
(俺も楽しくて、つい飲みすぎてしまったな‥‥)
美香さんに「お祝いだ~!」と叫びながら、お酒を注がれて、気がつけばかなりのボトルが空いていた。
頭がフラフラするし、流石にそろそろ撤収した方が良さそうだ。
「美香さん、そろそろ出ましょう」
うつろな目をした美香さんが、フラフラと立ち上がり一緒に店を出る。
(意外とすんなり出てくれたな)
また「もっとのむわよ~!」とか言いだすかと想像していたが、素直にお店を出てくれて一安心だ。
外に出るとき足元がおぼつかない自分に気付いた。
(俺も思ったより酔ってるな。 家までもつかな)
自分では普通のつもりだったが、かなりお酒が回っていたようだ。
俺が無事帰れるかの心配をしているなか、フラフラする足取りで、美香さんが提案する。
「たかは~し!つぎいくよ~!!」
「美香さん!フラフラじゃないですか。 もう帰りましょう」
やっぱり諦めてなかったのか。
俺もかなり飲んで少し意識が怪しいが、美香さんはもっと回っている。
「なにいってのぉ~わたしはまらまらぁ~だいじょうぶらょ~」
(う~ん‥‥これは絶対ダメなやつだ‥‥)
「美香さんもうすぐ終電も無くなりますし、そろそろ切り上げた方が‥‥」
「しゅうでんがなくなる~? はっはぁ~ん‥‥そういうことねぇ‥‥」
美香さんが何かにやにやした表情でこちらを見ている。
「いいわよ~! きょうはとくべつな日らからね~!」
「わっ! み‥‥美香さん!?」
想像以上に強い力で美香さんが俺を引っ張っていく。
引っ張られるまま移動し、気がつけば‥‥
「ここは?」
俺が聞くと
「いわなくてもわかるでしょ‥‥」
う~ん‥‥ライトで照らされた建物には「休憩3,000円~」などが書かれた看板がデカデカ飾られている。
いわゆるお泊りするところに見える。
酔っているのか、照れているのか、赤い表情でこちらを見つめてくる美香さん。
気がつけば室内で、美香さんがベッドに座りながら、こちらを見ている。
「ねぇ、きて‥‥」
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