第25話
りりがお墓参りに行こうと言い出したのは、夏休みの忙しい時期にみんなでバンドの練習をしていたときのこと。集まってすぐに合わせ練習をして、一曲を演奏し終わったところで、りりは演奏に満足した様子で言った。
「私たちのバンド名をとある人物のお墓まで報告に行きます」
りり以外の三人は自分たちのバンドの名前を知らされていなかった。
なにかりりの中で決まり事があるのだろう。これができたら発表するみたいな。みんな気になっていたことだけど、どうせ文化祭には知ることができるし、誰も聞かないでいたのだ。
りりの言う「とある人物」に対して、三人は心当たりがあった。
りりがわざわざ明言を避けたのだから、三人はそれ以上、追及しなかった。
目的の墓がどこにあるか分からない。黙って先頭を歩くりりに、三人は付いて行く。途中で花屋に寄った。りりはそこで一本の花を購入する。お供え物には向かないのであろう枝のついた花だったが、迷わず購入していた。少し離れた地域の霊園にあるようで、りりたちはバスに乗って移動する。車内は冷房が効いていて快適だったが、一歩外に出たら視界が歪むほど蒸し暑かった。
「りりの前世の話、お前は信じてるのか?」
霊園を歩きながら、アリスはトリノに耳打ちをする。
セミの鳴き声のおかげで、前を歩くりりには聞こえていないだろう。
「もちろん」
木漏れ日の中を歩くりりの背中を見ながら、トリノは頷いた。
「どうして」
「私もにわかには信じられません」
アリスの意見にホタテも同意する。
トリノはしかたないなって顔で口を開いた。
「だってりり、きっと何度もここに来てる」
整備された道を迷いなく進むりりを見て、アリスはぐうの根も出なくなる。
りりの動きはこの場所に来たことのあるような雰囲気があった。
「りりが信じられないなら、信じなくてもいいんじゃない。宗教じゃないんだし」
今、三人ができることは黙ってりりに付いて行くことだけだった。
やがて、りりは階段を下り、その途中で立ち止まった。
「……」
困った。
そんな背中をしていた。
「どうしたの?」
「……先客だ。二人」
墓標の前に二人の男性が立っていた。白髪混じりの男と、ロン毛の男だ。二人とも初老と言っても良いくらいの見た目だが、背すじを伸ばし、若々しさがある。
墓の前だが、神妙な面持ちはしていない。
昔を懐かしんでいるような顔だ。
りりはしばらく立ち竦んでいたが、意を決したようにまた階段を下り始める。三人はそれに続いた。
りりが最後の一段を降りたところで、むこうも存在に気付いた様子だった。ロン毛の男がこちらを見て、白髪混じりの男にジェスチャーを送っていた。「誰か来たぜ」って口の動きだろうか、目を隠している分、口元で分かりやすい。花を持って緊張した面持ちのりりが近づくと、意外にも話かけてきた。
口を開いたのは白髪混じりの男だ。
「ここに御用かな?」
「……うん」
「女の子が珍しい。音楽をやってるのか?」
「そう」
ロン毛サングラスは口笛を鳴らした。
ここに墓参りに来た少女四人を、分かっているやつ認定したのだろう。
興奮気味に口を開く。
「それならギターの神には挨拶が必要だな」
「かもね」
りりはいつになく無愛想だった。今までは社交的な性格を見せていたりりだが、暗いと言っていいほど、今のりりからは陰気が感じ取れた。三人は、明らかに怖い見た目の大人を相手にするりりの態度がそんなだから、内心ではチビリそうだった。
そんな女の子たちを見て、白髪混じりの男は優しい声音を意識する。
「珍しい女子もいるものだ。ここに眠っている人物を知っているのか?」
「佐藤倫也」
「……それは本名だな」
りりは悪戯をした。
銃殺事件の当日、世間に公表していなかった佐藤倫也という被害者の名前が報道された。
そのことは遺族や関係者にとっては屈辱的なことであり、りりにとってはどうでも良いことだった。
「十数年もの未来でこんな小さな女の子が倫也の名前を知っているんだ。その方が幸せじゃないか。俺は間違ってなかった。答え合わせが出来たじゃないか」
「……答えは倫也にしか分からないだろ」
報道機関に情報を売ったのは、この二人だ。
ロン毛サングラスは今でも自分の行いが正しかったと信じたくて、白髪混じりは今でも自分の行いは正しかったのかと迷っている。もう一人、ボーカルの男は二人の行いを非難した。今では縁が切れてしまっている。バブルガムフェローが解散したのは、りりおこと佐藤倫也が死んだのが直接的な原因ではなく、彼の死をめぐる対応においてメンバーに確執が生まれたことが大きい。
