第2話 The Air-conditioned Equations(2)

 ありえない声がした。二重の意味で。


 声がする。

 それ自体がありえない。

 ここは孤立して通信も途絶えたガンボートの中だ。

 通信が復旧する望みなんてない。


 さらには、その声に聞き覚えがあった。


「ルーファス!」

「先輩、あきらめちゃダメっすよ」

「どうして……生きてたのか?」


 さっき爆散したはずだ……いや、もしかして見間違いだったのか?


「いえ、死んだっす」

「おいおい、じゃあ幽霊かなんかか? まあ、俺ももうすぐ仲間入りだろうけど……」

「えー、シリコナイズ希望っすか? そりゃあウェルカムっすけど……」

「まて……お前、そっちだったのか……」

「あー、大丈夫っすよ。完全オフラインっすから」


 この男、ルーファスはどうもシリ種だったらしい。

 シリ種、あるいはS種、すなわちシリコノイドは、情報ネットワーク上で生まれ、生活して、死ぬ人格で、一部の国をのぞけば一人の人間として権利も認められているし尊重されている。

 その起源については所説あるものの、少なくとも現在存在する彼らは情報ネットワーク上で生を受けた生物であるのは間違いがない。


 問題は、彼らに対して我が国、アルカティス共和国がひどい扱いをしているということで、入国(すなわち情報ネットワーク上でのそれ)は例外なく禁止され、国内のネット上には一人も存在していないことになっているのだ。


 見つかれば死刑とされ、その非人道的な扱いに対して各国から非難の的であり、何なら俺たちが戦っている戦争もそれが原因だったりする。


 その戦場に、よりによって共和国側でシリ種のルーファスが参加しているのはひどい冗談だと思う。


「……ってことは義体じゃなく、受肉ってことか」

「そんなことで軍の身体検査が通るわけないじゃないですか。転化ですよ」

「それは……思い切ったな」


 彼らシリ種が我々カル種(カーボノイド)の世界で活動するには、肉体が必要になる。なお、この肉体のことを『実体』と言うと人種差別らしい。『実』の反対は『虚』、情報ネットワーク出身の彼らの存在を虚ろだと称することが侮辱だということらしい。


 義体はロボットを用意して操作すること、受肉とはシリ種に合うような脳構造の人体を培養して、そこに入るということである。

 それに対して転化というのは脳構造も含めて完全にカル種と見分けのつかない人体を培養して、そこに入るということで、これは他の2つの方法に比べて重大な欠点が存在する。

 義体や受肉は設備と準備が万全なら一瞬で情報ネットワークとこちらを行き来できるのだが、転化は専用の設備を使って数日かかるのだ。


 そういえばこういう知識も、ルーファスとのプライベートな雑談の中で知ったのだった。


「そう、転化してたはずなんすよ……ほんとなら撃墜された時点で僕も死んじゃうはずなんすが……なんでか戻ってこれちゃったんすよね」

「……ってどこにいるんだ? ある程度のメモリ領域が必要だろ? それも汎銀規格のメモリが」

「そうなんすよね……だから死んだと思ったショックもあったし状況を確かめるのに手間取って声かけが遅れちゃいました。ほんとなら先輩の助けになれたはずなんだけど……って、僕の場所っすね……実はこの艇の中にあるんすよ。汎銀規格のメモリ領域が……」


 汎銀規格、略さずに言うと汎銀河情報ネットワーク適正規格だが、要は我が国みたいな遅れた国以外のネットワークに使われている高規格のメモリだ。

 彼らシリ種はそのメモリ内に自分の人格を保持し、自分の生活する場所を形作って暮らしている。エラーが無く、超高速なメモリで、シリ種にとって安全な領域ということになる……ってこれもルーファスから教えてもらった知識だな。


