第35話
普段は誰も見ないステージだが、今日はお客さんが一人。
茶色の髪が良く似合う少女。
りりパンダはステージに登場した。いつもは蟹さんも一緒だが、今日はいない。
ステージの上から、茶色の髪の少女がいることに気づくとりりパンダは気を引き締めると同時に、少女の正体に気づいた。
少女はアズサだった。
一度だけしか話していないが、覚えていた。
みんなで銭湯に出かけた日の夜のパンダが、りりパンダの行き着く先であり、りりとりりパンダが混ざって、ウサギりりになるのなら、文化祭の日に出会ったアズサは、ウサギりりにとっては二度目の出会いだということだ。
一度目は今。
ベンチに座らずに仁王立ちで、ステージ上のりりパンダを見上げてくる。
生意気にも飴を咥えて、りりパンダのステージを批評するような目で見ていた。
六歳くらいだろうか。
アズサとりりは同じくらいの年齢だった。
りりおが死んですぐに、りりが生まれたのが確かなら、過去に飛ばされりりパンダになってから、もうそれだけの時間が経過したということだ。
たぶん、半分が過ぎた。
もう半分を過ごせば、りりパンダは、庭でウサギりりになり、あの日の河川敷でりりとして未来に進むことができる。
時間が過ぎているように見えて、りりパンダの時計は止まったまま。
りりパンダは、ステージの真ん中に用意されたドラムセットに座った。
当然、りりパンダのドラムは極まっている。
「ワン、ツ」
合図と同時にアンパンマンマーチの音源がスピーカーから流れた。
アンパンパンダの顔。
りりパンダは、自分の身体に宿ったリズムをドラムに激しく叩きつける。
アンパンパンパンパンダの顔。
これじゃない。
そう思いながら。
演奏が終わると、アズサは拍手をした。
拍手を終えると、すぐに口を開く。
「他人の曲じゃん」
「え?」
寂びれた屋上遊園地の、錆びれたステージ。
音楽が止み、静寂の中で、アズサの声は響いた。
彼女の言う通り、それは他人の曲だった。
だからどうしたというのか。
的外れな指摘に、りりパンダは仮面の裏で苦笑いをした。
「音楽好きじゃないでしょ?」
デパートの屋上には蟹が逃がした赤い風船が顔を除かせ、何かを脅かすかのように少し震えて破裂した。
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