義姉(あね)の手を取り宙空(そら)を駆け、虚妹(いもうと)と一緒に電海(うみ)を行く

春池 カイト

第1話 The Air-conditioned Equations(1)

 『英雄』になるのは簡単だ。


 死ねばいい。


 とか考えていると、視界の隅で爆発が見える。


 ほら、また一人英雄の誕生だ。


 操縦中は視界拡張テレコが行われているので、裸眼でとらえたわけではないが、あの位置は……で、発射の起点があっちで……ああ、大丈夫だな。俺は狙われていない。


 英雄の誕生、すなわち兵士の死亡だ。客観的にはそこに祝福も栄光もないし、できればごめんこうむりたいのだから、注意するのは当然だ。


 仮想の操縦桿を激しく左に倒し、進路と向きを調整する。


 再度安全確認、戦場すべての状況と味方の配置を確認して……よし、問題ない。


 俺は仮想の右人差し指で仮想のトリガーを引き、敵を打ち抜く。


 視界の端に浮かぶ戦況報告から、ハイライトされた自分の戦果を確認……敵ガンボート3隻か……まあまあだな。


 視界拡張テレコでも敵の姿を見ることなどできない。

 遠すぎるから。


 敵を見ても次にどこを狙っているかなどはわからないし、こちらの攻撃が当たったかどうかもわからない。

 だから俺は……味方の配置を見て敵が狙いそうな場所を予測し、母船の高性能な観測機器から戦果を確認する。


 それが戦法として正しいかどうかはわからないが、まああと少しで任期が満了するぐらい生き残っているのだから正しいんだろう。


 聞いた話では、小型艇パイロットがエリートの仕事だった時代もあるそうだ。

 だけど今のガンボート乗りなんて一山いくら、数字でしか記録に残らないような最底辺層の仕事だ。

 艇の数が数千、死亡率も高くて一戦すれば最低でも数百、負け戦だったら3000人以上死ぬこともありうる。

 出撃前に軽口をたたいていた奴と二度と会わないなんていうことも珍しくはない。


 だから、あんまり他人とはかかわらないようにしている。

 良好な人間関係よりも、自分が、自分だけは生き残るということに全ての時間を使ってきた。

 あまり社交的とはいえない20年の軍歴だったが……なに、人間らしさなんて退役してから身につければいいや、と思っている。


 ふと、視界に何か気になるものが横切る。

 

 ああ、あれはアイツだな……

 動きに癖があるからわかる。


 何事にも例外はある。

 最近、なぜか俺の周りをうろつく奴がいたのだ。

 まだ少年といってもいいぐらいの若い男なのだが、待機や休憩の時にもよく話しかけてくる。

 俺としては積極的に行かないだけで、向こうから来る分には邪険にしているわけじゃない。

 アイツとしては、何らかの打算なのかもしれない。

 パイロットの中で圧倒的に古株で生き延びてきている俺だったら、生き残るすべを知っている、とかそんな感じかもしれない。

 別に俺自身に門外不出の技とかはないので、戦い方を聞かれた時はそれなりにアドバイスなんかもしてやっている。

 そのおかげか、少なくともここ数年にわたってアイツはちゃんと生き延びてきた。


「あっ……」


 思わず声が出てしまった。

 今まで生き延びてきたアイツの機体が敵レーザーの直撃を受けて爆発した。

 腹のあたりがズンと重くなった気がする。

 ちくしょう……

 これだから知り合いを作るのは嫌なんだ。


 俺は、こぶしを握って右側頭部をガンと殴る。

 ヘルメットだしグローブなので、別に痛くはないが、無理にでも気持ちを切り替えないと俺のほうがやられてしまう。

 いわばルーティンの一つで、いつもは両頬を平手で叩くのだが、左手は機体の制御に一時でも離すわけにはいかないから出撃中はこうして代替することにしている。


 幸い、心の中の動揺は、長年の経験に助けられて機体の動きに影響として現れることはなかったようだ。

 以後の戦闘は無難に乗り切り、そして帰還命令がモニタに表示される。


 リザルト――敵フィールド艦2隻撃破、大破2隻、中破4隻、小破7隻。こちらはフィールド艦2隻がやられ、中破7隻、小破2隻。


 元はこちらが19隻、向こうが22隻だったので不利だとも言えるが、フィールド艦同士の戦いだと1割2割の差は戦力差になりえない。


 だからといって、パイロットの腕が差を決めるというものでもない。

 それこそただ出撃数と損失数でしか記録に残されない程度の軽い扱いしかされず、個人の腕の差は本人の生還率にのみ影響すると言われている。


 フィールド艦。

 現在の宇宙戦における主力艦種であり、複数の艦が散開して間にフィールドを形成し、そこに多数のガンボートを放って撃ち合いをさせるものだ。


 昔の創作物、それこそ宇宙進出以前のものを当たってみてもこんなへんてこな艦種が主力になるなんていうものは見当たらないが、これは宇宙戦というものを一回経験してみれば理由がわかる。

