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慈光院を出ると、どこからともなくマツさんが現れた。
「どうだった? 犯人はわかったのかい?」
「ええ、先生が見事、真犯人を言い当てました」
僕は得意になって言った。しかし先生は、「真犯人を特定するのは警察ですよ。これから証拠固めをすることになるでしょう」と謙虚に答えた。
マツさんは皺のよった顔でにやりと笑った。なにか言うかと思ったら、なにも言わない。僕の頭にふと疑問が浮かんだ。むしろ、さっきまでなんとも思っていなかったのが不思議なくらいだ。
「マツさんはどうして僕たちをここに連れて来たのですか?」
「過ちが行なわれようとしていたからだよ」
僕はその通りだと思い、心の中で深くうなずいた。もし鏡花先生がいなかったら、ピストルを撃った江口が浄照尼を殺したのだ、とだれも疑わなかっただろう。
少し遅れて、なぜマツさんがそれを知っていて、なぜ鏡花先生をここへ連れて来たのか、という質問の答えになっていないことに気付いた。
僕が重ねて訊ねようとした時、鏡花先生が空を指さした。
「ご覧なさい。あの夕焼けを」
まだ青さの残る空に、刷毛で一振り描いたような雲が浮かんでいた。雲は濃い紅色に染まっていた。
「
マツさんが感に堪えないように言う。
「なんですか? それは」
「ああいう夕焼け雲を『尼が紅』というのだよ」
鏡花先生が代わりに答えた。
僕たちは空を見上げ、亡くなった浄照尼を悼んだ。鏡花先生が口の中で「尼が紅」と何度も繰り返す。たぶん、次の作品のタイトルにするつもりなのだろう。
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