6-2
江口は露西亜との戦争から戻ったあと、精神を病んでいて尼を異常に恐れていたという。
「それは六兵衛の話なんですよね。妻の光子はなんて言ってますか?」
「光子はピストルを持っている江口を見てショックを受け、気を失ってしまったのです。一度は目を覚ましたのですが、錯乱状態だったので医者を呼んで鎮静剤を打ってもらいました。もうしばらくは目を覚まさないでしょう。江口のほうも、まったく正気を失っていて話を聞ける状態じゃなくて困っています。まともなのは六兵衛だけなんですから」
遺体のようすを子細に調べていた鏡花先生が、すっと立ち上がった。
「正気を失っているとは?」
「訳のわからないことを口走っておりましてね」
江口は蛇を殺したのだ、とうわごとのように繰り返しているという。江口夫婦の話が聞けるのはもう少しあとになるようだ。
鏡花先生が庭へ下りたので、僕もついて行く。
庭から座敷の中を角度を変えながら、しばらくの間見ていた。そのうちに庭を出て、墓場をうろうろと歩き回った。
「見てご覧なさい。道ができている」
「え、そうですか? どこにですか?」
鏡花先生は少しイラついて、「ほら、こちらから向こうに、人の踏みしめた跡があるでしょう」と言った。
僕はまたしても目をこらして、先生の指さす所を見つめた。息を止めて数分。かすかに人が踏みしめた跡のようなものがある。それは裏道へと続いており、反対側は墓地の奥にある大きな家へと続いているようだった。
「見えました! ここから、こっちと、それから向こうへ」
「うむ」
鏡花先生は大きくうなずいた。お褒めの言葉があるかと思ったが、特になかった。
僕たちはその道をたどり、墓地の奥へと歩いていった。
大きな二階建ての家は学生相手の下宿屋のようだ。学生が三人、玄関の前で煙草を吸いながら雑談をしている。
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