6-4

 離れに戻ると、ちょうど若い巡査がやってきて、藤ノ木警部に耳打ちをした。

「以前、ここで女中をしていたおトキという女が来ているそうです」

 庫裏のほうに待たせているので、一緒に行きましょうと藤ノ木警部は言う。離れから長い渡り廊下を通って行くと板の間に出た。板の間を真っ直ぐに進むと本堂に出る廊下があり、右手には台所と土間。左手には中央に囲炉裏を切った居間がある。

 囲炉裏端には、おトキらしい中年の女が肩を落として座っていた。髪だけは豊かでつやつやとしているが、顔の皮膚はたるんで年相応に老けている。

 藤ノ木警部が向かいに座り、その横に鏡花先生が座った。僕は鏡花先生の少し後ろに陣取って、手帳と鉛筆を手に、一言も聞き漏らすまいと身を固くした。

「あなたは半年前まで江口さんのところの女中だったそうですね。今日はなぜこの寺に来たのですか?」

 藤ノ木警部は厳かな声と態度で訊いた。おトキは大きな体を縮こめるようにして答える。

「庵主様から今日のお昼に来るようにと言われていたんです」

「でも、あなたはさっきここに来たのですよね」

「はい」

 おトキは自分が悪いことをしたかのように、泣きそうな顔になった。

「一度、正午に来たんです。でも、庵主様はいらっしゃらなくて。それで、私は時間を間違えたのだと思いました」

 浄照尼は朝のお勤めを終えた後に朝食を取る。昼食はいつも遅めで、午後二時頃になるのだった。

 おトキは「お昼に来い」と言われて十二時ちょうどに来たが、浄照尼の姿が見えないので、お昼というのは、お昼ご飯を食べる時間のことだったのかと思い、出直してきたのだそうだ。

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