第2話 不幸にも一般通過ドラゴンが

 二人はボザットからせしめた金で服と防具を新調し、街の外れに訪れた。

 人気のない路地裏で、アリシアがシロの肩をぐっと掴む。


「アリシア……さん?」


 突然の接触に体を強張らせるシロ。

 次の瞬間、二人はまばゆい光に包まれた。


「あれ、ここは……」


 ゆっくりと視界が広がり、無数の木に囲まれた簡素な小屋が見えてくる。

 街から程近い森に作られた仮拠点、シロもよく知る場所だった。

 突然のことに驚くシロに対して、アリシアはどこか満足げな表情を浮かべる。


「……これは?」

転移魔法テレポートだよ。」


 はじめて見る魔法にシロは目を輝かせた。


「すごい! 他にも魔法使えるの?」

「五元素魔法はひと通り。それと、こんなのも使えるよ」


 アリシアが指を鳴らすと、彼女を中心に森全体へ波紋のように魔力が流れた。


捜索魔法サーチ、これで森にいる全ての生物の位置が分かったよ」

「ええ!? じゃ、じゃあ、この近くにいるモンスターはどんな奴?」


 半信半疑で尋ねるシロ。

 しかしアリシアが答える前に、それはシロの目に映った。

 真紅の鱗に覆われた広い翼が、二人から陽光を遮る。

 レッドドラゴン──Aランクの冒険者がチームを組んでようやく倒せるようなモンスター。


「え〜っとね、大きいトカゲさんだよ~」


 刹那、耳をつんざく咆哮と共に、灼熱の烈風が二人へ襲い掛かる。

 逃げる間もなくシロは背を向けて頭を隠すようにしゃがみ込んだ。

 しかしいつまで経っても熱さ一つ感じない。

 不思議に思ったシロが顔を上げると、二人の周囲を水の膜が覆っていた。


「一応、五元素魔法は使えるって言ったでしょ?」


 歪み一つない半球体を、衝撃を受けても一切揺れない出力で展開する。

 とても「一応」で使えるものではない。


「それに私、本職はこっちだよ」


 そう言ってアリシアは素早く弓矢を構え、じりじりと弦を絞る。


「いい、シロくん。私たちは狩る側なんだから、相手に恐れを抱いちゃダメだよ」


 ドラゴンはブレスを止め、低空飛行で二人に向かって突進を始めた。

 風を切る巨大。音を置き去りにした何かが、その頭部をかすめる。

 次の瞬間、その巨体はバランスを失ってアリシア達の横を通り過ぎていった。

 木々を薙ぎ倒し、10メートルほど先で止まったドラゴン。

 呆気に取られたシロが振り返ると、アリシアの手からは矢が消えていた。


「邪魔者も消えたから、薬草を取りに行こっか」

「ハッ、ハイ……」


 シロは従順に頷いた。

 森には道らしい道がなく、二人は茂みの薄いところをかき分けて奥へと向かう。

 前を歩くシロは地図を持たずに、しかしながら迷う素振り一つなく順調に足を進める。


「シロくん、この森に詳しいんだね」

「まあ、いつもここら辺の依頼しか受けないし。アリシアさんはこの辺の人じゃないよね?」


 口走った後でシロはハッと口を押さえた。

 各地を転々とする冒険者には訳ありの者が多い。それ故に互いの詮索はすべきではないという不文律も存在する。

 が、問われたアリシアはそれを咎めることもなく、どこか物悲しい面持ちで頷いた。


「私、ずっと旅をしてたの。仲間を失って、帰る場所も無くなって……」


 先ほどまではあれほど強そうだったアリシアが見せる哀愁。

 シロはアリシアの手をそっと握り、優しく微笑んだ。


「じゃあさ、もしアリシアさんが良ければ……リノイで一緒に暮らそうよ」


 抱きついて白髪に顔を埋めるアリシアを、シロは優しく抱き返す。


「シロくん……ありがとう……」


 声は震えて、手には力が入り、アリシアはニヤケ笑いを堪えられずにいた。

 彼女の言葉には何一つ嘘はない。ましてや悪意もなく、シロに害を与えるつもりもない。

 ひとえにアリシアはシロのような子どもがタイプだった。

 シロのつむじに鼻を当てて大きく息を吸い込むアリシア。


「いっ、痛いよ、アリシアさん!」


 思わず抱きしめる力が入り過ぎていたことに気づき、アリシアはシロから手を離す。


「ごめんね! あっ、でも一緒に暮らすなら"さん"付けはやめてほしいな〜」


 どさくさ紛れにアリシアは願望を発露する。

 流されるがままにシロはこくりと頷いた。


「わかったよ……アリシア」


 不慣れな呼び捨てにアリシアは満面の笑みを浮かべた。

 シロは顔を赤らめ、また歩き始める。

 森の中を更に20分ほど進み、緩やかな斜面を登ったところで二人は足を止めた。


「着いた!」


 泉のほとりに広がる若々しい緑の葉。

 シロは大きな麻袋を取り出して広げる。


「これ全部が薬草?」

「そうだよ。ここは他の冒険者もあまり立ち入らないみたいだから、いっぱい採れるんだ」


 慣れた手つきで足元の薬草を摘むシロに、アリシアは感心の眼差しを向ける。


「精霊の仕業かしら……」


 先ほどの捜索魔法でもこの場所は見つけることができなかった。

 何者かが意図的に隠匿したとしか考えられないこの場所に、何度も足を運んでいるようなシロの言動。


「ねえシロくん、ここって誰から教えてもらったの?」

「教えてもらったんじゃないよ。前に他の冒険者とはぐれたときに、たまたま見つけたんだ」

「たまたま、ねぇ」


 それが偶然ではないことにアリシアは勘づいていた。

 精霊は清く正しい者を好み加護を与える。

 この地へ立ち入ることができるのも、そんな加護あってのことだろう。


「袋がいっぱいになったら教えてね。また転移魔法を見せてあげるから」

「うん、すぐに終わるから待っててね!」


 導かれたのはシロであり、他の者はあくまで付き添いに過ぎない。

 それを弁えてアリシアは薬草に触れることなく、ただじっとシロを見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る