「俺たちは行くよ。用事は済んだ。邪魔して悪かったな」
「ううん」
りりは首を横に振った。
男性二人は、少女たちの脇を通り過ぎていく。階段を上るまで、りりは二人を見送った。
三人は固まっていた。
「さて」
りりの合図で現実に引き戻される。
「私たちの用事も済ませよう」
「えええ、説明は?」
トリノは慌てたように、りりに詰め寄った。
「……一方的な知り合い」
りりは苦し紛れの説明をする。
「でも、あれってバブルガムフェローの」
「よく気づいたね。二人とも歳とってた」
「もしかして、もしかしてだよ?」
トリノはどぶろっくみたいになった。
「りりの前世ってバブルガムフェローのリーヤなの?」
りりは上を向く。空はお線香のCMくらい晴れていた。
バレて不味いことはあるか。
ちょっと恥ずかしいくらいか。
グルグルとりりの脳内で考え事が巡り、とりあえず無視することに決めた。
りりはくるっと反転し、お墓に途中で購入した花を添える。
「ちょっと?」
無視されたトリノはりりの肩を突くが気にしない。
「これってリーヤのお墓だよね?」
トリノはハッと何かに気付いた顔をした。
「てことは、りりは自分が死んでる動画見て爆笑してたの?」
パンとりりは手を合わせた。
目を瞑って、もごもごと唱える。
「私たちのバンドも人様に見せても恥ずかしくない演奏ができるようになりました」
「……」
「キーボードのホタテは脅して無理矢理メンバーにしたけどもちまえのセンスでバンドに自信を与えてくれました。ドラムのトリノは私への愛を利用したけど献身的に音楽に取り組んでくれて見違えるように成長してくれました。ギターのアリスは暴力で従えたけどひたむきに努力してズルしている私に付いて来てくれました。三人への償いはするから、文化祭のライブは見に来てください」
口を挟むことはできなかった。
アリスだけがりりの言葉の本質が見えていた。
前世のリーヤと呼ばれた佐藤倫也という人物は、りりにとっては死人であり、りりは紛れもなくりりであるという意識があるのだろう。それが事実なのかはアリスにも分からない。りりの自己暗示的な言葉であったとしても不思議ではない。アリスが分かったのは、どちらにせよ佐藤倫也という人物は自分と気が合うのだろうということだ。佐藤倫也は篠崎りりが嫌いだ。ギターを極めて終わった彼の人生、これだと思えるものに出会えたりりの人生。彼女の人生をズルいと思っているに違いない。アリスはその意見に完全同意だ。
りりはズルい。
だがそのことをりり自身が自覚しているのは、やっぱり彼女が佐藤倫也であるという証拠でもあった。
「私たちのバンド名をあなたにもみんなにも伝えます」
みんなは息を飲んだ。
りりが花屋で購入したのは、枝についたリンデンの花。
「リンデンリリー」
アリスはその名前を聞いて、イラっとした。
すごくりりに寄った名前だ。
りりは目を閉じたままドヤ顔をしているし、トリノとホタテは「おー」といった何とも言えない声を漏らしていた。
「ははっ。良い名前だ!」
朗らかな男性の声が響いた。
りりが声の方を振り向くと、階段を下りて来る長身の男がいた。
「バブルガムフェローにあやかったのかな。リンデンリリー。そんな名前の馬もいた。ガールズバンドっぽくていいんじゃないか。チャットモンチーみたいだ」
りりの知ってる顔だった。
ペラペラ語りながら、こちらに向かってくる。
「俺もこいつに用があるんだ」
「私は済ませた。もう帰るよ」
「そっか。文化祭ライブ頑張れよ」
男はお墓掃除の道具を持っていたが、既にお墓が綺麗なのを見ると少しだけ笑顔になった。
りりは階段を上って、その途中で振り返った。
急に止まるからみんなビックリしていた。
「そうだ。あの、一つ、聞きたいことがある!」
「なんだ!」
二人の声が霊園に響いた。
「彼が使っていたギターはいまどこにある!」
りりが聞いているのは、自分が前世に使っていたギターの所在だ。
「分からない!」
「なぜ!」
「葬式の日にパンダに盗まれたんだ!」
またパンダ。
この世の中パンダで成り立っているんじゃないかってくらいパンダ。
アリスはパンダに酔ってしまった。
「パンダはもう死んだ!」
りりは衝撃的なことを叫んだ。
アリスはびっくりしちゃって、へへーんと情けない声で喚いた。
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