2-7

「違いますよ。憎まれているのは奥様です。若くて美しくて、あなたという夫までいる。浄照尼にはないものばかりです。だからまず、旦那を呪い殺して、奥様を苦しめた上で次は奥様を殺すつもりなんです。だから俺は蝮の生き肝を旦那に呑ませたんです。尼の呪いに打ち勝つように」

 六兵衛は、「女の嫉妬は恐ろしい」としみじみと言った。

 長らく仏門で修業を積んだ尼がそんなことをするだろうか、という疑いはあった。だが、近頃の体調の悪さを思うと、六兵衛の言うことが真実らしく聞こえてくる。

「六兵衛、どうすればいい」

「すみませんが俺にはどうしようもない。旦那がなんとかするしかない。奥様を守るんです。自分でやらなきゃならないんです」

 六兵衛は決意を迫るように一歩踏み出した。

「いいですか。あの尼は蝮を使って、また旦那を襲いますよ。今度は間違いなく殺されるでしょう。殺される前にるんですよ。蝮の目玉を狙って撃つんです。ピストルで」

「あなた、どなたか見えてるの?」

 光子が台所の方から前掛けで手を拭きながらやって来た。

「ああ、六兵衛だ。ここを辞めるそうだよ」

 江口は振り向いて言う。光子は、怪訝な顔で庭先に目を遣った。

 見ると庭から六兵衛の姿は消えていた。

「なんだあいつ。挨拶もしないで帰ったのか」

 光子がなにかを怖れるような顔で江口を見ていた。

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