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 六兵衛は二重の円を描いた敷布を庵主様の遺体に掛けた。円の中心がぴったりと左胸の刺し傷に重なるように。江口さんは近頃、射撃の練習をしていました。練習には的を使っていましたね。そうですね?」

 光子はうなずいた。

「的にはこれと同じ二重の円が描かれていたはずです。二重の円は伝統的に蛇の目を表現しています。六兵衛は蛇を殺すようにと暗示を掛けていたかもしれません。薬で朦朧としていた江口さんは、庵主様に掛けられた敷布の的を撃ってしまったのです。私は銃創にわずかな焦げた繊維が付着しているのを見つけました。それは庵主様の衣とは違っていて、もとは白い木綿ではないかと思われました。

 もし江口さんがピストルを撃たなくても、なんらかの理由をつけて敷布を密かに取り除き、江口さんが殺したとするつもりだったはずです。ですから真に庵主様を殺害した凶器はこの離れにあるのではないかと思うのです」

 六兵衛はふてくされたようすで、「なんで俺が庵主様を殺さなきゃならないんだ」と言った。

「おまえは庵主様を嫌っていた。そして嫁をもらって江ノ島に行くと言っていました。江口さんを犯人に仕立て上げ、夫が殺人犯となり打ちのめされている光子さんを口説くどいて、一緒に江ノ島に行くつもりだったのではないですか。おまえがいくら否定しても、敷布を焼こうとしたのがなによりの証拠です。ねえそうでしょう? 藤ノ木警部」

 警部ははっとして「そう。その通りだ。六兵衛を署に連行しろ」とそばにいた巡査に命じた。

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