2-5

 居間に戻ると浄照尼は六兵衛を杖で打ち据えていた。どっちが先に手を出したのか知らないが、六兵衛が血まみれの手で掴みかかったのか、浄照尼の顔や衣が血で汚れていた。仲が悪いのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

「二人とも、いい加減にしたらどうです」

 胸のむかつきをこらえて間に入った。浄照尼の肩を掴んで六兵衛から引きはがす。

 浄照尼が怒りに歪んだ顔で振り向いた。

 江口は、「あっ」と叫んで後退あとずさった。浄照尼の顔はもとより目も赤く光り、頭巾の取れた頭には箸ほどの太さの小さな無数の蛇が、赤く蠢いていた。

 その赤い色が射られたように目の中に飛び込んできた、と思った瞬間に江口は意識を失ったのだった。

 光子の帰宅する音で目が覚めた。窓の外は明るく、江口はなぜ自分が奥の六畳で寝ているのかわからなかった。一人分の布団が敷かれており、ご丁寧に毛布ケットまで掛けてある。

 はっとして、首を伸ばして縁側を見た。血まみれの、あの惨状がそのままではないかと思ったのだ。しかし飛び散ったはずの血は、きれいに拭き取られていた。砕けたまな板の欠片も見当たらない。箪笥の抽斗にはピストルもちゃんと仕舞ってあった。

 あれは夢だったのだろうかと思ったが、胸につかえた生き肝がたしかにある。やはり現実に起こったことらしい。

「あなた、お土産を買って参りましたのよ」

 光子は玄関の方から弾んだ声で、そう言いながら居間に入ってきた。だが、奥の間に敷かれた布団の上でぼんやり座っている江口を見ると、顔色を変えた。

「まあ、どうなさったの? お加減が悪いんですか?」

「いや、違うんだ。昼に六兵衛が来たんでね、これから昼寝をするところだと話したら、気を利かせて布団を敷いてくれたんだよ。おかげで寝過ぎてしまった」

 光子に心配させないよう、嘘を交えて説明した。

「そうでしたの」

 光子はほっとしたように肩の力を抜いた。

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