第27話

 お昼の休憩で店員としての役目を終えたりりは学園内を回ってみることにした。リンデンリリーの出番は、第一体育館にあるメインステージの15時から。トリを飾ることになっているので、まだ時間はある。昼休憩中は、飲食系以外はどこの屋台も客を受け付けていないので、りりはその時間を着替えに充てることにした。


 衣装の上からフードのついた黒いジャンバーを着て、恥ずかしくないようにする。隠す意味でも寒さをしのぐ意味でもちょうどいい。しかし、頭のウサ耳は隠すことができない。隠さなくてもいいじゃないかとも思っている。りりは歩くだけで注目を集めていた。


 学園内をウサギの美少女が歩いている。

 噂はアリスの耳にも届いていた。



「ウサギ……」



 ステージの裏で大人しく出番を待っているリンデンリリーの面々だが、りりとの連絡がつかないことでそわそわしていた。もっともりりは「これから本番まで連絡がつかなくなります」と報告済みである。だとしてもリーダー不在という状況は不安だ。三人ともライブの経験はなく、りりはこの舞台が初ライブであることにこだわった。


 りりも初ライブのときは不安だった。そのときはバブルガムフェローのメンバーが全員年上だったのでうまくフォローしてくれた。頼りになる人がいたのだ。


 そして今、リンデンリリーの面々の近くにいるのは、リンデンリリーの初ライブの失敗を願う大塚先輩である。文化祭実行委員の裁量で、自分たちのバンド、アルアインがリンデンリリーの前座のような扱いになっていることに憤りを感じている。


 全く頼りにならない。


 そして予想が容易かったであろうこの状況は、りりが意図して作っているものである。


 りりは演出にこだわるのだ。



「いやー。初ライブのときは声も出しにくいよ。頼りになるりりちゃんも、今日はダメかもね。あ、ボーカルの話だよ」



 このように大塚先輩は不安を煽ってきた。


 この場にいないりりのことでリンデンリリーを煽る。


 りりがいないから本人が反論することができないだろうという作戦ではなく、ただ単純に大塚先輩のりりへのジェラシーが高いだけだ。



「りりちゃん、ベースは上手いの知ってるけど、歌はどうなのかな?」


「カラオケでは80点後半くらいでしたけど」



 ホタテは内向的だし、アリスは高圧的なので、大塚先輩の対応は優等生のトリノがしていた。


 パンダを忘れたことによって優等生に戻っている。


 そして演奏のときは身体からパンダが滲みだす。


 ハイブリットトリノのような感じだ。



「あーいるいる。自分の歌が機械採点では現れない上手さだと思ってる子。普通に音痴なだけだから。表現という名の自己満足。こりゃダメだね。失敗が目に見える。でも気にしないで、バンドって成長できるものだから」


「良いこと言いますね」



 トリノは自分がキャバクラみたいな受け答えになっているように思えてきた。


 大塚先輩は美人だが、おじさんみたいな性格をしている。

 なんかりりに似ているように感じてきた。


 トリノはちょっとだけ煽り返してみることにする。



「ちなみに、りりのベースは下手ですし、美少女でもないです」



 大塚先輩と学園のウサギの美少女の噂を同時に否定する。


 慣れないことをしたせいで、ウサギという話を否定し忘れて、まるでウサギではあるような言い分になってしまった。



「いやりりちゃんのベースは私から見ても上手いね」


「上手いの基準が違うんです。レベルが違うので」


「……はい?」



 言い返されるとは思わなかったのだろう。気まずい感じになった。



「カラオケにも同じことが言えます。上手いの基準が違うんです。カラオケって100点でもドリンクの飲み放題とかセットで一人1000円くらいですけど、りりの歌って80点でも1000万円なんです。今、わかりにくく例えました」


 なんでそんなことするん? と大塚先輩は首を傾げる。


 ホタテとアリスがじゃれている声が聞こえてくる。



「ゾウはロバでもアルパカなキリンってパンダ?」


「……ウサギ?」



 ウサギである。



「正解はパンでした。なぜならパン ダからです」


「……ウサギ」



 ウサギではない。



「はっはっは。兎に角、りりちゃんは逃げたんじゃないかな。歌が下手だから。それこそ脱兎のようにね」


「……ウサギではなく、パンダなのではないか」



 アリスは言った。


 この教室にいる全員が反応できない。ステージで発表する予定がある女子たちがタコ詰めになった姦しいはずの空間に、シーンと無音の時間が生まれる。


 大塚先輩は目をぱちぱちさせた。



「りりがどこかへ逃げたのなら、その行き着く先が私の居場所だと思うんです」



 トリノの言葉に今度は口をパクパクさせた。


 その様子は餌を欲する鯉のようだった。



「大塚先輩、これは恋ではなく、愛ですよ」



 アリスはみんなから無視された。

 ホタテだけが首を傾げてくれた。

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