第12話
りりに言われてドラムを始めた日、トリノはドラムの逆を考えた。りりの思想に染まりすぎているのだろう。本来なら考えなくてもいいことを考え始めた。実質的なドラムの逆なんて存在しない。りりが言っているのは気の持ちようの話だ。だから正解に辿り着くはずもなかったのだけど、トリノは正解とは違うどこかに辿り着いた。それが、どこかは分からない。
「あの、このポスターのバンドってなんていうんですか?」
トリノは楽器店に貼られたポスターを見て呟いた。
駅の近くにある楽器店で、トリノは楽器が売っている店をここしか知らなかった。
その店には同じバンドのポスターが男女男男女男女の男くらいの割合で貼られていた。この楽器店が贔屓にしているのか、他のバンドのポスターよりも明らかに多く、目に入るうちにトリノもまんまと興味が沸いた。
「バブルガムフェロー」
近くにいた店員が笑顔で対応する。
店員さんは若い女性だった。紺のエプロンが似合うのは、良いお嫁さんになる証明だった。楽器店と花嫁に因果はないが。
「君、何歳?」
「13です」
「じゃあ、君が生まれる前のバンドだ」
「……へー?」
お姉さんの言葉が上手く咀嚼できない。
生まれる前のバンドという言葉から色んな疑問が生じて、一つの問題にピントを合わせることができずにブレる。
「今は?」
「わかんない。14年前に解散したから」
「どうしてそんなバンドのポスターをこんなに飾っているんですか?」
お姉さんはポスターの端っこに映る、顔を隠した青年を指さした。
「お兄ちゃんなの」
妙な場所に辿り着いたトリノはそれで満足して、ドラムの逆をムラドにした。
◇◇◇
男のときに食べるクレープよりも女になってから食べるクレープの方が美味しいのはなぜだろう。こんな疑問を共感できる人はいないのだと分かっているから、りりは黙ってコーラを飲む。セットで750円。氷が溶けて薄くなっている。
「それから、もう、はまっちゃって」
広場の白いプラスチックの椅子に座って、りりは不機嫌な顔をしながらトリノの話を聞いていた。りりの機嫌が悪いのは、トリノの話が凄く都合が悪くて、尚且つ何の問題も無さそうな話題だから。問題がありそうなら、話を止められたのだが、止める理由もなく、バブルガムフェローの話を聞いている。
「で、そのバンドについて調べたんだけど。ライブ中にメンバーが銃で撃たれて死んだんだって。日本だよ。ありえなくない?」
「映像は残ってるの?」
「変なサイトにはあるらしいけど。え、見たいの?」
「見たい」
トリノはちょっと引いていた。
最近、りりの暴力的な側面が垣間見えることが多い気がする。
「……ちょっと待ってて」
トリノはスマホを操作して動画を検索する。変なサイトだとウイルスとか大丈夫なのだろうか。りりに詳しいことは分からないが、何の躊躇いもなくサイトにアクセスするトリノを見て、あんまりウイルスとか関係ないのかと思う。もちろんトリノも知らない。ウイルスなんて気にしてないだけだ。
「14年前の映像が残ってるの?」
「そりゃ残ってるでしょ。ん、これかも。あった」
トリノはスマホを反転させて画面をりりに向ける。
「見たくないから、りりだけ見て」
再生ボタンに覆いかぶさるようにエッチな広告が表れて、りりは嫌な顔をしながら極端に小さいバツのボタンを押す。すると、今度は左からまた広告が表れた。ムカつきながらバツを押す。右に左に四回くらい繰り返して、ようやく再生ボタンが見えた。
「イヤホンある?」
「あ、うん」
ワイヤレスのイヤホンをトリノから借りる。耳に着けるときにちょっとエロい気分になる。きっとエッチな広告のせいだ。イヤホンを共有することで表現できるエッチな要素は穴姉妹てきな何のフェチズムなのか分からないものだけである。
というかそもそもこのイベントが録画禁止だったことをりりは思い出しながら、再生ボタンを押した。
最低な音質の、最高な音楽が耳に流れる。
こうして改めてりりおのギターを聞いてみると、たしかにその演奏は極まっていた。ギターソロを聴いていると、ドラムを殺し、ベースを殺し、ボーカルを殺し、生き残ったギターの雄叫びのようにも思える。
そして、最後には殺されるのだ。
観客からの映像だと、銃声が良く聞こえた。
混乱の後に悲鳴が上がって、カメラがブレる。
しかしハッキリと映像に残っているのは、弾痕の残ったギターと、流血しながら崩れ落ちるりりお。
直後に画面が暗転して、動画が終わる。
耳には死のように虚無が残った。
「あはっ」
「?」
「あはははははははは」
りりは堪えられなくなって、思わず笑った。
我慢した分、爆笑になった。
「……ええ?」
トリノはちゃんと引いていた。
「ひひひひひひ」
「どうしたの、りり?」
「……ごめん。ツボに入って。ひひっ」
自分が死んでいる姿を見るのがこんなに面白いと思わなかった。
きっとこれも誰にも共感されないんだろうなって、りりは少し悲しくなった。
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