第29話
第一体育館のメインステージでは吹奏楽部の発表が終わり、ダンス部が準備でしている途中だった。しずくとアズサの二人は初めて入る他校の体育館に若干戸惑いつつも、空いている席を後ろの方に見つけ、そこに座った。隣に座っているおじさんが、妙に色気があり室内なのにサングラスを着けていること以外はなんの問題もなく、ダンス部のダンスを見ていた。
「めっず。ブレイクダンスだ」
「ね」
アズサの呟きにしずくも同意する。有名な音源に合わせて、即興で技を披露する小柄な男子生徒を拍手で称える。
「あ、いつものだ」
「うん」
曲が変わり、大勢の女子生徒がステージに出ると一体感のある創作ダンスで観客も手拍子をして応援する。
後ろの方だったので迫力は感じなかったが二人はそれなりにダンスを楽しんだ。
ステージの天幕が降りて、休憩時間になったので、しずくはうーんと身体を上に伸ばす。
アズサは逆に前に伸びた。
サングラスの男は口を開いた。
「女の子ほど一人で踊った方がいい。そう思わないか?」
いきなり話しかけられた二人は首をブンと降って、しずくの隣にいるサングラスの男の方を見た。
「46だか48だか知らないけど、本物は一人でステージに立つ。その方が良い。広いステージに小さな女の子がポツンといるイメージだ」
「ティックトッカー的な?」
「……すまない。今の話はなかったことに」
サングラスの男は馬鹿に論破された。
松田聖子のイメージで語ったのだが、今の子には一人で踊る女の子というとティックトッカーになってしまうらしい。ジェネレーションギャップというやつかとサングラスの男は汗を拭くが、彼もまた馬鹿だった。つまり馬鹿と馬鹿の議論だったのだけど、しずくは違った。彼女はよく考える。
「一理ありますね。アイドルグループが流行ってるならソロアイドルが珍しいので目立つようになりますし、ソロアイドルが流行っているならアイドルグループが目立つと思います。流行の逆を行くことは良いことです」
「そうそう。そういうことが言いたかった」
サングラスの男はしずくの意見にうんうんと頷いた。
「大人が必死に考えた末に生まれたアイドルを本物と呼ぶかは疑問ですが」
「……君、大人びているね」
「さあ。子供が極まっているとも言えます」
ビーンとチューニングの音が聞こえてくる。
ミラレソシミ。
正しい音が鳴っている。
「お、この次か」
アズサはすごい失礼なことを呟いた。
大塚先輩たちのバンド『アルアイン』を前座扱い。
やはり大塚先輩が危惧していた通りのことになっている。
前の方の席の人たちが立ち上がったので、自然と後ろも立つことになる。ロックバンドの演奏になると急に人が立つのは、フェスとかのイメージだろうか。椅子があるなら座って聞けばいいのに。
アズサはわざとらしくピョイと椅子から立ち上がった。
ギターボーカルの子がおしゃべりを始める。
「前の方にはウチの生徒、後ろの方にはお客さん。全員まとめておいなりさん」
一同の頭上に疑問符を並べることができた。
満足そうな顔をしている。
意外と独特な世界観を持っているのだろうか。
メンバーの真剣な表情とは裏腹に、ギタボの子はお茶目な表情だった。
「二曲やります。アルアイン」
にやけるギタボが合図、息を吐く大塚先輩。
シンバルの音が四回。
「ニキキュウワ」
タイトルコールと共に演奏が加速する、しかし一小節で休符。そこからは酔ってしまいそうなくらい加速と急停止がある曲だ。しずくは聞いたことがない。オリジナルソングだろう。独特な印象の曲だが、コード進行はカノンの派生と解釈できそうだ。ドラムとメロディーが複雑。ボーカルもほとんど歌ってない。口から効果音を出しているようだ。
「曲は良いね」
「うん。下手だけど」
女の子二人の辛辣な感想を聞いて、サングラスの男は驚いていた。確かに学生のお遊びの域を出ない曲と演奏のクオリティだが、女子中学生にもわかるものなのか。
サングラスを下にずらして、二人を観察する。
白い髪の少女は慧眼。考える能力が高く、言語化も得意。
茶色の髪の少女は純真。無邪気で馬鹿だが反論の能力がある。
「……なるほど漫才師か」
論外の馬鹿だった。
