第1話 出社

「お兄ちゃん、おはよ~!」


 目覚まし時計が鳴る前に、妹のあやめの声で目が覚めた。

 部屋のドアが開き、そこにはいつも通り元気いっぱいのあやめが立っている。


「もう朝か‥‥」


「うん! 朝だよ~ 早く起きてね!」


 まだ眠たい目をこすりながら、俺はあやめに挨拶をする。


「おはよう、あやめ。 今日からお前の大学生活が始まるんだな。 ドキドキするか?」


 俺は彼女に笑みを投げかけた。


「うん! でも、お兄ちゃんがいるし、きっと大丈夫だよ~!」


 と、あやめは言って、キッチンへと向かう。

 彼女の表情には、新しい学校生活に期待とわくわくした表情が浮かびあがっていた。

 そんな彼女を見ると、俺もなんだか気合が入り力が湧いてくる。


 キッチンからは、朝食を作る音が聞こえてくる。

 フライパンで卵を焼く音、そして漂ってくるみそ汁の匂い。

 あやめが朝食を作ってくれているようだ。


「お兄ちゃん、朝ごはんできたよ!」


「今日は朝から豪華だな」


 彼女にそう伝えると、あやめはご飯を茶碗によそいながら、えっへん!と得意げにうなずいた。


「今日から大学生だからね。 ちょっと気合入れてみたよ~!」


 テーブルには、鮭の塩焼きと卵焼き、そしてほうれん草のお浸しにみそ汁も並んでいる。


「助かるよ。 ありがとう、あやめ」


 俺は感謝の気持ちを込めてそう言い、彼女は嬉しそうに笑った。


 朝食を食べながら、あやめは大学でやりたいこと、楽しみにしていることを話し始めた。

 彼女の目は輝いており、その話を聞いていると、俺までワクワクしてきた。


「ふぅ~美味しかったよ。 ごちそうさま!」


「おそまつさまです。 お兄ちゃん、今日も一日頑張ってね!」


 あやめは笑顔でそう言いながら、俺に弁当箱を手渡す。

 中を見ると、彼女が作ってくれたおにぎりとおかずが入っているようだ。

 この弁当があれば、今日一日乗り切れそうだ。


「ありがとう。 お前も大学初日頑張れよ」


 俺はそう返しながら、彼女の頭を軽く撫でる。

 彼女は「えへへ」と笑い、俺たちはそれぞれの一日を始める準備をする。


 食事を終えると、あやめは自分の部屋へ戻って行った。

 俺も部屋に戻り、今日の仕事に備えてスーツに着替えた。

 新しい生活が始まった今、朝のルーティンも少しずつ変わってきた気がする。


「あやめ、俺は先に行ってくるからな」


 俺が玄関で靴を履きながら言うと、彼女が「お兄ちゃん、行ってらっしゃい♪」と返事をした。

 そんなやり取りを交わし、俺は家を出た。


 ☆☆☆☆☆


 朝の通勤ラッシュ。いつものように人で溢れる電車に揺られながら会社へ向かう。

 あやめのおかげで、今日はいつもより早い時間の電車に乗れたお陰で、いつもに比べれば空いている。


(少し早く出るだけで空いてるなら、この時間に出社するものありだな)


 そんな事を考えていると、電車が停車し、新たな乗客を迎えるためドアが開く。

 扉が開いたところで目に飛び込んできたのは、会社の同僚エミ(桜井恵美)の姿だった。


「おはよう! 珍しいね、高橋君とこんなとこで会うなんて」


「おはよう、エミ。 ああ、今日はあやめが起こしてくれたから少し早くに出れたんだ」


 エミはいつも通り、少し長めのショートヘアで、短めの三つ編みをチャームポイントにしている。

 いつもおっとりした雰囲気をまとい、誰にでも分け隔てなく優しい性格の女性だ。

 顔も可愛く、そして性格も良いため会社でも人気がある。

 そして、彼女のおっとりした母性溢れる性格に合わせるように、その外見は少し目立つ部類だ。

 そう、男からの視線を集めやすい双丘‥‥


「どうしたの?」


「え! いや‥‥なんでも無いよ!」


 そんな事を考えながらエミを見ていた俺は慌てて答えた。


 エミとは同期入社で、これまでの4年間、色々なプロジェクトを共に乗り越えてきた。

 彼女とは仕事の話はもちろん、プライベートな話もよくする仲だ。


「この前は助かったよ。 今日もあやめが美味しい朝食を作ってくれたんだ」


 先日、あやめが料理の腕を上げたいと言っていたので、エミに声をかけてみたら快諾して、家まで来てくれた。


(あの時は、お願いしてすぐの週末に来てくれたから驚いた。 エミは本当に面倒見がいいなぁ)


