4-1

                  4


 光子はその日、叔母に呼ばれ四谷の家に行っていた。一人暮らしの叔母はたいそうな寂しがり屋で、風邪を引いた後なかなか元の調子に戻らず、近頃はたびたび光子を呼ぶのだった。夫の昼食を用意し、叔母のために煮物などを持って朝から出掛けた。すぐに帰ってくるつもりだったが、いつも叔母に引き止められて長居をしてしまう。その日も麻布谷町の寺に着いた時には、昼をずいぶん過ぎていた。

 庫裏の横手の道に差し掛かると、柴折戸しおりどのそばに六兵衛がいた。見ると金槌を手に柴折戸の建て付けをなおしているようだ。あまり会いたくはないが、ここで引き返すのも気まずいので、「ご苦労さま」と声を掛けた。

「お帰りなさいまし。今日はどちらにお出掛けで?」

「ええ、ちょっとそこまで」

 お愛想の笑みが引き攣る。六兵衛が大きな目玉で無遠慮に見つめてくるので気味が悪い。

「旦那はお加減が悪いようですね。昼にちょいとお喋りに行ったんですが、えらく顔色が悪くてね。ちょうど昼飯が終ったところで、横になるとおっしゃるんで布団を敷いて差し上げました」

「まあ、それはお世話様」

 家を出るときは、いつもに比べて元気そうだった。だが、一日のうちで急に具合が悪くなることもある。

 急いで夫のもとに行こうとすると、六兵衛が前に回って話を始める。

「このところ、旦那のお加減はよくありませんね。奥様もさぞご心配でしょう」

 いつになく真情にあふれた面持ちなので、光子はついほだされて「ええ、ほんとうに困ってますの。どうしたら治るのかわからないんですもの」とこぼした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る