第13話
りりがお父さんにじゃんけんで勝ったときに一勝のお願いとして買ってもらった初心者用のお手軽なギターがある。ヤマハの青いやつ。三万円くらいだっただろうか。りりは珍しくそれを持って家を出た。
アリスの家は豪邸だった。
西洋風の一軒家で家というより屋敷だと感じる。門あるし。
インターホンを押したら、しばらくしてウィーンと開いた。
「そこ車用の入り口だけど」
天からアリスの声が降り注ぐ。靄がかかったような音質だ。
りりは今まで家において車が入る口などないと思っていた。だって、家に車が入ったらほぼ事故だ。
門をくぐって中に入る。
「おじゃまします?」
挨拶のタイミングが分からない。駐車場にお邪魔する人なんていないと思いつつ、敷地を跨いだことでお邪魔しているようにも感じる。どこからが家でどこからが外なのだろうか。遠くに玄関らしきものが見える。
二個目のインターホンを押すと、すぐに扉が開いた。
「おじゃましまーす」
結局、二回言うことになったが、一回目ですよ感を出しながらりりは挨拶をした。
りりを出迎えたアリスはジャージだった。
風情がない。
「上がって。一階はおじいちゃんたちの家だから、私の家は二階」
スニーカーを脱ぎながらりりの頭に疑問符が浮かぶ。
一階がおじいちゃんたちの家で、私の家は二階という言葉はすっごい変だ。
三世代同居核家族みたいなことだろうか。
玄関に上がりスニーカーの踵を揃えて邪魔にならないように端っこに置く。おそらく、アリスの靴であろう綺麗に黒光りしているコインローファーの隣に並べると、りりは自分のスニーカーがなんとも俗なものに思えてくる。ファッションセンスには自信がないのだ。
振り返ると、アリスは目の前まで伸びているグルッと半円を描いた大きな階段をペタペタと上がっていた。
りりはいそいそとアリスを追いかける。
階段に設置された棚には写真が飾ってあった。七五三のときのアリスだろうか。昔はこんなにかわいかったのに、今ではいじめっ子。りりはしくしくと心のなかで泣く。
「あんま、見んな」
そんな客人に見せびらかすかのように置いてあるのだから、見るなと言われても困る。
アリスは階段を上りきってすぐにあるドアを少しだけ開けた。
「友達来たから。……うん。私の部屋」
友達と言われたことにすごくイラっときたが、さっき見たロリアリスで相殺させる。
「こっち」
ガコンガコンと洗濯機の音が鳴っている廊下を歩き、端っこにあるドアをアリスが開くと可愛らしいインテリアで統一された部屋が見えた。
りりは当然のようにベッドに座ると、アリスが普段寝ているであろう場所に黒いケースを置いてチャックをウィーンと引っ張って開く。中には当然、青いヤツ。ケースから出して抱きかかえる。あんまり使ってないから自分のという感覚はない。だからアリスに渡すことになっても躊躇いはない。
「はい。これ」
アリスは精密機械を扱うかのように仰々しくギターを受け取った。
強制的にギターを始めることになったがその実、楽器を弾けるようになるというのは嫌ではない。
「とにかくこれから一緒に頑張ろう」
「ふん」
「普通に演奏できるまではすぐだから」
ちなみにりりが言う普通というのは、ギターでお金が稼げるレベルのこと。
青いギターを抱きまんざらでもないというのが今のアリスだが、これからが地獄だった。
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