第2話 神の降臨

何処までも広がる草原は終わりが見えない。どんなに歩こうが景色が変わらないので本当に進んでいるのかすら分からない。賢は舌を出し肩で息をしていた。喉が水を欲してやまない。


「喉が渇いた…水が飲みたい…何でこんな所に転移させたんだ…普通は始まりの街とかチュートリアルイベントがあるだろ…」


賢は限界を迎えその場に座り込んでしまう。もう一歩も歩く事は出来ない。するとすぐ近くからベチャッベチャッと音がしそちらに目を向ける。


「あれは…スライムか…?」


目線の先に緑色のドロドロの塊がゆっくりと跳ねながら近付いてくる。大きさは賢の膝下程しかない。スライムと言えば雑魚のイメージだが果たしてこのスライムも雑魚なのだろうか?最近のアニメではスライムに転生して無双してたり、スライムを使役して最強になってたりする。賢は震える足で無理やり立ち上がり距離をとる。


「落ち着け…これはチュートリアル戦闘だ…」


だが賢は武器もなければスキルの使い方も分からない。何て不親切なのだろうか。


「取り敢えず、魔法が発動するか試すか」


跳ねるスライムに手の平を向け声に出してみる。


「ファイヤーボール!」


だが何も起こらない。その後もサンダーボールやアイスボール、サンドボールなど定番な魔法を言っては見るが何も起こらない。


「ふざけんな!異世界と言えば魔法だろうが!何も起こんないぞ!いや待てよ…まさか…」


スライムがベチャッベチャッっとゆっくりだが近付いてくる。賢は意を決したように深呼吸をする。そして最高にカッコイイポーズを決めながら詠唱する。


「黒き炎があのか弱きモンスターを焼き尽くす。深淵より燃え上がれ!エクスプロージョン!」


するとスライムを中心に怪しく輝く紫色の魔法陣が展開され始める。その魔法陣はどんどん広がっていき、賢の足元を過ぎ草原を包んでいく。輝きは少しづつ光を強め、目を開けているのも困難になる。


「嘘だろ!?明らかにヤバすぎる!逃げな…」


その瞬間だった。賢は漆黒の光へと包まれる。何処までも広がる草原に真っ黒な炎の柱が立ち上がり、全てを焼いていく。黒き炎は天まで届き、白い雲を飲み込み青空を黒く染めていく。何処までも黒き炎は登っていき、そして徐々に収縮して消える。そこには何も残らなかった。草原は無くなり、焦土と化していた。賢はその中心で全裸で気絶していた。



西の空に漆黒の炎の柱が立ち上がる。それを見たエルフ達は叫び出す。子供は泣き喚き、老人達は世界の終焉を嘆き、大人達はその光景を唖然と見つめるか、大きな声を出し恐怖に震える。サレーネはその光景を目にし走り出す。


「サレーネ!ダメだっ!!」


サレーネの父は母を抱いたまま、叫ぶがサレーネは構わずに禁足地アンチ大草原へ向かっていった。確認しない訳には行かない。長年、私達エルフを苦しめていたエンシェントレッドドラゴンがどうなったか。サレーネは今まさにその伝説的大害悪モンスターと誰かが戦っている予感を感じて走っていた。サレーネが大草原手前で黒炎の柱が消えるのを目撃する。この辺りまでまだ熱風が吹いている。


「何て熱気なの…!このまま進むには危険すぎる!」


サレーネは魔法を唱える。すると、自分のすぐ横に小さな青い可愛らしい精霊が現れ飛ぶ。


「サレーネちゃん!一体どういう状況!?」


「わからない…大草原で何かが起こってる」


「とんでもない量の魔力の渦が向こうで渦巻いてるわよ!行くのは危険すぎるわ!」


「お願い!多分、エンシェントレッドドラゴンと誰かが戦ってる!」


青い精霊はたじろぐ。幾ら何千年も生きている彼女だろうが、例外なくエンシェントレッドドラゴンに恐怖しない者はいない。それだけ凶悪で伝説のレッドドラゴンは恐ろしい存在なのだ。


