第34話

 

 駅前に明らかに着ぐるみのパンダが現れた。


 白の部分は汚れていて、年季を感じさせた。


 身体はところどころほつれて劣化してきている。


 パンダの可愛さは消え、哀愁だけが丸い背中に残った。


 デパートの名前が印刷された風船と一緒に、お歳暮ギフトの割引券が導入されたティッシュを配る。狙いは家族連れだ。風船を子供に渡し、ティッシュを親に渡す。


 屋上遊園地は集客能力を失い、デパートのお荷物だ。


 マスコッツが出稼ぎに行かなければ閉園は免れない。


 太陽の熱がアスファルトをじりじりと焼き、熱したフライパンのようになったところに、急な雨が降ってきた。


 パンダは屋根のついたバスターミナルのアーケードに逃げ込み、雨宿りをしていた。


 縁石に同僚の蟹さんと腰を下ろす。


 パチパチと音楽のように降る雨を聞きながら、止むのを待った。



「蟹さん。そんなに落ち込まないでください」


「。。。」


「蟹さんの手でピアノが演奏できるだけでもすごいんです」


「。。。」


「……蟹さん」



 蟹さんは泡を吹きながら落ち込んでいた。


 目の前をバスが通り過ぎる。


 パンダは雨に混じってポツリと呟きを漏らす。



「蟹さんは何かを極めたことありますか?」


「。。。」


「これだと思うものはありますか?」


「。。。」


「前世はありますか?」


「。。。」


「海老ですか?」


「。。。」


「私、迷っているんです」


「。。。」


「……蟹さん?」



 同じマスコッツでも、りりパンダはふなっしースタイル、蟹はくまモンスタイルだから、蟹さんが喋らないのはいつものこと。


 でも明らかに反応がないし、普段の彼なら、いや彼女かもしれないが、とにかくいつもの蟹さんなら、その大きなハサミでパンダの背中を叩いて励ますくらいはしてくれるはずだ。彼、もしくは彼女は少なくとも、チョキしか出せないのにじゃんけんが好きな陽気な蟹だった。



「どうしたんですか」


「。。。」



 パンダが大きな頭をグルっと横に向けると、そこにはバルタン星人といつまでもアイコになって喜ぶ蟹さんはいなくて、まるでドラえもんに一生勝てないことを静かに嘆いているような、というかなんだか沸騰しているような。



「茹で上がってます?」


「コポコポコポ……」


「蟹さん!」



 蟹さんは救急車で運ばれた。


 熱中症だろうか。


 パンダが同乗しようとすると、入り口で身体が引っかかって乗れなかった。



「……」



 一人になってしまった。


 一匹か。一体か。着ぐるみ生命体の数え方は不明だが、孤独なのは確かだ。


 いつしか、リンデンリリーのみんなに早く会いたいと思い始めた。


 そして雨は過ぎ去ってしまった。


 パンダは屋上遊園地へ帰る。


 とぼとぼと歩く姿には一切の覇気がない。


 駅前からデパートの途中で小さな楽器店があった。


 ガラスの自動ドアから女性が出てきて、店先の傘立てを回収する。


 明らかに着ぐるみのパンダに気づき、驚いた表情をした。


 りりおのお葬式から数年。高校生だろうか、それとも大学生だろうか。エプロンが良く似合うのは確かだ。


 パンダはそこで少しだけ立ち止まって、また歩き始めた。


 パンダはりりだ。

 りりパンダだ。

 りりおじゃない。



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