第3話 功績泥棒
街へ戻ったアリシアたちが集会所に寄ると、そこは盛大な騒ぎになっていた。
冒険者たちは酒を浴びるように飲み、テーブルいっぱいに並んだ豪華な料理に舌鼓している。
「なにかあったんですか?」
シロが薬草を渡しながら尋ねると、受付嬢は目を輝かせて答えた。
「レッドドラゴンが討伐されたんです!」
シロは先ほどアリシアが倒したドラゴンの存在を思い出した。
しかしその討伐報告はまだしていない。
不思議に思ったシロが首をひねって考えていると、宴会の中心からよく通る勇ましい声が聞こえる。
「今日は俺のおごりだ! みんな、腹いっぱい食ってくれ!」
濃紺の鎧をまとった黒髪の青年。酒の席だというのに片手には真っ赤な槍を握っている。
「まさか討伐したのって……」
「はい、あちらの方です!」
報酬の入った袋を渡しながらにこやかに答える受付嬢。
シロは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「シロくん、あの人と知り合いなの?」
「うん」
シロの脳裏に青年のパーティーに入っていた頃の記憶がよぎる。
異常な量の荷物を持たされる毎日。報酬もその日暮らしていける程も貰えず、しまいには森の中で囮に使われる始末。
しかしながらそんな悪行は白日の元に晒されることなく、青年の功績は冒険者間でも絶対的なものになった。
そんな彼であれば人の手柄をくすねることも、またその功績を人々が信じることも容易であろうとシロは考えた。
「青き英雄のヘリオ、この街で唯一のSランク冒険者だよ」
それが青年の通称である。しかしその名を呼ぶ声は微かに震え、にじみ出る悔しさは隠しきれないほどのものだった。
アリシアはなだめるようにシロの頭を撫で、ヘリオの方を一瞥する。
不意に放たれた凄まじい殺意。
一瞬、息も飲めないほどの緊迫感がヘリオの胸を襲った。
「どうかしましたか?」
隣にいた修道女が手を差し伸べるが、ヘリオはそれを振り払って席を立つ。
彼がこれほどの恐怖を覚えたのは、実に五年ぶりのことだった。
血に染まる荒野、押し寄せる奇怪な異形の群れ、その先頭に立つ一人の少女――
「嫌なもん思い出しちまったじゃねえか」
ヘリオはつぶやき、ひっそりとその場を立ち去る。
その様子を見てアリシアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「気分転換に甘いものでも食べに行く?」
アリシアの誘いにシロは首を縦に振る。
二人が集会所の出口へ向かうと、正面からカメラを持った少女が現れて立ちふさがった。
つば付きの大きな帽子を深くかぶり、肩からは革のポシェットを下げている。
「……誰?」
「新聞記者のカノンです!」
カノンと名乗る少女はシロを見るなり嬉々としてカメラを向ける。
「ちょっと、いきなり何するんだよ?」
「写真を撮らせてもらってます!」
パシャパシャとシャッターを切るカノンの勢いに圧倒されてシロが困惑していると、アリシアが庇うように前に出た。
「やめて、シロくんが困ってるでしょ」
アリシアはカノンからカメラを奪い、頭の高さに持ち上げる。
取り返そうと必死に飛んで手を伸ばすカノン。しかしその手が届きそうな気配はまるでない。
「かーえーしーてー!」
「だーめ、シロくんにちょっかい出さないって約束してくれないと」
「分かったから! お願い、仕事道具なの!」
カノンはカメラに指が触れると器用に掴み、空中で体をねじりながら取り返した。
「やった! 隙ありッ!」
着地すると共に再びシロにカメラを向けるカノン。しかしどれだけ力を込めてシャッターを押そうとしても指が全く動かない。
それはまるで金縛りにでも遭ったような奇妙な感覚だった。
カノンの額に冷汗がにじむ。
「どうしたの、カノンちゃん?」
表情一つ変えず問いかけるアリシアにカノンはうろたえ後ずさる。
「おっ、覚えてろ~!」
そう言い残してカノンは集会所から逃げ去った。
なにがなんだか分からずにシロはぽかんと口を開く。
「いったい何だったんだろう」
「ん~、悪い組織の偵察?」
突然飛び出した物騒な言葉にシロの表情が引きつる。
「そんな、僕たち変なことはして……」
言葉の途中でシロは思い出した。一瞬にしてレッドドラゴンを葬り去ったアリシアの姿を。
「まあ、うん。それで、偵察は返しちゃって良かったの?」
「大丈夫だよ、ちゃんと罠を仕掛けておいたから」
アリシアは不敵な笑みを浮かべながらシロの手を引き集会所を後にした。
街の中心街を通り一直線に飲食店街へと向かう二人。
その姿を路地裏の陰からカノンは注視していた。
「まったく、なんなのよあの女……」
「情報は取れましたか?」
背後から聞こえた声に、カノンは振り返って反射的にひざまずく。
そこにいたのは一人の修道女。集会所でヘリオと話していた者と瓜二つな見た目をしている。
「アリシアという女が危険です! あの者も『誓約の奇跡』を使った可能性が……」
「あら、誓約が書き換えられているわね」
修道女はカノンの声に耳を貸さず、彼女の防止に手を当てた。
「我が命ずる。汝、絶対の服従にてその身を神に捧げると――」
詠唱の途中で、修道女の視界が一瞬揺らぐ。
『捻じれろ』
修道女の耳にだけ、確かにそうささやく女の声が聞こえた。
「えっ? あっ……」
自身の指先があらぬ方向へと曲がりだしたことに気付き、修道女はすかさずもう片方の手で押さえようと試みる。が、その手も同じように曲がっておりまともに止めることができない。
「カノン、命令です、これをッ……コッ……コヒュ……」
みるみるうちに不自然に捻じれていく修道女を前にして、カノンは茫然自失と硬直する。
血を吐き、転げまわり、ものの数秒で修道女は無残な姿と化した。
数歩先の喧騒が随分と遠くに聞こえる。
身の毛がよだつ惨状を前に、カノンは自身が本当に関わってはいけない存在と関わってしまったことを理解した。
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