「じゃあお前は今メモリん中か?」

「そうっすね。とりあえず電力さえあれば快適っすよ」

「それはよかったが……」

「なんで一瞬で転化戻しができたんすかね?」

「そうだよなあ……ってか、お前がわからんかったら俺にゃあお手上げだよ……それより、電力だって残り少ないだろう?」

「そうっすね。まあ数時間でも延命できたなら儲けものかな。少なくとも心構えはできるし……」


 そんなことでいいんだろうか……

 もちろんルーファスはシリ種である以上は、外見年齢が人格の年齢と一致しないかもしれない。

 もしかすると200歳を超えて死に場所を探していた老人という可能性も無くはないが、それは違うはずだ。


「でもお前も若いだろ? 悔いとかないのか?」


 話している感じからは年長者という雰囲気はしなかったので10代ということはなくてもそれなりに若者なのだと俺は感じていた。


「でも……しょうがないっすよ……それに……」


 そこでルーファスは言いよどんだ。

 こういう時に顔が見えていないと雰囲気がわからなくて不便だ。

 対面なら息継ぎとか表情とかで雰囲気を察することができるのだが、呼吸の必要がないルーファスはそのインフォメーションすら俺に与えてくれない。


 そこで、急にディスプレイの表示が復活した。

 ただし最低限の殺風景なコンソール画面だ。


『電力の節約だからこっちに切り替えるっす』


 そんなに違うかな?

 スピーカーとディスプレイだけど、どっちが省エネかは俺にはわからない。ルーファスにはわかっているんだろう。

 その時ふと思いついた。


「電力を最低限にしたらお前だけでも何日か、何か月か生き延びられるんじゃないか?」


 それは費用対効果の問題だ。

 俺と違って呼吸する必要も水や食物を摂る必要もない。

 最大限頑張っても数時間の俺があきらめて残りの電力をこいつの生命維持に使う。

 別にそうであっても一向にかまわない。

 それぐらいにはこいつと友情を育んでいたと思う。


『待つっす。それじゃ本末転倒っすよ。意味ないっすよ』

「意味?」


 本末転倒とまで言われるような心当たりはない。

 俺が不思議に思って首をかしげていると、ルーファスは続けた。


『……どのみち、二人とも未来はないっす。だから……せめて最後に……いや……』


 そこでまたディスプレイがブラックアウトする。

 一瞬後、再びスピーカーから声が聞こえる。


「やっぱりこういうのは声で伝えるべきっすね……僕、ずっと先輩のこと好きだったっす……できれば、末永く人生を共にしたかったっす……」


 驚いた。

 確かに、仲良くしてくれているのはありがたいと思っていたが、彼がそういうことを思っていたとは気づかなかった。

 考えてみれば、あれだけの人間がいながら、ガンボート部隊では色恋沙汰が無かったな。それを考えると投薬かなんかで感情が抑制されていたのかもしれない……っと、今はそんなことを考えている場合じゃなかったな。


「……やっぱり、男同士じゃダメっすか? それとも僕みたいなSだと恋愛対象外っすか?」

「いや……まあ、全然アリだと思う。別にそういうことに偏見なんて無いぞ」


 同性愛や異種族愛にかかわる障害は全部科学によって解決されている。

 同性だから子孫を残せないということもないし、C種とS種だって問題ない。


「それじゃ……」

「面食らっただけだ。うん、うれしいよ。すくなくとも、人生を一緒に過ごすのは嫌じゃない……いや、そうしたいと思う」


 別に投げやりになって、とかそういうのじゃない。

 単に、そういう気持ちを向けられたのが初めてで、俺はそれがうれしいと思った。

 ただそれだけだ。


「……やった、じゃあ僕たち晴れて恋人同士ってことでいいっすね」

「ああ、そうだな。よろしく、ルーファス」


 俺は喜色が感じられるスピーカーからの声に、苦笑しながら返事する。


「できればルフって読んでほしいっす……って……やっぱり照れちゃいますね」

「じゃあ俺もラズで」

「はい、ラズさん」


 俺の本名はラザルス・カタン。

 カタンは孤児院の名前だから、俺個人の物といえるのはラザルスの部分だけだな。

 そして、「ラズ」と呼ばれるのも孤児院時代の仲が良かった連中以来だ。


 ルフはそこで一つため息をついて続ける。


「あーあ、せっかく両想いになったのに抱き合うことも、手をつなぐことさえできないのは困りものっすね」

「そうだな。でもまあ、こういう終わり方も悪くない。少なくとも一人で死ぬんじゃないからな」

「二人で永遠に宇宙旅行っすか。なんかロマンチックかも」


 そういうことになったので、生命維持装置を切るのはなしになった。

 あとせいぜい2、3時間だろうが、俺はルフと一緒に人生を終えようと思う。

 少なくとも、爆散するよりは全然上等だ。


 コンコン……コンコン

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