第32話
ニュースにバブルガムフェローのギタリスト、リーヤこと佐藤倫也が死んだというのが流れてきて、りりは笑った。本当に過去に来たみたいだ。今は倫也が死んだ翌日の昼らしい。りりは思ったより冷静で、何をしたらいいのかと考えたときに、まずは世界のシナリオをめちゃくちゃにしてやろうと考えた。
そしてこの時点で、りりは自分のやるべきことを何となくだが理解していた。
心許ない所持金では活動の範囲を広げることはできない。幸い、ここがどこかというのは分かりやすい。スクランブル交差点だ。渋谷駅周辺でカツアゲをして金策するのも一つの手だが、芸術的ではない。まずは渋谷から、上野へなけなしの金を使って移動する。
上野動物園近くの広場で風船を配っているパンダを発見した。明らかに着ぐるみなのに、自らをパンダと称して子供たちを騙している悪党だ。悪いことは何もしていない。りりは休憩中にパンダの中の人をボコって、成り代わった。
それからりりはしばらく、パンダとして生きていくことになる。
◇◇◇
地味な性格なのに派手なことが大好きだったからリーヤの葬式は盛大に行われた。
多くの音楽関係者が集まって、昔からの友人や、家族、もちろんバブルガムフェローのメンバーも参列していた。その時点でリーヤの本名を公開した報道は行われていて、メンバー間の確執は大きかった。
粛々と式は進められて、この悲劇に対して誰も何も攻めの姿勢を見せることはできない。
盛大な見た目の式の内情は、こじんまりとしていた。
りりが見たら生ぬるいというだろう。
「生ぬるい」
サプライズ忍者のようにパンダの着ぐるみが葬式に登場した。くそつまらない葬式にはパンダくらい来た方が面白くなる。死んで悲しいのは分かるが、それなりの元気を出してほしいものだ。
パンダは真ん中を堂々と歩き、用意されたお焼香をタバコのように見立てたような一芸をしようとしたがどうも上手くいかず、あきらめてそばに置いてあったギターを持った。
「どうもパンダヒーローです」
じゃんじゃか、じゃんじゃか。
あまり響かないエレキギターを引っ掻く。
パンダの登場に唖然としている一同だが、警備員は捕獲に動き出した。
猶予はなく自らのやるべきことを果たすパンダ。
目をまん丸にしている女の子を見つけて、話しかける。
「元気か?」
「うん」
「ならよし」
パンダはポンポンと頭を撫でた。
倫也が死んだときの妹は13歳。今のりりの一個下。バランスが取れている。
パンダは捕獲を試みる警備員をばったばったとなぎ倒し、弾痕が刻まれたギターを持って葬式会場から逃げ出した。
墓の前で聞いた話と同じだ。
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