第33話
みさきとたかしの結婚披露宴で余興を披露することになった古くからの友人たちは、その前日に集まって計画を立てていた。マジックが得意な沢渡、ミスチルのモノマネができる吉田、売れてないピン芸人のモッコリ斎藤、この三人の中から決めようということになっていたところに、みさきの友人だった古橋がパンダを連れてきた。
「パンダ?」
「このパンダ、ギターいけるらしいよ」
「明らかに着ぐるみだけど……」
パンダは用意していた落書き帳に黒くて太いマジックで書き込む。
『雰囲気あるアコギいけます』
「つば九郎スタイルなんか……」
モッコリ斎藤のツッコミが冴えわたる。学生時代と同様にお喋りな彼が場を回す。
「どこで見つけてきたんだこのパンダ?」
「デパートの屋上でドラムを叩いてたの」
「ドラム? ギターじゃないのか」
『ドラムはバイトです。ギターは極めてます。あと、ベースもいけるけど、葬式向けです。結婚式にはやっぱりギターだと思います』
「達筆だな」
「冠婚葬祭ようのパンダなのかな?」
ぱぱぱと書いただけだが褒められて嬉しくなる。表情に現れることはないが、内心ではホクホクしていた。
「ピアノは弾けないの?」
『手がこれなんで無理です』
「速筆だな」
文字を書く速度も褒められる。もはや何でも褒めてくれる。
この世のありとあらゆる何かに才能があって、ベースだけ苦手なのだろう。しかし、ベースも極めた感覚があった。あの感覚は何だったのだろうか。
「ただ、音楽か……」
「それ、配慮しちゃう?」
「……するだろ」
友人の喪中の結婚式だ。その友人と関係が深い音楽でのお祝いが相応しくないのではないかというのが、モッコリ斎藤の意見だ。
「真っ白なウエディングドレスだったし」
「真っ黒なテールコートだったぜ」
古橋は新婦であるみさきが白い服装だったことを指摘した。
喪服といったら黒だが、ウエディングドレスといったら白だろう。
真逆だ。
そして、ちょうどパンダは白黒だった。
『音楽を侮らないで。私に任せてください。ご友人の死は存じています。彼の死を受け入れて、新郎新婦が一歩進むためには、やはり音楽の力が必要です』
パンダは良いことを書きすぎで、もはや自分が誇らしくなった。
「……字が小さくて読めない」
「なんて書いてあるの?」
「……」
めんどくさくなったパンダは人の記憶で最初に忘れるのは声ということを思い出し、なんとかなると口を開いた。実際りりはおじいの声をもう思い出せない。そう思ったが、そもそもおじいの声は聞いたことがなかった。
もちろん、パンダの口は動かないので腹話術みたいになっている。
とにかくパンダはたまたま生まれた時間を有効に使おうと、自分の人生が始まる前にいろいろなことを始めた。
生まれた時間が、生まれる前の時間というのは面白い。
アリスにはズルだと言われるのだろうなと、パンダは笑ったが、やはり表情は動かなかった。
◇◇◇
ユーティリティープレイヤーであるモッコリ斎藤の司会で結婚披露宴はつつがなく進んでいた。笑顔の新郎新婦と、その親族。会場にはステージが用意されて、大きなモニターにはこれまでの人生の良かった場面をまとめたエピソードVTRが流れている。
そして突然の暗転。
「僕たちにはもう一人、忘れることのできない友人がいました」
入口のパンダにスポットライトが当たる。
今入ってきたのではない。最初からそこにはパンダがいて、みんな飾りだと思っていた。
動きだしたパンダ。
その手にはアコースティックギターが抱えられていた。
「このパンダは音楽の神様です。友人の思いを歌にして今日、駆け付けてくれました」
わあとなんとなく盛り上がり、拍手が上がる。
パンダは堂々と歩き、ステージに上がる。
そこにはマイクが用意されていて、何か話さなければいけない。
「あー。どうもパンダヒーローです……偽名です」
天使のような声がこもって聞こえた。
「パンダというのは、まあ動物の一種で、近い将来さまざまな種類の動物に不思議な個性を持った奴らが現れると思います。喋る犬、サングラスをかけた蟹、無駄に会議を重ねる猫、まあ、わたくし、明らかに着ぐるみのパンダはその予兆だと思って頂ければ幸いです」
新郎新婦の顔を見る。困惑している表情だ。むりもない。
「今日の良き日にわたくしパンダめが何をするかというと一曲披露させていただきます。さきほど申しました不思議な個性を持った動物というのは、音楽の神様であり、わたくしパンダはその中でもギターの神様というわけでして、こうしてアコースティックギターを持って現れた次第であります」
じゃかじゃかとギターを掻く。
「一つ、伝えたいことがあります」
じゃん、じゃんじゃかとギターを撫でる。
パンダは前のめりになった。
「それは、幸せに生きる方法です。故、佐藤倫也が新郎に教わった生き方。新婦から学んだ道の見つけ方」
パンダが語っている途中から、曲のイントロが入っていた。
「聞いてください。リンデン」
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