7


 慈光院を出ると、どこからともなくマツさんが現れた。

「どうだった? 犯人はわかったのかい?」

「ええ、先生が見事、真犯人を言い当てました」

 僕は得意になって言った。しかし先生は、「真犯人を特定するのは警察ですよ。これから証拠固めをすることになるでしょう」と謙虚に答えた。

 マツさんは皺のよった顔でにやりと笑った。なにか言うかと思ったら、なにも言わない。僕の頭にふと疑問が浮かんだ。むしろ、さっきまでなんとも思っていなかったのが不思議なくらいだ。

「マツさんはどうして僕たちをここに連れて来たのですか?」

「過ちが行なわれようとしていたからだよ」

 僕はその通りだと思い、心の中で深くうなずいた。もし鏡花先生がいなかったら、ピストルを撃った江口が浄照尼を殺したのだ、とだれも疑わなかっただろう。

 少し遅れて、なぜマツさんがそれを知っていて、なぜ鏡花先生をここへ連れて来たのか、という質問の答えになっていないことに気付いた。

 僕が重ねて訊ねようとした時、鏡花先生が空を指さした。

「ご覧なさい。あの夕焼けを」

 まだ青さの残る空に、刷毛で一振り描いたような雲が浮かんでいた。雲は濃い紅色に染まっていた。

あまべにだねえ」

 マツさんが感に堪えないように言う。

「なんですか? それは」

「ああいう夕焼け雲を『尼が紅』というのだよ」

 鏡花先生が代わりに答えた。

 僕たちは空を見上げ、亡くなった浄照尼を悼んだ。鏡花先生が口の中で「尼が紅」と何度も繰り返す。たぶん、次の作品のタイトルにするつもりなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る