第5話 空中決戦

 通報を受けて駆けつけた自警団員たちは、現場を見るなり表情を引き攣らせた。

 路地裏で黒焦げになった死体がひとつ。損傷が激しく誰であるのかも識別できない。


「おいおい、これは酷いな」


 団長のノルンが現れると団員たちは背筋を伸ばして敬礼する。


「姐御、そんなことより上のアレは……」

「あ?」


 部下の指さす方を見るノルン、しかしその目には晴れた空と白い雲しか映らない。

 街のはるか上空、雲の上でアリシアたちの戦いは繰り広げられていた。

 アリシアと修道女たちは《飛翔魔法フライ》により超高速で空を駆け回る。

 乱射される炎弾を避けながら、アリシアは修道女たちとの距離を詰めていく。


「八つ」


 弓を引き狙いを絞るアリシア。

 一瞬の後、放たれた矢は修道女の胸を直撃する。


「数が多いだけで手応え無いわね」


 胸を射抜かれた修道女は灰と化し、墜落しながら散っていく。

 なおも次の標的へと狙いを定めるアリシア。その周囲に八つの魔法陣が現れる。


「いと慈悲深き流魂の導き手よ……」


 修道女の一人が詠唱を始める。

 アリシアがそちら側に狙いを変えて弓を絞ると、二人の修道女がその前に立ち塞がった。


「九つ、十……」


 二重に張られた結界魔法に、アリシアは迷い一つなく弓を射る。

 音も無く通り過ぎる矢。頬から流れる血に修道女の詠唱が一瞬止まった。

 眼前には首のない体が二つ。

 僅か数センチ軌道を逸らすために散った二人を横目に修道女は再び詠唱を始める。


「……敵を縛る鎖となれ――『緊縛の呪鎖カース・チェーン』」


 八つの魔法陣から放たれた鎖がアリシアに絡みつき、全身をぐるぐると拘束する。

 アリシアが少し手足を動かしてみても壊れる気配はまるでない。


「無駄です。この鎖に縛られた者はあらゆる力を封じられます」


 アリシアを囲うように集まる修道女たち。その手にはきらびやかに装飾された短剣が握られている。


「さて、あなたには聞きたいことが山ほどあるのですが……」

「十一」


 首を傾けるアリシア。その背後から現れた矢が正面にいた修道女の頭を捉える。


「人の魂をコストに発動する術式、相変わらず低俗な魔法ね」


 鎖は砂岩を握ったように砕け散る。

 その刹那、再び距離を取ろうとした修道女の足を何かが掴んだ。

 周りを見渡せば他の聖女たちは皆、手に持った短剣で自身の胸を刺している。


「私もあなた達に聞きたいことが山ほどあるの」


 先ほどアリシアの体を縛っていたものと全く同じ鎖が修道女に巻き付いた。

 修道女は何が起きているのか分からないといった様子で表情を失う。


「ありえない!」


 アーチャーであるはずのアリシアが神聖魔法を、それもごく一部の者しか知らない禁忌の術式まで使いこなすことに修道女の理解は追い付かなかった。


「なんであなたが……それも詠唱無しで……」

「あなた達の神は奇跡を起こすのに祝詞のりとを捧げるのかしら?」


 一瞬の沈黙の後、修道女の額を一筋の汗が流れる。


「……まさか!?」


 アリシアからの答えは無い。

 しかし全てを悟った修道女の顔にはありありと憤怒がにじみ出ている。


「よもやこんな所で油を売っていたとはね、神殺しのアリス」

「私のこと人殺しみたいに呼ぶのやめてほしいんだけど」


 鎖がギシギシと絞めあがり、修道女が苦悶の声を漏らす。

 が、アリシアは顔色一つ変えずに修道女の目を覗きこむ。


「それで、あなた達はこんな所で何をしていたのかしら?」

「言う訳ないでしょ……くっ!」


 鎖が一層ときつく締めあがり、修道女の骨が軋みをあげる。

 それでも口を割らない姿を見て、アリシアはパチリと指を鳴らした。

 修道女は縛っていた鎖は解かれ、何度も息を大きく吸い込む。


「ねぇあなた、私の言うことを聞いてくれるなら、自由にしてあげてもいいんだけど」

「交渉なんて……」

「あなたには言ってないわ」


 蔑むような冷たい口調に修道女の背筋が凍りつく。

 怯えるその目に映ったのは、アリシアの周囲を漂う八つの魂。


「そう。じゃああなたにあげるわね、あの体」

「隷属魔法を魂に……」


 恐れおののき逃げる修道女。

 その後ろをアリシアはすさまじい勢いで追いかける。

 速度の差は歴然。アリシアはわずか数秒で修道女を追い越して行く手を阻む。


「いい? 私の行く道を妨げるのなら、例え相手が誰であろうと容赦はしない。ただ、そちらがこちらに関与しないのであれば私から手を出すこともないわ」


 その言葉もまた自身に向けられたものではないことを修道女は即座に理解した。

 はるか遠く、聖王国にある城の一室から戦いを覗いていた聖女ファリアは、アリシアの放つ禍々しい魔力に充てられて吐き気を催す。


「我々はなんてものを相手にしてしまったのでしょうか」


 テーブルの上に置かれた水晶玉には、首を掴まれてじたばたともがく修道女が映っている。

 魂の入れ替え。

 聖王国でも複数人の優秀な魔導士が整った環境で行う高度な術を、アリシアはいとも容易く成功させてしまった。


「ロベルト、緊急会議を開きます。今いる聖天を全員集めてください」


 呼びかけに対して近衛の騎士は頷き、足早に部屋を出た。

 一人になったファリアは顔に手を当てる。


「まさかあんな僻地に神殺しがいるとは思わないじゃないですか~!」


 ソファーに顔を埋めて泣きわめくファリア。

 ポカポカとクッションを叩いてみてもその部屋に反応を示す者は誰もいなかった。

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