第14話

 理想的なバンドメンバーの誘い方というのをりりは心得ていた。


 ホタテと目を合わせる。123のタイミングで手を振ると、前奏が始まる。指揮をやっていて気づいたことは、このレベルでは誰も指揮なんて必要としていないということ。ははなーる。そういえば、お母さんとお父さんが来ていることをりりは思い出した。学生の合唱を聞いて何が楽しいのだろうか。トリノの両親と一緒に見るらしい。


 観客を喜ばせるために背中に般若を仕込んで来たのだが、服を脱ぐタイミングがない。


 本番くらいタクトを使いたいが、りりはリズムゲームのように腕を振った。まるで酷使される中継ぎピッチャーのようだ。


 こめかみの横でギュッと拳を握ると、曲も終わった。


 客席から拍手がおきる。


 生徒たちの表情も心なしか明るくなっている。一曲披露して自信が付いたのか緊張がほぐれていた。一心不乱に腕を振るりりを中継ぎピッチャーに例えたが、生徒全員の表情が見えるという点においてはキャッチャーだったかもしれない。


 一曲目の課題曲を終え、二曲目は自由曲だ。


 自由と言っても学校側がリストアップしたそれっぽい曲の中から選曲するので、猫が大統領選挙に出て来るアメリカほどの自由感は少ないが、それなりに有名なJ―POPの合唱アレンジもあるので生徒の文句も大統領選挙に比べたら少ない。


 背中の般若が寂しそうにしていた。彼の出番はなさそうだ。


 りりが腕を振ると、ホタテは操られているかのようにモルダウを奏でた。





「こりゃ負けだね」


「……」



 ふかふかの客席に座り、りりは先輩たちの合唱をにやけた顔で聴いていた。自分音楽分かってますよ風だ。実際、他の生徒よりかは分かるのだろう。いちおう前世ではギターを極めている。


 指揮と伴奏の席順は隣になる。りりの隣にはホタテがいた。合唱コンクールの最中は逃げることはできない。合唱の合間にりりはウィスパーマシンガントークを続けていた。その多くが自分語りである。



「なんかベースの才能が無かったみたいで」



 何かの才能というのはそんなに簡単に分かるものなのだろうか。ホタテにはそんな便利な物差しはない。りりにはある。ギターを極めたという経験だ。



「でも困ったことにベースしかこれだって思えないんだよね。だからベースをしながらでもできる歌を極めることにしたの」



 じゃあ指揮じゃなくて歌えばよかったのにとホタテは思う。



「逆にね」



 りりは顔の前で人差し指を四回振った。

 そして、ホタテを指差す。



「ピアノコンテストなら優勝だったね」


「……」



 明らかに無視をされた。


 しかしりりは満足している。自分のことをホタテに知ってもらうのが目的だった。顔の前で人差し指を四回振る。何を指揮したのかというのは、この状況の全てであり、それはりりの思い通りに動いていた。そしてホタテのほっぺをつついた。それを合図にダムが決壊し、これからホタテの人生はモルダウの川のように流れていく。


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