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僕たちは、壁に背中をもたせかけて死んでいる尼僧を見下ろしていた。
慈光院の離れの縁側には夏の光が差し込んで、風を通していない部屋の中はかなりの暑さだった。
死体となった浄照尼は、頭巾がとれて剃り上げた頭がむき出しになっており、苦悶を浮かべた顔を一層不気味なものにしていた。紫の衣は血で黒く光り、白足袋は赤く染まっていた。
一緒に人力車に乗って、ここまでやって来たマツさんは、慈光院の門前で『それじゃあ頼んだよ』と言ってこちらを振り返った。見るとマツさんの目は赤銅色に光っていた。その目を見た瞬間に、僕は自分の役割を思い出したのだった。
『わかりました。任せてください』
体の中から使命感のようなものが、ふつふつと湧いてくる。
『先生、こちらです』
『うむ』
鏡花先生も厳しい顔でうなずいた。普段の先生とはずいぶん違っていて、堂々たる風格のために体も一回り大きく見えた。
そして今も、眼光鋭く浄照尼の遺体を検分している。
「まあ、今回は疑問の余地はありませんな。せっかく来てもらいましたが、犯人ははっきりしています」
藤ノ木警部がそばでカイゼル髭をひねりながら言った。
「この離れの住人、江口順三がピストルで浄照尼の胸を打ち抜いた。ピストルの音を聞いて最初に駆けつけたのが、寺男の六兵衛でしたね。その時の状況を詳しく教えていただけますか」
僕は藤ノ木警部の話の要点を手帳に書き付けていった。
六兵衛が庫裏の横手の枝折戸の修理をしていると、離れのほうからピストルの音と男の叫び声が聞こえた。たまたま外出から戻った江口の妻、光子もそこにいたので、一緒に離れに急いだ。
すると江口がピストルを持って、腰を抜かしたように座り込んでいた。その向かい側の壁には浄照尼が左胸から血を流し、こちら向きに座っていた。
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