「わかったわ…ただ危ないと思ったら、必ず私の指示に従ってね。サレーネちゃん」


「ありがとう。ウンディーネ」


ウンディーネは魔法を使いサレーネを水の膜で覆う。これでどれだけ熱くても防いでくれる。2人は大草原へと向かう。


2人は禁足地アンチ大草原に辿り着く。そこは火山地帯と勘違いする程に変わり果て、溶岩が流れ出し熱線を吹き上げている。熱気が水の膜の上からでも僅かに感じる。


「恐ろしいわ…こんな事…イフリートでさえできない…」


ウンディーネは大精霊の1柱の火を司るイフリートの事を言っているのだろう。ならば一体どんな者がこの様な事をできるというのだろうか。サレーネは改めて恐怖を覚える。


「ウンディーネに心当たりはない?」


「ないわ…あるとすれば創造神の降臨よ…」


この国で広く信仰のある創造神アレキウスが降臨したとなれば教会が黙っては居ないはず、直ぐに確認しなくてはならない。2人は浮遊魔法で一気に飛んでいく。地が割れ、溶岩が至る所から溢れ出し、見渡す限り地獄と化している。


「サレーネちゃんっ!」


突然のウンディーネの声にサレーネが驚き止まる。ウンディーネを見るとある一点を指さしている。見てみると、大きなドラゴンの白骨が今も尚、黒き炎で炙られている。エンシェントレッドドラゴンの骨で間違いなさそうだ。


「まさか…ドラゴンが死んだ…?」


「サレーネちゃん本格的にヤバいわ…エンシェントレッドドラゴンは魔法に高い耐性がある上、火に対しては完璧な耐性があるの…それなのに炎で焼け死んだ…この黒い炎…たぶん原初の炎よ…」


ウンディーネが震えている。大精霊がここまで恐怖して震える所をサレーネは初めて見た。それだけ危険な炎だって事は分かる。だが…


「エンシェントレッドドラゴンの骨を幾つか持っていくわ」


「正気!?あの炎は私がどうこうできるものじゃないのよ!?早く逃げなくちゃ!」


「炎がない所を少しだけだよ。村の人達に知らせるには持っていかないと」


ウンディーネが大きくため息を吐き、魔法を唱える。何重にも水の膜がおおい、熱を全く感じなくなる。それどころか寒い。


「私はあれには近ずけないから、サレーネちゃん1人で行かないとダメよ。ごめんなさいね」


「こっちこそ無理を言ってごめんなさい」


サレーネは1つ頭を下げ、ゆっくりとドラゴンの骨の元へ近づいて行く。するとサレーネを覆う水の膜がどんどんと蒸発していっている。時間はあまりないらしい。黒い炎は大した大きさではない。だがさっきまでの寒さが嘘だったようにサレーネの額からは大粒の汗が流れ、ボタボタと流れ落ちる。落ちた汗は一瞬で蒸発する。炎がないドラゴンの牙を1本急いでもぎ取り、ウンディーネの元へと戻る。1本で限界だった。ウンディーネにまた魔法をかけてもらう。


「あまり無理をしないでサレーネちゃん…」


「ありがとう……これだけで大丈夫…だよ…」


サレーネが汗を流し真っ赤に染まった顔のまま肩で息をしながら喘ぐ。サレーネは逃げると言うウンディーネを説得した後に、2人は空の上で少し休み、爆心地まで向かっていく。中心に行くに連れ、黒き炎がそこら中で燻っている。熱気は先程の比にならない程でウンディーネが休む暇なく魔法をかけ続けている。そして辿り着く。そこには真っ黒になった地面に横たわる少年が居た。この灼熱の中で何の魔法も使わずに形をたもっていられるはずがない。まず間違いなくこの少年がエンシェントレッドドラゴンを殺した本人で間違いない。急いでサレーネは少年の元へ降りる。


「やめてっ!サレーネちゃん!危険すぎるわ!!」


後ろでウンディーネが声を上げる。だが不思議と少年の周りは全く熱さを感じなかった。裸でまだ幼さすら感じるその少年は髪が漆黒に染まり、手は貴族出身と言っていいほどに綺麗で否、手だけではない身体の全てが綺麗で傷一つない。まるで今、産まれたばかりの赤子のようだ。サレーネは彼を抱き抱える。するとゆっくりと彼が目を開き口を開く。


「新しい世界でも…私は何もなせぬまま終わりを向かえるか…何とも哀れだな…なんだ…この柔らかさ…ここはエデンの園か…」


その瞬間、辺りの黒い炎は掻き消え、焦土と化した場所は大輪の花を咲かせ始める。それはアンチ大草原全域まで広げて行き、先程の地獄は無くなる。サレーネは確信する。この少年がいや、この方こそが創造神アレキウス様であると。


「いえ…貴方様はエンシェントレッドドラゴンを殺し、私達の積年の恨みを晴らしてくださいました。どうか…私達を導いて下さい…アレキウス様」


その言葉に少年はハッとしてサレーネと目が合う。少年は顔が真っ赤に染まり言う。


「天使ですか…?」

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