5-2
踏み台を持ってきて上がり紙を剥がすと、それはお
「これはなんですか? なぜこんな紙を貼っているんですか?」
鏡花先生は僕の問いには答えず、剥がした紙を見て言った。
「すごい。こんなに埃が取れている。大したものだ。この紙が受け止めなかったら、私たちはこれを吸い込んでいたのですよ」
ぐいと腕を伸ばして差し出した紙を見ると、どこにも埃などついていない。
「あのう、どこに埃がついているんですか?」
「見えないのかね。この憎むべきおぞましい埃が」
僕は顔を極限まで近づけ、目に力を入れた。もし、埃が見えなければ破門されるかもしれない、という恐怖が襲ってくる。
息を止め、どうか見えてくれと念じると、紙の上に微細な埃が見えた気がした。
「見えました。たしかに見えました。埃です。茶の間の空気中に落下しようと企んだ憎っくき埃が、みごとこの紙に捕らえられています」
僕と先生は顔を見合わせて笑った。
そこへ隣家の女中、マツさんがやってきた。裏口から入ったようで、台所のほうから走り込んできた。
「ああ、よかった」
なにがよかったのか、一人安心顔で、そばにある長火鉢から土瓶を持ち上げ、勝手に湯飲みに湯冷ましをついで飲んでいる。
「マツさん。よかった、というのは……」
僕が言い終わらないうちに、マツさんは言った。
「それじゃあ、行きますよ」
「え?」
僕が頓狂な声を上げたのに対して、鏡花先生は「わかりました」と重々しくうなずいて出かける支度をする。
「ほれ、あんたも行くよ」
僕はこわごわマツさんの目をのぞき込んだ。以前に赤銅色に光ったのを見て、僕は目を回したのだ。しかし今日は光っていない。
「あのう、どこへ行くのでしょうか?」
「麻布谷町の慈光院だよ。あそこの庵主様が殺されたんだ」
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