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「庵主様は人に恨まれるようなかたではありません。みんなに尊敬されていましたし、好かれていました。でも、六兵衛だけは庵主様を馬鹿にするようなところがあって、庵主様も六兵衛のことは嫌っていたと思います」

「なぜ六兵衛は庵主様を馬鹿にするのですか?」

「あの男は性格が曲がっているんだと思います。庵主様のような立派なかたを嫌うなんてどうかしてます。ですから近頃では庵主様のほうも六兵衛を疎んでいました。嫁をもらって江ノ島に行くなんて言ってましたけど、あんな男の嫁になる人なんかいませんよ」 

 おトキはいかにも腹立たしい、というように言った。

「江ノ島?」

「はい。親戚がそこで旅館をやっているので、手伝いに行くそうです。まるで結婚する相手も決まっているみたいに、得意げに話してました」

 鏡花先生は眼鏡の奥の目を、すっと細めて「なるほど」とつぶやいた。

 江口の妻、光子が目を覚ましたというので、おトキと入れ替わりにやってくる。

 巡査に手を取られ、歩いてくる姿が幽鬼のようだ。美しい顔立ちをしているだけに、いつか見た幽霊画を思い出した。

「ご主人と庵主様との関係に問題はありませんでしたかな」

 藤ノ木警部がそう訊くと、光子は激しく首を横に振り、手巾ハンケチを顔に当てて泣きだした。

「主人が庵主様を殺す理由なんてなにもありません。何かの間違いです。きっと間違いなんです」

 光子は声を上げて泣いた。

 間違えて殺したと言いたいのか、それとも江口が殺したというのが間違いなのか、どちらとも取れる言い方をした。

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