「そうなんだね! 早速役にたってるようで嬉しいよ♪ でも、あやめちゃん基礎は出来てたから、少しレパートリーとかを教えた程度だけどね」


 少し照れながら、謙遜するエミだが、あやめは色々な調理法を学べてご満悦だった。


「あやめも喜んでいたよ。 引っ越して来たばかりで、友達もいないから一緒に料理が出来て嬉しかったのもあると思う。 本当にありがとう」


「なるほど~そういう事ならいつでも呼んでね!」


「ああ、これからも仲良くしてもらえると嬉しいよ」


「もちろんだよ!」


 エミはそう言って、優しい笑顔を見せた。

 その後は、あやめの大学が本日初日である事や、エミの新たな料理のレパートリーなどたわいもない話をしながら会社へ向かった。


 ☆☆☆☆☆


 会社に到着するとすぐに、二人の同僚と挨拶を交わす。


「センパイ! おはようっす!」


 元気よく挨拶を返してきたのは、鈴木渚(すずきなぎさ)

 2年後輩の女性で、性格は明るく、いつもふざけた態度だが、仕事に関しては真面目な一面もある。

 ただ、おふざけが過ぎて真面目な一面が表に見える事は稀だ。


「センパイ、なんか失礼な事考えてないっすか?」


 彼女はトレードマークのメガネの縁をクイっと持ち上げて、じーっと見てくる。

 だがいつもの軽口なので、軽くあしらい、もう一人の女性に顔を向ける。


「おはよう。 今日も一日、頑張りましょう」


 いつものように仕事モード全開で挨拶を返してくれたのは松本美香(まつもとみか)

 元々同じ部署の先輩だったが、最近昇格して上司になった。

 モデルのように長身で綺麗な黒髪を長く伸ばしている。

 仕事に対しては、自分にも周りにも厳しいストイックな女性である。


 仕事が始まると、いつものように朝のルーティンが始まる。

 朝礼、メールのチェック、その日のスケジュールの確認。


 その日は特に重要な会議があり、俺はその準備に追われていた。

 そんな忙しい中でのエミのサポートは本当にありがたい。

 彼女の存在が仕事の負担を軽くしてくれることが多い。


 昼休みには、エミ、なぎさ、そして美香さんと一緒にランチを取ることになった。

 今日はお弁当を持ってきていたので、会社の食堂でランチだ。

 エミもお弁当を持参していたようで、嬉しそうにお弁当箱を広げている。

 エミは料理を作るのも好きだが、食べるのも大好きである。

 食べ歩きの趣味もあるらしく、美味しいお店もたくさん知っている。


(エミはほんとにご飯の時が一番幸せそうだな‥‥)


 そんなことを考えながらエミの方を見ていると。


「センパイ! またエミさんの胸ばかり見てるっす!」


 なぎさはいつも通り眼鏡をクイっと持ち上げて光らせながら、からかってくる。

 俺は慌てて「見てないから!」と返すが、少し声が裏返っていたかもしれない。

 美香さんは俺たちのやりとりを、呆れるような、それでいて優しい表情で眺めている。


 そんな雰囲気の中で食事をしながら、仕事の話やプライベートの話で盛り上がる。

 この時間が、俺にとっても大切な息抜きの時間だ。


 ☆☆☆☆☆


 業務が一段落した夕方、美香さんから「今日は少し飲みに行かない?」という誘いがあった。

 仕事の話はもちろん、プライベートな話もできる数少ない機会。

 俺はその提案を快く受け入れた。


 そして仕事を終えた後、俺は美香さんと約束したバーへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る