第24話

 青いギターは借り物だった。何より不幸なのは、アリスのギターの技術は日に日に高まっていき、それは決して借り物などではないということだ。そのギャップにアリスは気付けない。



「いいギターだね」



 アリスが路上ライブを行っていると、犬を連れた同じ歳くらいの女の子に話かけられる。犬の散歩の最中に立ち止まって、演奏を聴いてくれた。つたないアリスの演奏に人が止まったのは初めてで、いつもは通行人の耳に少しだけ聴かせるだけだった。慣れない視線だけを感じながら、弦とタブ譜を交互に、にらめっこしてりりからの難しい課題曲を弾いていた。


 演奏を終えて顔を上げると、女の子は笑顔だった。灰を被ったような色でシルクのような質の白髪が特徴的で、ロサンゼルスエンゼルスの真っ赤な帽子を逆さまにかぶっていた。全然似合ってない。大谷のときのものではなく、松井のときのものだ。お父さんの形見のようなもので、死んではないのだが、女の子のお父さんは帰ってこない。


 女の子の「いいギターだね」という言葉は、自分の演奏を褒めているのか、それともギターそのものを褒めているのか、アリスに判断はつかなかった。



「でも、気を付けて。路上ライブには許可が必要だから。警察きちゃうよ」



 アリスに指摘をする女の子は得意気だった。


 自分も経験があるのだろう。


 先輩面という奴だ。


 大塚先輩のイキリに比べたらかわいいものだが。



「あ、ここ私有地で。私の祖父が地主なんだ」


「……クールだね」



 まさかの返答に変な言葉しかでなくなる女の子。


 座っているアリスは、女の子を見上げていた。


 とても親切な女の子だと、アリスはこの子の人間性がすぐに好きになった。



「私もギターを弾くんだ」


「そう、なんだ」



 女の子もその場にしゃがむ。


 リードに繋がれた犬は大人しくしていた。



「初心者でしょ? 私は五年目。最近多いの。楽器を始める女の子」


「まだ半年くらいだな」


「何の影響で始めたの? アニメ? ドラマ?」


「いや……」



 アリスは何かに影響を受けるような女の子ではない。



「同級生をいじめてて」


「え?」


「そしたらそいつに返り討ちにあって、ギターを始めたら許してやるって」


「はい?」


「これもそいつから貰ったんだ」



 アリスは青いギターを撫でた。


 借りてきた猫になっていた青いギターは、アリスに弦を撫でられてタララと静かに音を漏らした。



「私と逆だね」


「逆?」


「私は小学生の頃いじめられてたんだ。ある日、公園でパンダヒーローに出会った」


「パンダ?」



 パンダである。



「ギターを極めたらいじめはなくなるって言われて、一本のギターを渡されたんだ」


「極める?」



 聞いたことのある話すぎてアリスは頭が痛くなる。


 イタタと目をダイナリ、ショウナリにしながら激しいデジャヴに耐えていた。



「こんな素敵な出会いがあるなら、ギターを持ってきたらよかった」


「私はアリス。君は?」


「しずく。今度から犬の散歩のときはギターを持ち歩くようにするよ」



 手を振って別れを告げるしずく。

 彼女が歩きだしても、犬はアリスを見つめていた。



「……」



 息を飲むアリス。


 犬は何か言いたげだったが、喋れる犬なんているはずがない。


 やがて、リードがピンと張られると、犬は踵を返し、小さな背中の後を歩き始めた。


 アリスはホッと息を吐いて、また視線を下に向ける。


 左手で弦を抑え、右手で弦を弾く。

 りりから与えられた課題曲。

 バブルガムフェローという昔のバンドの『うさぎ』という曲。


 視線を下げたアリスの視界に、うさぎが通り過ぎた。


 曲の途中で手を止める。

 思わず、うさぎを目で追いかける。


 不思議の国に迷い込んだアリス。


 顔を上げたアリスの目の前には多くの人が集まっていて、途中で曲を止めたアリスに対して首を傾げていた。


 へへへ、と苦笑いを浮かべながら、アリスは曲の続きを弾き始めた。

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