 宇宙では戦闘があっても互いの距離が離れすぎている。

 ミサイルは推進剤が足らず、質量兵器も簡単に避けられる。光線兵器は有効だが、それだって向かってくる方向がわかっていれば重力シールドで完封されてしまう。


 だから光線兵器の発射点が広範囲に散らばるフィールド・ガンボート戦術が、大規模な戦闘においては唯一の正解ということになる。

 

 戦闘が始まると各母艦が上下左右に散らばり、そしてフィールドを張ってガンボートを出撃させる。フィールドの形はパラボラアンテナのようにちょっとへこんだ平面上にして、相手からの攻撃が分散するようにする。

 互いに狙うのはフィールドを張っている母艦がメインだが、これはシールドが固いため相当のビーム本数と照射時間が必要になる。

 俺のようなベテランになると、それより敵ガンボートの集中する場所を狙うほうが成果が出たりもする。


 もっとも、それは視界拡張テレコによって敵味方のガンボートの分布を瞬時に把握し、狙われないように移動しながら効率的な場所を狙うスキルが必要になる。


 とりあえず、今日のところは満足いく戦果だったので、今日は酒がうまいだろう。


 俺は最寄りの期間可能なフィールド艦に帰還予約を申請して、ガンボートの進路を向ける。

 フィールド、と呼ばれるが、これは単独のフィールドではなく実際には位置保持用の斥力フィールド、機動や砲撃のための電力を供給するエネルギーフィールド、さらに味方内でのデータ共有を可能にする情報フィールド、簡易的な防護(ほとんど意味がないが)用の防護重力フィールドなどが多層重ねられているので、ガンボート自体には防護機能もなければジェネレーターも搭載されていない。


 ただ、気密の保たれた操縦席に大出力のレーザー砲、姿勢制御用のちょっとしたスラスターだけを搭載した単純なものだ。


 そんなわけで、母艦が撃墜されて帰れないということがあれば、たちまち戦場の塵として散ってしまうちっぽけな存在なのだ。


 ピピーッ


 うん?


 これはエラー音だ。

 戦闘中に聞きたくない音のトップ3には入る音だ。


 宇宙空間は真空だから音の伝達は無い。

 近くで味方が爆発――またさっきのアイツのことが胸をよぎってちょっと気が重くなる――今日は強い酒でも飲んで早く寝よう。いや、そういう暗い話ではなくて、宇宙で爆発があってもそれが音として聞こえることなどない。


 だから、嫌な音トップ3というのは、破片が船体に当たる音、船体がきしむ音、そしてこのエラー音だ。


 もともと音のない戦場だからこそ、聞こえる音はどれも重大だ。

 視線を端末の表示に向けて確認する。


「うん? これは……帰還申請却下?」


 どういうことだ? いっぱいなのかな? あるいは損傷でもあったのか?

 俺は流れるように申請を取り消して次に近い艦に申請しなおす。


「いけそうな所に申請したんだけどなあ……」


 だが、たまにこういうことはありうる。

 特に設備が優れた艦だったり、きれいな新造艦だったり、少々離れたガンボートからも帰還申請が殺到して、却下されることはある。


 今回もそういうことなんだろう、と思ってボートの進路を変更する。こんなことで腹を立てていたら長年ガンボート乗りなんてやってこれていない。


 ピピーッ


「え?」


 再びのエラー音。

 

