4-2
「いっそ住まいをかえてはどうでしょうね。こんな辛気くさい寺なんぞで暮らしていると、いつまでたっても気が晴れませんよ」
六兵衛の言うことはもっともだと思う。庭の向こうに墓石やら卒塔婆やらがいつも見えているのは、夫の精神によくないかもしれない。
「俺の親戚が江ノ島で旅館をやってましてね。繁盛して忙しいんで手伝ってくれ、って言うんですよ。俺のために小綺麗な家まで用意してくれたんで、そろそろ身を固めてそっちに行くつもりなんです」
六兵衛がこの寺を辞めるそうだ、と以前夫が言っていたのはこのことだったらしい。
「それはよかったですわね」
六兵衛は、江ノ島の旅館についてあれこれと話し出し止まらなくなった。ずっと気味の悪い男だと思っていたが、こうして話してみると案外気のいい人なのかもしれない。
その時、庫裏の向こうから大きな音がした。
パンという乾いた音は、夫が撃ったピストルの音に違いない。近頃どういうわけか、夫は庭で射撃の練習をするようになったのだ。
だがこの日、聞こえたのは一発だけだった。しかも発射音のあとに、まるで獣が吠えるような声が聞こえた。長く低く沈鬱な叫びだった。
光子と六兵衛は思わず顔を見合わせた。
なにか尋常ならざることが起きている。
二人は同時に離れに向かって走り出していた。
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