あいいろ 1人台本 不問1

サイ

第1話




僕は猫である。


半月ほど前、この屋敷にやってきた。


異邦人の歌う歌から、名前はチピと名付けられた。


正直、小ささをバカにされているような気がして、気に入らない。


いつか、うんと大きくなって、人間を見返してやるのだ。






この屋敷はとても大きい。


敷地内全てをまわるのに、約1週間かかったぐらいだ。


…途中、迷子と思われて引き戻されたからというのもあるが。


しかし大きいことに変わりはない。


なにせ、この屋敷には池があるくらいだ。




水面に月が浮かぶ。


僕はちょいちょいと水面に触れてみる。


まんまるだった月はゆらゆらと揺れて、ぐにゃりと歪んだ。


水に触れるたび、丸い形に戻ろうとする月を邪魔しているようで、少し面白い。


もっと月をいじめてやろうと手を伸ばしたとき、池の真ん中から水音が聞こえた。




…月が怒った?




おそるおそる水面を覗いてみると、池の中には鯉がいた。


怒っていたのは鯉だったらしい。


気持ちよく寝ているところに僕が水を揺らしたせいで、目が覚めてしまったようだ。


生意気な魚め、と思ったが、よく見るととても大きいことに気づいた。


…下手したら、僕が食べられるかもしれない。


僕は頭を下げながら、おそるおそるあとずさりした。






この屋敷はとても大きい。


大きさの割に、住んでいる人間はさほど多くはないようだ。


僕を飼いたいと言った子どもは、昼も夜もベッドに横になっている。


あとは、よく掃除をしている人、よくお料理をしている人、よくお洗濯をしている人。


大きいのはせいぜい5人くらい。


この間子どもが「ととさまと かかさまは いつ帰ってこられるのですか」と聞いていたから、おそらくどれも親ではない。


遠目から子どもの部屋を見ていると、夜風がびゅうっと吹いて、身震いした。


ちょっと布団に失礼するか。




子どもの足元からのそのそと潜り込む。


すると子どもが、「チピ?」と声をかけてきた。


寝てると思ったんだけど。バレちゃった。


「チピ、こっちにおいで。」


くぐもった声が布団ごしに聞こえる。


「いい子だから、ちょっとぎゅっとしてもいい?」


枕もとまで行ってやると、ちょっとどころではない強さで抱きしめられた。


「今夜は冷えるね。」


なるほど、こうしていると、たしかに あたたかいかもしれない。




自由に泳いでいるように見えて、実は池に囚われている鯉のように、


この子どもも、僕も、この屋敷に囚われている。


どうにか抜け出しても、池から、屋敷から出れば、生きてはいけないんだろう。




月はいいな。


空にも池にも、僕たちの夢にも行けるのだから。




僕はゆっくり、まぶたをおろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいいろ 1人台本 不問1 サイ @tailed-tit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る