第4話

 教室はまるで聖堂のような白さに覆われていた。しかし、真っ白という訳でもなく、換気用の窓の上部にはおしゃれなステンドグラスが陽光を受けて教室に彩りを与えていた。座席に関して言えば、大学の大きな教室にしかなさそうな机や椅子が配置されており、ぎゅうぎゅうに詰めて座れば七人は同じ机を共有できそうな長さだった。


「席はどこでも座っていいですよー」


 炭酸が抜けきったような甘い声で、アルフォンスの担任の先生がそう言った。教育実習生とかじゃないよな。だが、アルフォンスのそんな閃きを「教育実習生とかじゃないですよー。わたし、こう見えて次席で卒業しましたから」と、察したのは先生その人だ。


「心を読んだのですか?」

「わたしにそんな不思議な力はありませんー。ですケド、なんか分かっちゃうんですよねーそういうの。第六感……みたいな?」

「次席でご卒業されるのも含めて、色々と凄いですね……」

「そうですか?ありがとうございます。でも、アルフォンスくんの方が十分すごいですよ。わたしなんて、もうとっくに追い越しちゃってます」


 ニコニコと笑う先生の穏やかな口調が印象に残ったアルフォンス。これは慕われる先生だ。


「さ、それでは生徒の皆さーん!お好きな場所で席についてくださーい。これからレクリエーションを始めたいと思いますー」


 先生の号令で各々席につく。こういう場合、後ろの方から埋まっていって『U』の字の形に生徒が座ってゆくものだが……。そこは魔法学校の最高峰。もう既に見えない戦いが始まっている。なのでアルフォンスは、その動向を少し引いて静観していた。


 すると、前の席は派閥に属さない、または意欲のある生徒達で固まりつつあるようだ。そして、黒板から向かって左の窓際には、保守派筆頭のフランツ公爵の愛娘。モニカがリーダーを務めるグループが陣取る様子。となると、廊下側にはおそらくフランツ派と対をなすタカ派最大勢力。ベルトラン派と思しきグループが席に付くのだろうか。


「テア様。お言葉ですが、モニカ殿の好き勝手にさせてよろしいので?」


 アルフォンスの耳に届いたのは、ナイフのような目つきをしたメガネの男子生徒の一言だ。その毅然とした態度や振る舞いは、まさに参謀と呼ぶのにうってつけの人物であった。


「いいさ、別に。席にこだわりなんてない」


 テア、と呼ばれる学生がそう答えた。彼であるのか、はたまた彼女なのか。声の柔らかい雰囲気は女のそれだが。低くて落ち着きのある響きは男で差し支えない。亜麻色あまいろの髪が背中まで伸びている部分だけ見れば、それは確実に女性であるが、青眼の輪郭はやはり男性を彷彿とさせる。


「ヤダ。窓際がいい」


 桃色の髪の毛をいじくりながら、こびっぽい表情の女生徒が、気まぐれに呟く。


「おい。お前はいつになったら、その無礼な物言いを改める気になる?」

「アタシは強いからいいんですー。でも、アンタはどうなの?同じ一年のタカ派の中でも弱弱よわよわの雑魚じゃん。家柄の坊っちゃん♪」

「―――貴様ッ!」

「ストップだよ。ララ、レナード」


 両者のいがみ合いに割って入っては「まぁまぁ、落ち着きなよ」と、暴れ馬の手綱を上手に操るように、テアというリーダー格の人物が二人を制する。


「ララ。キミは確かに魔法の才能に秀でてるけど、その驕りはやっぱり目に余なあ。周囲との折り合いを見つけなきゃ、いくらボクとて庇いきれないものだよ」

「はぁーい。他でもないテアくんが言うんなら仕方ないか」

「レナード。キミの真面目な所は誰にでも誇れる美点なんだけど……。伝え方一つで印象は大きく変わる。兄を政治面で補佐したいなら、印象は大事だよ印象は」

「勉強になります」

「うーん、そういう堅苦しい所なんだけど……」

「すみません……。自分なにぶん不器用なもので」


「ふむふむ」と、そんな擬音が今にも聞こえてきそうな表情で、何やら考えを巡らすテア。


「じゃあさ、試しにボクの事、テアちゃんって言ってみなよ」

「…………は?」

「だって、ボク達はね。対等な存在のクラスメイトとして、これからの一年間を過ごすわけでしょ?そこに以前からある上下関係というのは、青春の前にしてあまりに無粋だと思うのです」

「そう仰るのでしたら……」

「ま、気楽にやってこうか。レナード」

「はい。善処致します」


 そして、テアは一連のやりとりを見聞きしたであろうクラスメイト達にこんな言葉を投げた。


「いやー、お騒がせして申し訳ないね。お察しの通り、ボク達は親にタカ派の考えを持つ者同士でグループを作ってる。だけど、他のクラスメイトを勧誘して勢力拡大!って事はしないから、安心してくれ」

「それはどうかしらね?テア・ヘルムート・クラーゼンさん」


 ここでハト派のモニカが出てくるのは必然であろう。


「モニカ・フランツ様ですか。これはこれはご機嫌麗しゅう」


 伝統的な貴族のお辞儀を披露するテアの、人形のような貼り付いた笑顔を見て、アルフォンスはこう思う。テアという人物は、一体どれほど腹の底が深いのか、と。そう、興味を持ってしまった。


婉曲えんきょくな挨拶はいいわ。率直に言ってアナタ、何か企んでないでしょうね?」

「いえいえ、滅相もございません。ボクにはかりごとなど。親はともかく、ボク達はまだ出会って間もないではないですか」

「そうかしら?クラーゼン家というと、あまり良くない噂をお聞きしますわよ」

「噂は噂、でございます。それにモニカ様の方こそボク達を孤立させたいがために、根も葉もない噂を流そうとしてらっしゃるので?」

「……はぁ、埒が明きませんわね。このお話しはもうおしまいにしてくれます?は大事でしょうお互いに」

「同意見でございます。それではこれにて」


 テアの別れの一言で、ベルトラン派のグループは廊下側の席へ座る。波風立たぬよう、事を静かに見守っていたアルフォンス。大人しく真ん中の席に座るのがいいが、あのテアという人物が気なるようだ。


 さぁ、どうする?


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アルフォンスのファンタジー戦記 @arsena18

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