サングラスの男はレンズを通さずその目で、才気を感じる女の子を見て二人が音楽に造詣が深いことに気づけず、なぜか女子中学生お笑いコンビだと勘違いした。
「あんまり盛り上がんないね」
「客観的に見たら私たちもこんなもんかも」
「ひー」
アズサはお化け屋敷よりも怖いことを言った。
しずくの言う通り、体育館はあまり盛り上がっていない。ノるのが難しい曲調だし、タイトルコールのときの反応が薄かったことも踏まえると、普段から軽音部と接している学生たちでも聞き馴染みのない曲なのだろう。
しずくはとりあず四拍子のリズムで踵を浮かせてみている。
アズサはポケットに手を突っ込んだままだ。
言葉ではしずくの方が辛辣だが、行動はアズサの方が辛辣。
リズムをとってノってあげているしずくは優しいとも言える。
バランスが取れている。ダウンタウンみたいだ。やっぱりお笑いコンビなのかもしれない。
一曲目が終わるとギタボの子が水を飲む。
ラベルのはがされたいろはすだった。
「最後。アニソンやります。リゼロの曲です」
特徴的なギターサウンドのイントロから、ドラムのキックがコツコツと鳴り出す。
知っている人はちらほらいるようだ。それで盛り上がるかと言われたらどうだろうか。知っている人は、盛り上がるのが上手じゃない可能性の方が高い気がする。アニソンでも、カラオケとかでも盛り上がる曲にすればいいのに、パチンコ打つ人が盛り上がりそうな曲を選択している。
「カバーって、他人の曲やるの?」
アズサも否定的だった。
「変にオリジナルやるより潔いよ」
「それって音楽好きなの?」
アズサは曲を聴く前に白けていた。
だが実際は結構盛り上がっていた。
前の方の生徒も肩を揺らし、手を伸ばす。
日常にアニソンが溢れている。昔の曲でも、最近の曲でも、アニメをあんまり見ないしずくでも、アニソンを聞かない日はない。
思えば、一曲目のニキキュウワというのもアニメの話なのだろう。
しずくは内心でライブの構成に拍手を送る。
アズサは納得いかないようでブスっとした表情だ。
予想に反してアルアインの二曲目の演奏はそれなりに盛り上がって終了した。
「ふん。ウサギさんも期待できないね」
失礼なことを言うアズサに、しずくは肘で突いた。
「君たちもリンデンリリーが目当てか」
「そんなバンド名だったんですね」
「良い名前だろ。君たちはバブルガムフェローって知ってるか」
「名前だけは」
「まあ、そうだよな」
サングラスの男は悲しい顔をする。その顔は二人には見えていない。
バブルガムフェローの活躍も二人が生まれる前の話だ。メンバーの一人が死んで、残った自分たちは音楽業界にちりじりになった。一番成功したといえるのは自分だが、残りの二人もよく名前は聞く。
「影響を受けているっぽいぜ」
それは彼の勘違い。りりはむしろバブルガムフェローの逆を行っている。佐藤倫也の墓前で出会ったあの女の子が、バブルガムフェローを知っていたことが嬉しかったのだ。彼の音楽を始めたときの目標は、歴史に名を遺すバンドのボーカルになることだった。
「バブルガムフェローにキーボードのメンバーはいないけどな。ピアノなら俺が弾けるけど」
「俺が弾けるけど?」
「……」
ステージ上ではアルアインがはけていく。天幕は下りずに、そのまま。
リンデンリリーのメンバーであろう女の子たちがステージ袖から現れる。
「あ」
しずくは声を漏らした。
「どした?」
「知ってる顔がいたから」
「へー?」
アリスの特徴的な金髪を忘れるはずもなく、しずくは彼女がリンデンリリーのメンバーであることに驚いた。確かに、ウサギのバンドメンバーと言われたら妙に納得ができてしまう。名前がアリスだからか。
ドラムの女の子はがちがちに緊張しているようで、遠くからでも引き攣った顔が分かった。ドラムの緊張は音楽的に厄介だ。ドラムが走ってしまったらすぐにわかる。
キーボードの女の子は、よくわからない。おさげにした黒髪がしな垂れている。元気がなさそうに見えるのは、暗い表情をして下を向いているから。
三人はそれぞれぎこちなく楽器を鳴らし始めた。
それからの何秒間は永遠ほど長く、いつまで経ってもウサギは現れなかった。
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