第3話
四聖賢を既に超えうるほどの実力を持つアルフォンスが、今更魔の何たるかを学ぶなど彼からすればおかしな話だが、この魔法学園の入学は形式上仕方のない事だった。その理由はアルフォンスの家があまりに特殊だからだ。彼の家の歴史は、元々レムリア王国の王子と隣国のブレントフォード公国のお姫様との駆け落ちで始まった。その二人が国境付近の村々を次々と吸収しやがて一つ国にして、魔法の力でそれを治めたのが国の起こりだった。駆け落ちしたあげく、突然国境付近に国が出来たとの事で、両国の王は大層お怒りなると大軍を差し向けたが、二人はこれを撃退してしまう。その後色々あって、現在は両国の王を同時に国家元首として擁立する事で落ち着いている。なので、二人の王の指名によってアルフォンスの家が自治権を与えられるという、少し複雑な事情がある。故に、世継ぎの問題もこれまた事情が事情で、アルフォンスには許嫁がいるのだが、順番として先代がレムリア王国から選出された人物を正妻に迎えた場合、次代の正妻はブレントフォード公国からの出身となるのだ。アルフォンスの母はレムリアなため、ブレントフォード公国から嫁を選ぶ事になる。そして、ここから形式上仕方のない事の中身に入るのだが、ブレントフォード公国から正妻を迎える場合、その代の教育を受けさせる義務が発生するのはレムリア王国が持つのだ。逆もまた然りで、そうやって両国のパワーバランスが絶妙に保っているのだ。なので、アルフォンスの父はレムリア王国の名のある家より妻を娶るが、その思想や思考はブレントフォード公国譲りという事だ。
だから、形式上仕方のない事であった。アルフォンスの幼き日に抱いた魔法使いになりたいという想いは、今や大人たちの都合によって、もっと言うと出来レースによって魔法使いに仕立て上げられてしまった。
そんな背景があるアルフォンスは、この学園の一員となる儀式が、気に入らないでいた。晴れの舞台である入学式の場内は、新入生や在校生達で華やいでおり、知り合ったばかりの生徒同士で話に花を咲かせたり、既に上級生による部活の勧誘なども見られる。面倒だな、とアルフォンスは気配を消して、一年生が座る座席へ移動した。席は自由席なのでどこでも良かったが、目立たないよう三つある新入生のグループの左グループ前から三列目の端へ身を寄せた。
目立たないよう顔を俯けるのが、この場の雰囲気に反していて少し惨めに思えたが、しばらくして、隣には女生徒が座った。アルフォンスは横目で彼女を盗み見る。見た目は大人しそうで、丸眼鏡が特徴的だった。さながら、今まで大人や親の言いつけを一度も破った事がなさそうな優等生のようであり、また如何にも本の虫という感じで、文学少女然としている。「本読むんですか?」と聞けばいくらか良さそうな物を見繕ってくれそうだ。
「あの……なにか?」
「え、……ああ、すまない。本好きそうだなって」
目立たないようにしていたのに、隣の少女に見入ってしまうとは、今朝のモニカといいアルフォンスは女性には目がないのだろうか。許嫁もいるというのに。
「本、読むんですか?」
アルフォンスは先程と思った事の立場が反対で事が起きてしまって、内心皮肉を感じながら会話のキャッチボールを返す。
「少し読みますよ。最近だと『アルバスの彼岸』ですね」
「あ、土魔法の女の子のお話ですよね?」
「そうです。最初、主人公は引っ込み思案だったけど、だんだん冒険譚らしくなって面白かったです」
「私は、主人公の女の子と同じ魔法を使えるので、親近感を感じて……。ああいう風に勇気を持っていけたらいいなって思いました……」
「あの小説の主人公は内気でいて、結構大胆な女の子でしたね。そうなりたいって思い続けられたら、きっと貴方なら小説のように素敵な人になれますよ」
「……そ、そうですか?」
「あの本を読んだ読者が言ってるんです。自信持って!」
「……ありがとう」
モジモジと照れた表情で少女は言う。同年代のそれもまぁツラのいいアルフォンスという男から、社交辞令だと分かっていても、励みの言葉を投げかけてくれた。それも趣味も合うときた。男性に対する免疫が全く無かったアレシア・ベレオノーバの目には、アルフォンスがどう映るかなど、火をみるよりも明らかであった。
「僕の名前アルフォンスっていいます。まぁ、お互い、頑張りましょう」と、アルフォンスが手を差し伸べると、明らかに裏返った声で「はッ!はひぃい!アレシアですぅ!」と返事をし、握った手をぶんぶん振り回したアレシアであった。
そういえば、あの小説って
あたりが少し暗くなるのを境に、会場は間もなく静まりかえる。もうすぐ入学式が始まる。
「これより、聖クロース魔法学園の入学式を執り行います」
アナウンスを皮切りに滞りなく、入学式が進められる。校長先生の長い講釈が終わると、次は新入生の挨拶らしい。姫カットの美少女が壇上で「春のうららかな〜」から始まって結びの「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」までの十分にも満たない挨拶から、アルフォンスが受け取ったものといえば「あの子可愛いな」という俗っぽい感想と、同時に同年代なのにすごくしっかりしているんだなと、姉がいたらこんな感じなのかもしれないという妄想であった。
そんな退屈極まる入学式が終われば、一年生だけ集められてその場でクラス分けが始まった。
「はいはいー。一年A組はこっちですよー」
「よーし、B組集合ー。ちゃっちゃと来てくれー。あんま手間取らせんなよ」
「C組はこっちです!あ、自分、担任のスレイと申します!一年間よろしくお願いします!」
アルフォンスは『天然』の教師が担任を勤めるA組のグループに入る。自身が何組になるかは事前に配布されたプリントで知らされていたので、他の一年生も特に問題が起きることなく組分けされる。どうやらA組にはアレシアさんやモニカさんもいて、アルフォンスは一人では無かったと内心ホッとしていた。
「アレシアさんもA組なのか。知り合いがいて良かった」
「わ、私もだよ、アルフォンス君。これからクラスメイトとして、よろしくお願いしますね」
「うん、こちらこそよろしく。困った事があれば力になります」
「え?いいよ、そんな……。アルフォンス君の迷惑になるし……」
アレシアが憂いの表情を浮かべる。好きだと想うが故に、アルフォンスに迷惑は掛けたくなかったのだ。
「じゃあ、俺にもし困った事があったら、アレシアさん、俺を助けてくれ。あの小説の女の子みたいにね」
「もう!それなら、はいって言うしかないじゃないですか」
「ごめんごめん。でも、上げてから落とすのは、交渉術の基本でしょ」
「うぅ〜。なんかアルフォンス君に騙された……」
「今度、カフェでなにか奢るから、それで手打ちって事で……」
「わ、私はそれでいいけど。もっ、もしかして、それって、放課後デー……」
放課後デート、と言いかけてやめた。冷静になったからではない。今でも好きっていう気持ちが溢れて、それが熱になってアレシアを
「やっぱり、なんでもないよ。楽しみしてるね」
「ああ。期待しといてくれ」
よく天才と呼ばれる人や、武を極めた者、権力者なんかにも当てはまるが、皆誰でも『魔』を飼ってるらしい。心に巣食う『魔』。そして、アルフォンスの『魔』はこう言った。アレシアは使えるぞ、と。
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