 おかしいな。こんな偶然が続くことなんて……


 ピピピピピピピピピピピ……


「嘘だろ? まさか……」


 これは戦場で聞く嫌な音のトップ3には入っていない。

 だが、その深刻さにおいてはトップ1とも言える。


 なぜなら……


「フィールド喪失? どうしてだ……」



 この音を聞いた者が生還することはありえない。

 だから言い伝えとして残ってはいないのだが、その意味だけは最初の講習の時に知らされる。


 その時の教官の言葉を思い出しながら、俺は冷や汗を流しながら様々なスイッチを操作する。

 通信、電源回路、推進機……を確認している最中に完全にフィールドからの電力供給が切れる。


 慌てて、生命維持回路以外の電力を遮断する。

 とにかく1秒でも生き延びることが最優先だ。


 フィールド喪失は通常、味方フィールドの範囲外に飛び出してしまったとか、味方艦の喪失によってフィールドが消失した場合に起きる。

 前者だとすでに速度がついていることがあり、宇宙のかなたに飛んでいくだけだし、後者の場合は戦況が思わしくなく、そのまま母艦と運命を共にすることになる。


「いや、今回の場合はどちらでもない……とすると、多少は希望が持てるか……」


 単なる事故、不具合、ということだろう。

 通信を再起動して呼びかければきっと何らかの反応があるだろう。


 フィールドの張り直しまではコスト的にだめでも救難艇ぐらいは出してもらえるだろう。


 なんせ、軍歴20年の大ベテラン。

 時代が時代ならエース、トップガンだ。

 それなりに軍に貢献してきた自負はある。


 有象無象のガンボートパイロットに過ぎないが、その中でもそれなりに価値はあるはずだ。


 ………………

 …………

 ……


 だが、応答は無かった。

 考えてみれば当たり前だ。

 通信すら通信フィールドを介しているのだから、それがないこの場所で通用するはずがない。


「……本当に俺たちは……命が軽いよな……」


 あきらめて座席の背もたれにもたれかかる。

 もう、敵からの攻撃が来ることはないからヘルメットも外す。

 最後の進路のまま慣性に従い、この艇はすでに戦場からは半ば離れつつある。


 大きく息を吸う。

 この空気も数時間後にはなくなってしまう。


 バッテリーに残った電力で生命維持可能な時間はそれぐらいだろう。

 俺は数時間後の死を認識し、覚悟した。


「考えてみれば、下んねえ人生だったな」


 辺境の開拓惑星で生まれ、すぐに捨てられて孤児院で成長した。

 孤児院出の就ける仕事なんてガンボート乗りか未開惑星開拓兵、人の嫌がる仕事ばっかりだ。

 その中で俺と数人の友人はガンボート乗りを仕事に選んだ。


 どうせどこかでのたれ死ぬとしても、気持ち悪い未開惑星の怪物に食われるのは嫌だというのが理由だった。


 それに、軍の場合は首尾よく勤め上げればそこそこレベルの高い市民権が得られるというのがうたい文句だった。

 地方政府所属の開拓兵やその日暮らしのどぶさらいではこうはいかない。


 高レベルの市民権は、就ける仕事の枠が広がるし、そのための教育、保障なども優れている。

 20年間勤め上げて35歳。

 医学の発達した今なら200年程度は健康な人生を続けることも可能だ。それにも上級市民であることが必要だが……

 35歳で一から教育を受けても高学歴を必要とする医師や弁護士に就くことだって夢ではない。


 ともかく、そのようなうたい文句に騙されて、俺以外は全員『英雄になった』。


 同じ孤児院出身者は家族と同様の扱いらしくて、たとえ戦場が離れていてもその情報だけは得ることができていた。


 だからまあ、せめて最後の生き残りである俺ぐらいはしっかり成功して、上級国民資格を得てやろうと、そして英雄慰霊碑なんかではなく、個人個人の名前を刻んだ墓でも建ててやろうと、そんな望みを抱いていた所だった。


「ままならねえな……」


 だがこれでご破算だ。

 結局俺も『英雄』の一人として慰霊碑の中のチップの片隅に、書き込まれて以降一回も読まれることのない名前データとして残るだけになるだろう。


「さて、どうしようかな……」


 いくつか選択肢がある。


 すぐ死ぬか、楽に死ぬか、長く苦しんで死ぬかだ。


 今すぐハッチを開ければ真空にさらされてすぐ死ねる。


 こうした場合に必要とされる平穏薬ピースキーパーを使えば、眠るように死ねる。

 ちなみに備品ではないので自腹だ。

 まさか使うか迷うことになるとは思わなかったが、自腹で備えることができる安心パック(高度な視覚拡張デバイス、快適なシートなどの生存率を上げるとされる装備一式)に入っていたツールボックスに、それも入っていたのだ。


 そして、最後にこのまま息をひそめて生命維持の限界まで過ごすかだ。


 残念ながらもう助けが来る見込みはない。

 一瞬視覚拡張を再起動して確認すると、すでに自軍も敵軍も撤収し始めているのがわかる。


「苦しいのは嫌だな……だが、自殺というのも気分が悪い」


 自殺を禁じる宗教なんて過去のものだが、自分は個人的には好みではない。


 外国ではシル種、つまりシリコノイドはその性質からして自殺せざるを得ないので、自殺を忌避するということ自体が差別主義、レイシズムととられかねないのだと聞いたことがある。だが我が国ではシル種の人権どころか存在自体認められていないので、そのことが由来で自殺に寛容になったというわけではないだろう。


「まあ、ここに至ってはしょうがないか……」


 俺は、暗いコックピットの中でツールボックスを手探りで探り当てると、その中から平穏薬ピースキーパーを手に取る。


「いざ……となると踏ん切りがつかないもんだな」


 手に取った平穏薬ピースキーパーの注射器を手でもてあそびながら、俺は視線を前方に向ける。


 生命維持を最低限にしているのでだんだん寒くなっており、それによる結露でガラス(実際にはガラスではないそうだが)が曇ってきている。


 俺は、曇ったガラス(的なもの)を指で拭って、外を見る。


 もうあたりには艦の姿は見えず、ただ暗い中に星が多数見えるだけだ。

 戦場の残骸も確認できないということは、自分自身も戦場から離れているのだろう。


 最後はどこかの星に落ちるか、星の大気で燃え尽きるか、だが宇宙の広さと星の密度を考えると何万年も何億年もそのまま等速運動を続けることになるのが、可能性としては高いだろう。


 そういうのも、ちっぽけな孤児上がりの終わり方としては贅沢なんじゃないのかな、とも思う。


 俺は最後に大きく深呼吸をして、そして注射器を握った。


「……ちょっと待つっす」

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