第9話
直也は14でタバコを始めた。先輩や友人との付き合いだったり、後輩への面子だったりで仕方がなく一本目を口に咥えた。直也の口はいつも寂しかったからちょうど良かった。自分が中毒であることに自覚はなく、今も何気なくジムの外で、タバコを吸っている。都合の良いことに、ジムがある建物の一回は、タバコ屋さんだった。
直也はベンチに座って煙を吐く。秋は深まっていた。雪が降るような地域ではない。紅葉を終えた木々が落ち葉を散らす。ガヨン、ガヨンと鉄の階段が鳴る音がする。誰かが降りてきているようだが、直也は気にしない。
「え、何歳だっけ」
天使のような声が聞こえてくる。
直也が目線を向けると、驚いた顔のりりがいた。普段は敬語が外れる。
「17」
「身体に悪いよ。弱くなる」
「20になったらやめるから」
「逆じゃん。いいね」
りりは笑顔になった。
「ちょっと待ってて」
りりは直也の前を通り過ぎて、店の中に入って行く。りりが残した空気を通って、一枚の葉っぱがユラユラ落ちる。金に色づいた大きな葉。冷えたアスファルトに着地して、ポツンと一人。
直也はまたタバコを咥えた。
「おまたせ」
りりがその手に持っていたのは、銀のトレイ。その上には、マッチ、シガーカッター、そして葉巻。直也の隣に詰めて座ると、口に咥えた紙巻きタバコを二本の指ではさみ盗り、ポイッと捨てた。
くちゅくちゅと口の中で唾を集めて、アスファルトの上に転がったタバコに吐き飛ばす。
火の消えたタバコの隣には、落ち葉。これでもう寂しくはない。
「よくない」
直也はそう思って、声にも漏れる。
「本質を見るんだよ」
りりはトレイの上で葉巻をカットする。先端がポトンと落ちる。まるで落葉のようだ。器用に指で持ち替えて、マッチを取り出し、摩擦で火を付ける。葉巻の切り口にマッチの火を当てて、クルクルと回しながら引火させる。
「こっちを見て」
直也はりりの本質を見た。
「咥えて」
りりは大人だった。それに今まで気が付かなかったのは、直也が大人の女性を知っているから。少なくともりりは直也が知っている大人な女性ではなかったのだ。りりの見た目は大人ではない。だけど本質は大人だ。しかも直也が兄貴と思えるような。
直也にはりりの本質が女の子とは真逆にあるように感じた。
りりには直也のような男の子の気持ちが手に取るように分かるから、弟のようにかわいがってしまう。
「口の中に煙が溜まるでしょ。肺に入れないで、舌で転がすの。口内の上の方に押し付けて、鼻から抜くように煙を吐いてみて」
従順に舌を動かす。
煙が抜けていく。
「葉巻なら、そこまで身体に悪いわけじゃないから」
新しい煙を口に入れる。
自分が中毒であることを自覚した。
舌で転がす。
まるでディープキスみたいだと思った。
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