第4話 大ダメージ(当社比)

 昼食時が過ぎた頃、アリシアはシロを引き連れて食事処に立ち寄っていた。

 注文を終えた二人はテーブルを挟んで向かい合う。


「そういえばアリシア、さっき罠を仕掛けたって言ってたけど何をしたの?」

「隷属魔法の書き換えと、書き換え防止の呪詛をね」


 シロは頭上にハテナを浮かべる。


「カノンちゃんって子、命令に背くと死んじゃう魔法を掛けられてたのよ」

「えっ、そんなひどいことを……」

「だからその内容を少し書き換えて、隷属の対象をシロくんにしたの!」


 しれっと語るアリシア。衝撃の事実を告げられたシロは口をポカンと開けた。

 知らぬ間に生殺与奪の権限を与えられているのだから至極当然の反応である。

 しかしそんなシロの反応に対してもお構いなしにアリシアは説明を続ける


「で、私が書き換えようとしたときにそれを防止するための呪いが発動したから……その仕返しに同じものを掛けておいたの」

「えっ、じゃあアリシアは呪われたの?!」


 アリシアは深刻な表情で左手をテーブルに乗せる。

 白くまっすぐに伸びた綺麗な指、そのうちの一本に小さなささくれが立っていた。


「これが呪詛の力よ!」


 迫真の一言にシロは返す言葉が無かった。

 「呪詛」という仰々しい言葉から本来の効力はこの程度ではないことは明らかだ。

 温度感の違いに気づいたアリシアはしめやかにささくれを引き抜いた。


「ま、それは置いといてシロくんは明日暇?」

「うん、特に用事はないけど」

「それなら私とトレーニングしない?」


 唐突な提案にシロの思考が停止する。


「シロくん、強くなりたくない?」

「ま、まあ」


 流されるままに頷くシロ。

 二年間ただひたすらに底辺をさまよっていたシロには、いつの間にか強くなりたいという思考が欠如していた。

 しかしアリシアの姿を見て漠然とした憧れを抱いたのも事実。


「でも、僕なんかが強くなれるのかな?」


 シロは自身の手を見て悩む。

 同年代と比べてもやや小柄な体がシロにとってはコンプレックスでもあった。

 悩むシロの耳にパチンと手を叩く音が飛び込んでくる。


「大きさなんて関係ないよ」


 自分よりも大きな相手に無双するアリシアの言葉には説得力があった。


「それにシロくんはまだ育ちざかりなんだから、まずはいっぱい食べなきゃ!」


 照れくさそうに頷くシロ。その隣にフルーツで飾られた豪勢なプリンを持ったウェイターが現れる。


「お待たせいたしました」


 ウェイターがシロの前にプリンを置く。

 アリシアの頼んだ品はまだ来ないようだ。

 シロはそっとアリシアの様子を伺う。


「先に食べていいよ~」


 その言葉を待っていたと言わんばかりにシロはすぐさまスプーンを手に取る。

 カラメルをたっぷりと絡めたプリンを口にして、シロの表情は自然と笑顔になっていく。


「美味しい?」


 アリシアの問いかけにコクリと頷きながら、シロは一心不乱に食べ進める。

 しばらく時間が経ちシロがあと数口でプリンを食べ終わろうとした頃、厨房から出てくるウェイターの背中が見えた。


「お待たせしました!」


 花瓶ほどの大きさの容器に盛られたパフェが、店員二人がかりで運ばれてくる。

 それはドシンと大きな音を立てながら二人の座るテーブルに置かれ、アリシアもまたなんの反応もなく食べ始める。


「なにこれ……」


 驚きを隠せないシロに対して、アリシアは端的に「パフェよ」と答える。

 スプーンを持つやいなや凄まじい勢いで食べ進めるアリシア。あれよあれよとパフェは減り、ものの数分で無くなった。


「ごちそうさまでした」


 アリシアは両手を合わせ満足そうに頬を緩める。


「ほら、シロくんも早く食べないと!」

「えっ、あっ、うん……」


 シロは再びスプーンを手に取り、残りの一口を食べた。

 アリシアが会計を済ませて店を後にするとすぐに、シロは食い気味に問いかける。


「ねえアリシア、あのパフェっていくらしたの?」

「あれ、いくらだっけ?」


 シロが頼んだプリンですら一般人の一日分の食費ほどと、決して安いものではなかった。その何十倍もあるサイズの商品となれば、相当な金額になることは子供でも容易に想像がつく。

 圧倒的な金銭感覚の狂い。もはや只者ではないと分かっていたアリシアの素性にシロはいよいよ戸惑いはじめる。


「まあいっか。それじゃあシロくん、また明日集会場でね!」


 はつらつとした笑顔で手を振り去っていくアリシア。

 その姿を見てシロの目には彼女が悪人に見えなかった。

 シロと別れたアリシアはまっすぐに元来た道を戻る。


「ここらへんかな~?」


 独り言をつぶやきながらアリシアは路地裏をのぞき込む。

 石床にべったりと染みついた赤い液体。

 その先に立つ修道女が一人。


「お待ちしてましたよ、アリシアさん」


 杖を構えて立つ修道女にアリシアはゆっくりと近づいていく。


「やっぱりあなた達だったのね」


 ため息交じりなその声に、シロへ向けていたような優しさは一切ない。

 修道女が杖を振るうと共にアリシアの全身を青い炎が包み込んだ。

 しかしアリシアは驚くそぶりも見せずに相手の杖を掴む。


「どんなおもてなしをしてくれるのかしら?」

「それはもう、たんと盛大に」


 修道女の背後から瓜二つな修道女が続々と現れた。

 数にしておよそ二十。アリシアへ向けて一斉に杖を向ける。


「あなた達にできるかしら、私の――」


 アリシアの声を遮るように大きな爆発音が響き渡る。

 白昼の路地裏で、戦いの火蓋は盛大に切られた。

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